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霊感少女 さとみ 2  学校七不思議の怪  第五章 駈け回る体育館の怪 17

2022年03月25日 | 霊感少女 さとみ 2 第五章 駈け回る体育館の怪
 松原先生が体育館の扉を開ける。重いドアは壁に沿って開いて行く。扉下部の滑車が軽く軋む。
 朱音は用意していた懐中電灯を、しのぶはデジカメを、自分のポシェットから取り出す。松原先生は壁にある電灯のスイッチに手を伸ばす。
「あ、ちょっと待って、そのままで」
 さとみが言う。皆の動きが止まる。さとみはじっと体育館を見ている。
 気配はある。だが、やはり姿は見えない。百合恵は豆蔵たちとひそひそと話をしている。豆蔵がうなずき、みつと共に体育館に踏み込んだ。二人も気配を察しているようで、豆蔵は十手を帯から抜き取り、みつは鯉口を切る。
「どう、さとみちゃん?」百合恵がさとみの横の並んで言う。「見えるかしら?」
「……いえ、見えません」さとみは不安そうな表情で百合恵を見上げる。「百合恵さんは、見えていますか?」
「わたしも見えない…… でも、気配は感じるわ」 
「はい、わたしも……」
 豆蔵とみつが百合恵に振り返り、首を横に振る。
「あの二人にも見えないようねぇ…… じゃあ、やっぱりこれを使うしかないわね」
 百合恵は言うと、護符をくるくると回しながら、包んでいる青い布をほどいて行った。やがて白い半紙の本体が出てきた。百合恵は護符を広げ、体育館に向ける。さとみは期待の眼差しを護符に向けている。しばらくそのままでいる。
「……何ともならないわねぇ……」
 百合恵がため息をつく。
「はい……」
 さとみもため息をつく。
 相変わらずの闇の体育館に豆蔵とみつが立っている。
「この護符、偽物なのかしらねぇ……」百合恵は半紙をぴらぴらと振る。「考えてみれば、綺麗過ぎて、最近作ったものっぽいわよねぇ」
「ちょっとお借りしていいですか?」
 さとみは百合恵から護符の半紙を受け取る。
 さとみはじっと書かれている人形に並んだ文字の列を見つめている。
「あれ?」
「どうしたの、さとみちゃん?」
「いえ……」
 さとみには、文字の列が動いたように見えたのだ。気のせいだったのかしら…… さとみはさらにじっと文字列を見つめる。すると、文字列がゆらゆらと揺れ始めた。だが、その動きに邪気は感じられない。やがて文字列の上半分が起き上がった。まるで仰臥の状態から上半身を起こした人のように。
「百合恵さん!」さとみは言って、広げた半紙を百合恵に見せる。「ほら、これ……」
「ん?」百合恵は怪訝な顔をしている。「何かあったの?」
 ……百合恵さんには見えないんだ。さとみは思った。文字列は、半紙を床にして人のように立ち上がり、うっすらと常夜灯の灯る体育館を、腰に手を当てて見ている様な格好をしている。……なんだか偉そう。さとみは思った。こんな時なのに笑いそうになる。きっと、これを書いたお坊さんもこんな感じで、緊張感を和ませてくれていたのかもね。さとみはそうも思った。そんなさとみの思いに気がついたように、立ち上がった文字列はさとみに振り返った。顔に当たる文字が少し形を変えて笑っているように見えた。さとみは堪え切れずに、くすっと笑ってしまった。
「さとみちゃん、どうしたの?」百合恵が心配そうに訊く。「笑っている場合じゃないわよ……」
「はい、そうですね……」さとみは深呼吸をして真顔になる。「この護符、効き目がありそうです」
「そうなの? ちっとも変っていないようだけど……」やはり百合恵には見えないようだ。「ま、さとみちゃんが言うんなら、そうなのね」
「はい」さとみは言うと、護符に目を戻す。文字列は再び体育館を見ている。「……お願いします」
 さとみが言うと、文字列はうなずくような仕草をした。文字列は両腕に当たる部分を高く差し上げた。と、全体が金色に光り出した。その光はゆっくりと体育館に広がって行く。それに連れてさとみの視界が開けて行く。
「あっ!」
 さとみは思わず声を上げた。光が体育館いっぱいに広がった時、一番奥の所で立っている三人の子供が見えたからだ。一人は女の子で残りの二人は男の子だ。見たところ、幼稚園児っぽい。と言うのも、どこかの幼稚園の制服を着ているからだ。三人とも気づかれたとは思っていないようで、二人の男の子は、にやにやしながら豆蔵とみつに近づいて来る。女の子は腕を組んで、呆れたような顔で男の子を見ている。
 さとみは霊体を抜け出させようとした。しかし、躊躇した。それを察したかのように、文字列は光りながらさとみに振り返り、力強くうなずく。さとみもうなずき返し、霊体を抜け出させた。


つづく


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