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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 88

2018年09月04日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
「……さん、コーイチさん!」
 聞き覚えのある声だ。……そうだ、芳川さんだ。……僕もあの世に来たんだな。ああ、芳川さんを助けることができなかった。先輩だなんて偉そうなことを言って、結局何もできなかった…… 合わせる顔なんかないな。よし、このまま気づかない振りをしていよう。そうすれば、あきらめて、先に天国へ行ってくれるだろう。ま、僕は何もできなかったから、地獄行きだろうけどね。
「コーイチさん! 目を覚ましてください!」
 いや、僕はダメ人間だったから、目は覚まさない。あきらめて、天国へ行ってくれるまで、覚まさない!
「もう……! そろそろ始まりますよ!」
 そうさ、始まるのさ。……って、何がだ? 天国が始まるって聞いたことないぞ。じゃあ、何のことだ……?
 コーイチはむくりと上半身を起き上がらせた。
 石造りの細長い部屋の中だった。照明がついていた。四方の壁には棚も無く、床には椅子もテーブルも無い。実にがらんとした部屋だった。あと十人くらいは余裕で入れそうだった。ただ、木製の重々しい雰囲気の扉が短い方の壁それぞれに付いている。
 頭に包帯を巻いた洋子が心配そうにのぞきこんできた。
「……芳川さん…… 首がつながっている……」コーイチは自分の首を触る。「僕もつながっている……」
「また変な夢でも見たんですか?」洋子はため息をつく。「地下牢へ担ぎ込まれた時は、パーティの続きみたいなことを話していましたが、今回はどんな夢なんですか?」
「……夢……?」
「そうです。わたし、しくじっちゃって、ジョーカーを倒せなかったんです。そのまま気を失ったみたいで、気がついたらこんなところに…… そして、床には、にへらにへら笑っているコーイチさんが居て……」
「……そうなんだ……」
 じゃあ、あの処刑の場面は夢だったんだ。きっと僕も気を失っちゃったんだろうな。あのせいで……
「で、そろそろ始まるって言ってたけど、何がだい?」
「……」洋子は厳しい表情になった。「わたしたちの裁判です。先ほど、ジョーカーが言いに来ました」
「え……」コーイチの脳内で夢が再現された。「裁判……」
「そうなんです…… しかも、あのベリーヌが裁判長だそうです!」
 悪夢がよみがえる。「首をちょん切っておしまい!」と、夢の中のベリーヌの声が延々と耳元で繰り返されている。
「コーイチさん!」全身をガクガク震わせながら白目をむきかけたコーイチの両肩を洋子が必死に両手で抑え込む。「しっかりしてください! 頼りにできるのは、コーイチさんだけなんです!」
 コーイチの震えが止まった。目も元に戻っている。洋子は手を放した。……そうだ、僕は先輩だ! 弱音を吐くわけにはいかないんだ! 何度失敗しても思いだけは回復するコーイチだった。
 その時、扉が激しい軋み音を伴って開いた。ジョーカーがいやらしい顔のままで入ってきた。後ろに熊の兵隊が数頭ついている。洋子は立ち上がってジョーカーをにらみつける。
「あら、さっき入ってきたのと逆の扉ね」
「おや、よく気がつきましたなあ。お怪我をなさった頭の割には……」ジョーカーは笑った。熊の兵隊たちも笑った。「そちらのあなたも気がつかれましたか。陛下の裁判と申し上げたとたんに気を失われた時のご様子、久々の娯楽として楽しませて頂きましたよ」
 ジョーカーは思い出し笑いを始めた。
「コーイチさん!」洋子が不機嫌な顔で言った。「いいんですか、あんな言われようで! 言い返さないんですか!」
「まあ、事実は事実だろうし、否定しても変わるものじゃないし……」
「もう!」
 洋子はふくれっ面をしてジョーカーをにらんだ。
「おお、怖い顔ですなあ。怒らせたのは私ではございませんのに……」ジョーカーはわざと怖がって見せたが、すぐにまた笑みを浮かべた。「洋子様、先程と違う扉から入ってきたとのお話ですが、あちらの扉はまだ帰れる扉なのです。しかし、こちらの扉は……」
「帰れない扉だ……」
 コーイチが何気なく言った。思わずクイズで正解を言ってしまった感じだった。
 ジョーカーの笑顔がすっと消え、不快な表情になった。
「いけませんなあ…… せっかくの私の決めのセリフを盗んでしまうとは……」
「はあ…… すみません……」思わず謝ってしまうコーイチだった。「不意に続きのセリフが頭の中に降りてきてしまって……」
「まあ、そう素直に謝って頂くと、これ以上は怒れませんね」ジョーカーがまたいやらしい笑みを浮かべた。「……とにかく時間です。女王陛下もご来臨です」
 熊の兵隊たちが入って来て、洋子とコーイチの横に立った。腕をつかもうとする熊を洋子は振り払う。コーイチはつかまれるままにする。
「では、参りましょう」
 ジョーカーは楽しそうに言うと先に部屋を出た。その後ろを熊を振り払い続ける洋子が、そして半分からだを持ち上げられているコーイチが続いた。
 誰もいなくなった部屋の扉が閉まり、照明が消えた。


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