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霊感少女 さとみ 2  学校七不思議の怪  第二章 骸骨標本の怪 21

2021年12月11日 | 霊感少女 さとみ 2 第二章 骸骨標本の怪
 百合恵は影を見上げた。その表情はいつもの百合恵ではなかった。殺気立っていて、凶悪なものだった。
「……お前…… 許さないぞ……」
 影は相変わらず揺れていた。百合恵の全身から青白い靄のようなものがうっすらと湧き上がる。百合恵は影を睨みつけたまま立ち上がる。
「お前…… さとみちゃんを……」
 百合恵が一歩前に出た。
「あのう……」
 不意に百合恵の背後から声がした。百合恵が振り返ると、アイが立っていた。百合恵の表情が元に戻る。靄がすっと消えた。
「アイちゃん……」百合恵は驚く。それから安堵の笑みを浮かべた。「良かったわ。無事だったのね……」
「いえ、あの」アイは困惑の表情で答える「あの、さとみです……」
 よく聞くと、アイから発せられる声はさとみだった。
「さとみちゃんなの?」百合恵はしげしげと見る。「本当に?」
「……はい。自分のからだがダメなら、アイのなら大丈夫かなって、ダメ元でアイのからだに入ってみたんです。そうしたら、何とか……」
 さとみの動きがぎくしゃくしている。さとみよりも大柄なアイのからだを扱いかねているようだ。
「ああ、良かったわあ!」
 百合恵は立ち上がると、さとみを抱きしめた。いつもなら百合恵の胸で息が止まりそうになっていたさとみだが、アイのからだだと百合恵の頬がぴったりと頬に重なった。こんな時なのに、妙に新鮮な感触だわと感じるさとみだった。
「さあ、どうするの?」百合恵は、さとみから離れると振り返り、影を睨み付ける。「あなたの負けね。さっさと消えておしまい!」
 百合恵は厳しい口調で言い放った。しかし、影は消えず、再び縁取りを赤くし始めた。百合恵はさとみを後方へ押しやる。
「さとみちゃん、ここは任せて逃げなさい」百合恵は影を睨み付けながら言う。「あいつ、とにかくあなたを潰す気だわ……」
「でも、それじゃ、百合恵さんに何かあるかも……」
「大丈夫よ。わたしにも取って置きって言うのがあるのよ」
 百合恵は言うと、再び全身から青白い靄のようなものを立て始めた。
「百合恵さん……」
「ふふふ……」百合恵は悪戯っぽく笑う。「久し振りだわ、わたしの霊力が嵩まるのって……」
「百合恵さん……」
「この霊力をあいつに叩きつけてやるわ」
「でも、あれは強いです……」
「そうね、勝てるとは思わないわ」百合恵は自嘲気味に笑う。「でもね、さとみちゃんが自分のからだに戻って逃げる時間は作れると思うの。アイちゃんはわたしが責任を持つわ」
「そんな! 百合恵さんに、もしもの事があったら……」
「心配ないわ。わたしは生身よ。何かあるとすれば、霊体と話が出来なくなったり見えなくなったりって所じゃない?」百合恵は笑む。「これで、普通の女の子に戻れるわ。あ、女の子って言うには、ちょっと無理があるか……」
「ダメです! わたし、百合恵さんが頼りなんですから!」
「ひょっとしたら、何ともないかもしれないわ。……いいから、わたしの言った通りにしなさい!」
「イヤです!」さとみは言うと百合恵の前に出た。「絶対にイヤ!」
 影の縁取りが赤さを増す。さとみはぷっと頬を膨らませて影を睨みつける。
「さとみちゃんごめんなさい!」
 百合恵は言うと、さとみを後ろから蹴った。さとみはグラウンドに転がった。さとみが頭だけで振り返ると百合恵はにやりと笑っていた。そして、真顔に戻って影を見上げる。百合恵の全身から沸き立つ靄が百合恵の胸の前に集まり始めた。影はそれに合わせるように縁取りの赤さを増して行く。
 と、目と口を半開きにして立っている生身のさとみの提げているポシェットに縫い付けられたイチゴのアップリケが、静かに光り始めた。それは次第に輝いて来る。だが、まぶしいのではなく、温かいオレンジ色で、ほっとするような輝きだった。
「富お婆ちゃん……」
 さとみがその光を見ながらつぶやく。このイチゴのアップリケは、祖母の富が、生前に縫い付けてくれたもので、以前に楓と対峙した時に助けてくれたものだった(霊感少女 さとみ 128参照)。それ以降、祖母との想い出として、お守りとして、さとみはこのポシェットを持ち歩いていた。
 輝き出したアップリケを前に、黒い影の縁取りの赤味は薄まって行った。そして、影はすっと消えてしまった。アップリケの輝きも弱まり、消えて行った。
 不意に沈黙が訪れる。しかし、そこには邪気が無かった。
「勝ったわね……」百合恵がつぶやく。百合恵の全身の靄が消えた。それから、大きく息をついてグラウンドに座り込んだ。「やれやれ…… どうなるかと思ったわ……」
 百合恵はさとみを見た。アイのままのさとみが生身のさとみのポシェットを手に取って涙を流していた。


つづく


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