「そうです、芳川洋子さんです」
老人は相変わらず笑みをたたえた顔で言った。・・・この目付き、清水さんっぽいな。コーイチは「うふふふふ」と笑いながら目だけ笑っていない清水の笑顔を思い出していた。・・・清水さんと同じ笑い方だけど、清水さんの方が明るい感じがする。このおじいさんのは、何かイヤな感じがするなぁ。それに、あまり関わりたくない感じもする・・・
「さあ・・・知りませんねぇ・・・」
コーイチは答えた。老人は背筋を伸ばした。
「ほう、ご存知ない!」老人は笑顔のままで言った。「そうですか、そうですか・・・」
「どわあ、わあ、わあ、わあ!」
コーイチは突然叫んだ。停まっていたエレベーターが急に降下し始めからた。それも、どこの階にも寄らず、かなりの速さでだ。コーイチは扉を背をもたせかけ、そのままずるずると床に尻餅をついてしまった。不意にエレベーターが停まった。
「本当にご存知ないかな?」
老人は何事もなかったようにエレベーターの中央に立ち、座り込んでいるコーイチを見下ろしていた。
「・・・」コーイチは心臓をばくばくさせながら、老人を見上げた。「いや、あの、その・・・」
「ほう、きちんと答えたくない!」老人は笑顔のままで言った。「そうですか、そうですか・・・」
「うひゃあ、ひゃあ、ひゃあ、ひゃあ!」
コーイチは叫んだ。エレベーターは先程よりも速度を上げて降下した。立ち上がることは出来なかった。しばらくして、不意に停まる。
「思い出してくれましたかな?」
老人はしゃがみ込み、青くなったコーイチの顔をのぞき込んだ。
「は・・・はう、はう、ほう・・・」コーイチは息も絶え絶えだった。目だけ老人を見つめている。「へっ、へえ、はっ・・・」
「ほう、息が出来なくて話せない!」老人は笑顔のままで言った。「そうですか、そうですか・・・」
「ひ、ひええええええ!」
コーイチは声にならない声で叫んだ。今度はエレベーターがもの凄い速度で上昇を始めたのだ。床に埋め込まれそうなほどの圧力がかかる。
「知っているかどうかは」老人はしゃがみ込んだままの姿勢を変える事なく言った。「首を縦に降るか横に振るかでも、十分に分かるんですよ」
「と、とにかく、エレベーターを停めてぇ!」
コーイチはやっとの思いで叫んだ。
エレベーターが停まった。老人の顔から笑顔が消えた。目が少しずつ細くなって行く。コーイチは尻餅をついたままで呼吸を整えている。
「さ、エレベーターを停めましたよ」老人は言った。声は相変わらず穏やかだったが、鋭い目付きになっていた。「おとなしく言っているうちに、よ~く考えて、お答えなされよ・・・」
・・・芳川さん、なんか変な連中と変な話に巻き込まれているようだな。どう答えたものだろうか・・・
ふと、コーイチの脳裏に、粉々に砕かれて散らばっていた、黒くて太い活字調の「先輩」の文字が、逆回転映像のように、再び形作られて行く様子が浮かんだ。やがて「先輩」の二文字は、最初の時よりも太く大きく立派になり、そして、光沢ある滑らかな表面は、光を反射し、神々しい黒光りを見せていた。
コーイチは握った右手の人差しをピンと伸ばし、自分の右の目尻に当てた。次に、握った左手の人差し指をピンと伸ばし、左の目尻に当てた。
老人は不思議そうな顔でコーイチの行動を見ていた。コーイチも老人から目を離さなかった。
コーイチは両方の人差し指を思い切り下に下げた。目尻がつられて下がる。と同時に舌も突き出した。
「な、なんと!」老人は立ち上がり、怒りで真っ赤になった目尻のつり上がった顔で、コーイチをにらみつけた。「せっかくチャンスを与えてやったのに、アッカンベーが答えと言うわけだな! よし、分かった! お前もあの小娘と同類だ!」
老人はエレベーターの壁に向かって後退りをした。そして、そのまま壁の中へと入ってしまった。
老人の姿が壁の中に消え去ったとたん、エレベーターの扉が開いた。
つづく
いつも熱い拍手、感謝しておりまするぅ
(ちなみに、プロフィール紹介の画像をご覧下さい。気が付いた方は私と同様に○○ファンの方ですね。ニギニギ、ニギニギ・・・)
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老人は相変わらず笑みをたたえた顔で言った。・・・この目付き、清水さんっぽいな。コーイチは「うふふふふ」と笑いながら目だけ笑っていない清水の笑顔を思い出していた。・・・清水さんと同じ笑い方だけど、清水さんの方が明るい感じがする。このおじいさんのは、何かイヤな感じがするなぁ。それに、あまり関わりたくない感じもする・・・
「さあ・・・知りませんねぇ・・・」
コーイチは答えた。老人は背筋を伸ばした。
「ほう、ご存知ない!」老人は笑顔のままで言った。「そうですか、そうですか・・・」
「どわあ、わあ、わあ、わあ!」
コーイチは突然叫んだ。停まっていたエレベーターが急に降下し始めからた。それも、どこの階にも寄らず、かなりの速さでだ。コーイチは扉を背をもたせかけ、そのままずるずると床に尻餅をついてしまった。不意にエレベーターが停まった。
「本当にご存知ないかな?」
老人は何事もなかったようにエレベーターの中央に立ち、座り込んでいるコーイチを見下ろしていた。
「・・・」コーイチは心臓をばくばくさせながら、老人を見上げた。「いや、あの、その・・・」
「ほう、きちんと答えたくない!」老人は笑顔のままで言った。「そうですか、そうですか・・・」
「うひゃあ、ひゃあ、ひゃあ、ひゃあ!」
コーイチは叫んだ。エレベーターは先程よりも速度を上げて降下した。立ち上がることは出来なかった。しばらくして、不意に停まる。
「思い出してくれましたかな?」
老人はしゃがみ込み、青くなったコーイチの顔をのぞき込んだ。
「は・・・はう、はう、ほう・・・」コーイチは息も絶え絶えだった。目だけ老人を見つめている。「へっ、へえ、はっ・・・」
「ほう、息が出来なくて話せない!」老人は笑顔のままで言った。「そうですか、そうですか・・・」
「ひ、ひええええええ!」
コーイチは声にならない声で叫んだ。今度はエレベーターがもの凄い速度で上昇を始めたのだ。床に埋め込まれそうなほどの圧力がかかる。
「知っているかどうかは」老人はしゃがみ込んだままの姿勢を変える事なく言った。「首を縦に降るか横に振るかでも、十分に分かるんですよ」
「と、とにかく、エレベーターを停めてぇ!」
コーイチはやっとの思いで叫んだ。
エレベーターが停まった。老人の顔から笑顔が消えた。目が少しずつ細くなって行く。コーイチは尻餅をついたままで呼吸を整えている。
「さ、エレベーターを停めましたよ」老人は言った。声は相変わらず穏やかだったが、鋭い目付きになっていた。「おとなしく言っているうちに、よ~く考えて、お答えなされよ・・・」
・・・芳川さん、なんか変な連中と変な話に巻き込まれているようだな。どう答えたものだろうか・・・
ふと、コーイチの脳裏に、粉々に砕かれて散らばっていた、黒くて太い活字調の「先輩」の文字が、逆回転映像のように、再び形作られて行く様子が浮かんだ。やがて「先輩」の二文字は、最初の時よりも太く大きく立派になり、そして、光沢ある滑らかな表面は、光を反射し、神々しい黒光りを見せていた。
コーイチは握った右手の人差しをピンと伸ばし、自分の右の目尻に当てた。次に、握った左手の人差し指をピンと伸ばし、左の目尻に当てた。
老人は不思議そうな顔でコーイチの行動を見ていた。コーイチも老人から目を離さなかった。
コーイチは両方の人差し指を思い切り下に下げた。目尻がつられて下がる。と同時に舌も突き出した。
「な、なんと!」老人は立ち上がり、怒りで真っ赤になった目尻のつり上がった顔で、コーイチをにらみつけた。「せっかくチャンスを与えてやったのに、アッカンベーが答えと言うわけだな! よし、分かった! お前もあの小娘と同類だ!」
老人はエレベーターの壁に向かって後退りをした。そして、そのまま壁の中へと入ってしまった。
老人の姿が壁の中に消え去ったとたん、エレベーターの扉が開いた。
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