「そのライブ、ボクが出てやってもいいぞ。ま、ボクにふさわしいステージならばだけどね」
岡島が言って、黒ビールを少し飲んだ。
「いや、いらない」
名護瀬は岡島をちらっと見て、短く答えた。岡島はむっとした顔になった。
「ボクのマルチプレーヤーとしての才能は、あなたも評価したじゃないか。周りの人たちも評価せずにいられなかったじゃないか。ボクの投げる愛の歌は、宇宙の根幹を支えている真の哲学なんだよ。ボクと言う人間を通して大宇宙が語っているんだよ。分かるだろう?」
「いや、全然」
名護瀬が短く答えた。二人の間に険悪な空気が漂い始めた。
「そうそう、川村さんたちファンと話していたようだったけど……」
コーイチが話題を逸らせた。名護瀬を怒らせると大変な事になる。聞いた話では、スナックでケンカになって大暴れをし、そのスナックの入っているビルを破壊してしまったそうだ。……ここで暴れられたら「無謀な社会人、レストランを破壊!」なんて見出しで新聞に載ってしまう。魔女に乱暴男…… ああ、イヤだ、イヤだ!
「あの娘たちは、ボクの宇宙哲学の話を聞いて、ボクを天才とかカッコイイとか言っていた。ボクの話はすぐに人の心に浸透するんだよ」
岡島は得意げに胸を反らす。
「ヴェークァ! お前の話がややこしくて、わけ分かんなくて、それでもファンで居たいから、とりあえず褒め言葉でその場を収めているんだ。ファンに気を遣わせんなよ、ヴェークァ!」
名護瀬が怒鳴った。いつの間にかワインボトルを持っていた。そして、直接口を付けてゴクゴクと飲みだした。
「失礼じゃないか! そんな事を言うなんて!」
「ヴェークァ! 事実だろうが! お前みたいな自己満足野郎は、自分だけの小屋でも建てて、その中でメエメエ念仏ソングでも唸ってりゃいいんだよ。他人を巻き込むなってんだ! なーにが宇宙だ。なーにが哲学だ。言葉だけの空っぽ野郎が!」
「あなたが低能過ぎるから分からないんだよ。ボクのこの高尚な世界観がね!」
名護瀬が何か言い返そうとした時、清水が割って入って来た。
「まあまあ、二人とも、いけないわねぇ」
清水が楽しそうな声で言う。清水さん、本気で止める気はなさそうだ…… コーイチはそう思って気が重くなった。新聞や雑誌の見出しが頭の中を輪になってスキップしていた。
「名護瀬君」清水が名護瀬に向かって言った。「熱くなるのは、ステージの上だけよ」
「は、はいっ! 分かりましたっす!」
名護瀬は直立不動の姿勢で答えた。……名護瀬のヤツ、相当清水さんを尊敬しているみたいだな。
「それと、岡島君」清水は次に岡島に向かって言った。「あなた、素直に『出演したい、出演させて』って言えばいいのよ。出たいんでしょ?」
「いえ、その、別に……」
岡島は言って、残りの黒ビールを飲み干した。
「そう、素直じゃないわね。意地っ張りの子供みたい。でも、そんな反社会的なところ、私の仲間になる素質ありね。あなた、見所あるわよ。うふふふふ」
岡島は答えなかった。……岡島、こう言う時、上手い返しができないからなぁ。黙ったまま下を向いている岡島を見ながら、コーイチは思った。
「いやいやいやいや、ここにいたのか、皆の衆!」
少し赤い顔した林谷が、同じく少し赤い顔の西川新課長と共に現われた。
また何かありそうだ…… コーイチは半ばあきらめの気持ちになっていた。
つづく
岡島が言って、黒ビールを少し飲んだ。
「いや、いらない」
名護瀬は岡島をちらっと見て、短く答えた。岡島はむっとした顔になった。
「ボクのマルチプレーヤーとしての才能は、あなたも評価したじゃないか。周りの人たちも評価せずにいられなかったじゃないか。ボクの投げる愛の歌は、宇宙の根幹を支えている真の哲学なんだよ。ボクと言う人間を通して大宇宙が語っているんだよ。分かるだろう?」
「いや、全然」
名護瀬が短く答えた。二人の間に険悪な空気が漂い始めた。
「そうそう、川村さんたちファンと話していたようだったけど……」
コーイチが話題を逸らせた。名護瀬を怒らせると大変な事になる。聞いた話では、スナックでケンカになって大暴れをし、そのスナックの入っているビルを破壊してしまったそうだ。……ここで暴れられたら「無謀な社会人、レストランを破壊!」なんて見出しで新聞に載ってしまう。魔女に乱暴男…… ああ、イヤだ、イヤだ!
「あの娘たちは、ボクの宇宙哲学の話を聞いて、ボクを天才とかカッコイイとか言っていた。ボクの話はすぐに人の心に浸透するんだよ」
岡島は得意げに胸を反らす。
「ヴェークァ! お前の話がややこしくて、わけ分かんなくて、それでもファンで居たいから、とりあえず褒め言葉でその場を収めているんだ。ファンに気を遣わせんなよ、ヴェークァ!」
名護瀬が怒鳴った。いつの間にかワインボトルを持っていた。そして、直接口を付けてゴクゴクと飲みだした。
「失礼じゃないか! そんな事を言うなんて!」
「ヴェークァ! 事実だろうが! お前みたいな自己満足野郎は、自分だけの小屋でも建てて、その中でメエメエ念仏ソングでも唸ってりゃいいんだよ。他人を巻き込むなってんだ! なーにが宇宙だ。なーにが哲学だ。言葉だけの空っぽ野郎が!」
「あなたが低能過ぎるから分からないんだよ。ボクのこの高尚な世界観がね!」
名護瀬が何か言い返そうとした時、清水が割って入って来た。
「まあまあ、二人とも、いけないわねぇ」
清水が楽しそうな声で言う。清水さん、本気で止める気はなさそうだ…… コーイチはそう思って気が重くなった。新聞や雑誌の見出しが頭の中を輪になってスキップしていた。
「名護瀬君」清水が名護瀬に向かって言った。「熱くなるのは、ステージの上だけよ」
「は、はいっ! 分かりましたっす!」
名護瀬は直立不動の姿勢で答えた。……名護瀬のヤツ、相当清水さんを尊敬しているみたいだな。
「それと、岡島君」清水は次に岡島に向かって言った。「あなた、素直に『出演したい、出演させて』って言えばいいのよ。出たいんでしょ?」
「いえ、その、別に……」
岡島は言って、残りの黒ビールを飲み干した。
「そう、素直じゃないわね。意地っ張りの子供みたい。でも、そんな反社会的なところ、私の仲間になる素質ありね。あなた、見所あるわよ。うふふふふ」
岡島は答えなかった。……岡島、こう言う時、上手い返しができないからなぁ。黙ったまま下を向いている岡島を見ながら、コーイチは思った。
「いやいやいやいや、ここにいたのか、皆の衆!」
少し赤い顔した林谷が、同じく少し赤い顔の西川新課長と共に現われた。
また何かありそうだ…… コーイチは半ばあきらめの気持ちになっていた。
つづく
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