さとみの前にはぶすっとした顔の麗子がいた。麗子は青のワンピースで大人びた印象だったが、さとみは相変わらずポコちゃんスタイルだった。
ここは駅前にあるファミリーレストランだ。夕食時で、客でいっぱいだった。家族連れが多く、小さい子供たちの大きな声が響いている。店内には子供向けの音楽が流れていた。とても賑やかだった。
さとみと麗子は向かい合って座る二人掛け用のテーブルに着いていた。
「何よう、そんなぶすっとしちゃってさあ」さとみが麗子に文句を言う。「今日はわたしの奢りなんだから、もう少し嬉しそうにしてよね」
「ふん!」麗子は鼻を鳴らし、オレンジジュースのグラスからストローで一口すする。「今日は大変だったんだからね」
「だから、ごめんって言ったじゃない」さとみは言うと、ストロベリージュースのグラスからストローで一口すする。「百合恵さんがどうしても行かなきゃって言うから……」
「でもさ、会う人ごとに『綾部はどうした?』って訊かれてさ」麗子はまたジュースをすする。「わたしはさとみの保護者じゃないって言うの!」
「悪かったわよ」
「ちっとも悪かったって顔してないじゃない!」麗子はジュースをすする。「松原先生がわざわざ五時間目が終わった時に教室に来てさ、『綾部の荷物、帰りに綾部の家まで持って行ってくれ』って言われて、とどめに『百合恵さんからのお願いなんだよな。ボクの顔を立ててくれよな、頼むよ』だって! 公私混同だわ!」
「そうかも知れないけどさ、そこまで怒らなくっても……」
「それにさ、さとみ!」麗子がさとみを睨む。「……あなた、一体、鞄に何を詰め込んでいるのよ?」
「え? ……教科書にノートだけど……」
「重過ぎるのよ! まさか、いつも全教科を持ち歩いているんじゃないでしょうね?」
「そんな事はないけど……」
「にしたら、重過ぎよ!」麗子はわざとらしく右手を振って見せた。「右手がだるくって痛くって、イヤになっちゃうわ! それに、両手に鞄提げてさ、みっともないったらありゃしない」
「だったらさ、アイとかしのぶちゃんとか朱音ちゃんとかと交代で持てばよかったじゃない?」
「後輩君たちに『重いから手伝え』なんて我儘言えるわけないでしょ!」
「じゃあ、アイに頼めばよかったじゃない」さとみはにやりと笑む。「良く分かんないけど、深い仲なんでしょ?」
「ふん! 分からないくせに言わないでよね!」麗子は怒っているが、顔が赤くなっている。またジュースをすする。「それにね、アイったら『百合恵姐さんからのお話じゃ、麗子がやるしかないよ』とか『会長の物を持てるなんて、舎弟冥利だぜ』とか、わけの分かんない事言って手伝ってくれなかったのよ!」
「そんな事言ったんだ。困ったアイねぇ……」
「でもさ、まだ回復しきっていなかったから、無理はさせられなかったけどね……」
「ふ~ん……」
麗子の惚気を聞き流し、さとみもジュースをすする。
「……でもね、荷物を届けたら、さとみのお母さんが『ありがとうね』って言って、『さざなみ』のメロンパンを下さったわ。それだけが救いだったわね」
「え? ……それ、わたしのメロンパン……」
「あら、そうだったの?」麗子は勝ち誇った顔だ。「とっても美味しかったわあ……」
二人の愛仇に沈黙が流れた。
「……それで、話があるんだけどさ」
「何よ?」
「まだ怒ってんの?」
「怒っていないわよう!」
「怒っていないって怒っているじゃないのよう!」
視線を感じた。周りに幾組かの客がこちらを見ていた。思ったより大きな声だったようだ。さとみと麗子は真っ赤になって肩をすくめ、ちゅうちゅうとジュースをすする。
「……それでさ、話があるんだけど……」
周りがこちらを見なくなったところで、さとみが麗子に言う。声が小さい。
「……何よ?」
麗子は答えるが、声が小さい。
「麗子って、意外と顔が広いじゃない?」
さとみが水を向ける。
「あんたが周りに関心を示さないだけよ」
麗子の返事は冷たい。
「……」さとみは文句を言おうとしたが、ここはぐっと抑え、平静な顔で続ける。「そんな麗子に、聞きたい事があるのよ」
「何?」
「あのさ……」さとみはテーブルに両肘を付き、少しからだを乗り出す。「少し前にさ、学校のどこかで、石が出たとか、古い木の棒のようなものが出たとかって聞いた事無い?」
さとみは片岡の言ったままを伝えた。麗子の顔色が青褪める。本能で、嫌いな話だと察したようだ。
「……何、それ…… それって、まさか……」
「そう」さとみは大きくうなずく。「隠しても仕方がないわ。一連の学校の怪奇現象に関係している事なのよ……」
「うわあっ!」
麗子は叫ぶと立ち上がった。また、周りがこちらを見てくる。麗子はそんな視線に気がついていない。じっと、さとみを見つめる。
「さとみ……」麗子はさとみを見つめたままつぶやく。そして、すとんと腰を落として座り直した。「あんた……」
「そうよ」さとみはうなずく。「アイが言っていたでしょ? 屋上のさゆりの話。それを何とかするためなのよ」
「……」麗子はさとみの顔を見つめる。さとみの顔は真剣そのものだった。「……でもさ、そいつはさとみを呼んでいるんでしょ? 行ったら、何があるか分かんないじゃない…… あのアイでさえ、あんな目に遭ったのに……」
「そうなんだけど、そうも言っていられないの」さとみも麗子をじっと見つめて言う。「ねえ、何か知らない?」
さとみの真剣さが麗子に伝わったのか、麗子はふっと息をついて、笑みを浮かべた。
「……そうねぇ……」麗子は記憶を巡らせ始める。「そう言えば……」
つづく
ここは駅前にあるファミリーレストランだ。夕食時で、客でいっぱいだった。家族連れが多く、小さい子供たちの大きな声が響いている。店内には子供向けの音楽が流れていた。とても賑やかだった。
さとみと麗子は向かい合って座る二人掛け用のテーブルに着いていた。
「何よう、そんなぶすっとしちゃってさあ」さとみが麗子に文句を言う。「今日はわたしの奢りなんだから、もう少し嬉しそうにしてよね」
「ふん!」麗子は鼻を鳴らし、オレンジジュースのグラスからストローで一口すする。「今日は大変だったんだからね」
「だから、ごめんって言ったじゃない」さとみは言うと、ストロベリージュースのグラスからストローで一口すする。「百合恵さんがどうしても行かなきゃって言うから……」
「でもさ、会う人ごとに『綾部はどうした?』って訊かれてさ」麗子はまたジュースをすする。「わたしはさとみの保護者じゃないって言うの!」
「悪かったわよ」
「ちっとも悪かったって顔してないじゃない!」麗子はジュースをすする。「松原先生がわざわざ五時間目が終わった時に教室に来てさ、『綾部の荷物、帰りに綾部の家まで持って行ってくれ』って言われて、とどめに『百合恵さんからのお願いなんだよな。ボクの顔を立ててくれよな、頼むよ』だって! 公私混同だわ!」
「そうかも知れないけどさ、そこまで怒らなくっても……」
「それにさ、さとみ!」麗子がさとみを睨む。「……あなた、一体、鞄に何を詰め込んでいるのよ?」
「え? ……教科書にノートだけど……」
「重過ぎるのよ! まさか、いつも全教科を持ち歩いているんじゃないでしょうね?」
「そんな事はないけど……」
「にしたら、重過ぎよ!」麗子はわざとらしく右手を振って見せた。「右手がだるくって痛くって、イヤになっちゃうわ! それに、両手に鞄提げてさ、みっともないったらありゃしない」
「だったらさ、アイとかしのぶちゃんとか朱音ちゃんとかと交代で持てばよかったじゃない?」
「後輩君たちに『重いから手伝え』なんて我儘言えるわけないでしょ!」
「じゃあ、アイに頼めばよかったじゃない」さとみはにやりと笑む。「良く分かんないけど、深い仲なんでしょ?」
「ふん! 分からないくせに言わないでよね!」麗子は怒っているが、顔が赤くなっている。またジュースをすする。「それにね、アイったら『百合恵姐さんからのお話じゃ、麗子がやるしかないよ』とか『会長の物を持てるなんて、舎弟冥利だぜ』とか、わけの分かんない事言って手伝ってくれなかったのよ!」
「そんな事言ったんだ。困ったアイねぇ……」
「でもさ、まだ回復しきっていなかったから、無理はさせられなかったけどね……」
「ふ~ん……」
麗子の惚気を聞き流し、さとみもジュースをすする。
「……でもね、荷物を届けたら、さとみのお母さんが『ありがとうね』って言って、『さざなみ』のメロンパンを下さったわ。それだけが救いだったわね」
「え? ……それ、わたしのメロンパン……」
「あら、そうだったの?」麗子は勝ち誇った顔だ。「とっても美味しかったわあ……」
二人の愛仇に沈黙が流れた。
「……それで、話があるんだけどさ」
「何よ?」
「まだ怒ってんの?」
「怒っていないわよう!」
「怒っていないって怒っているじゃないのよう!」
視線を感じた。周りに幾組かの客がこちらを見ていた。思ったより大きな声だったようだ。さとみと麗子は真っ赤になって肩をすくめ、ちゅうちゅうとジュースをすする。
「……それでさ、話があるんだけど……」
周りがこちらを見なくなったところで、さとみが麗子に言う。声が小さい。
「……何よ?」
麗子は答えるが、声が小さい。
「麗子って、意外と顔が広いじゃない?」
さとみが水を向ける。
「あんたが周りに関心を示さないだけよ」
麗子の返事は冷たい。
「……」さとみは文句を言おうとしたが、ここはぐっと抑え、平静な顔で続ける。「そんな麗子に、聞きたい事があるのよ」
「何?」
「あのさ……」さとみはテーブルに両肘を付き、少しからだを乗り出す。「少し前にさ、学校のどこかで、石が出たとか、古い木の棒のようなものが出たとかって聞いた事無い?」
さとみは片岡の言ったままを伝えた。麗子の顔色が青褪める。本能で、嫌いな話だと察したようだ。
「……何、それ…… それって、まさか……」
「そう」さとみは大きくうなずく。「隠しても仕方がないわ。一連の学校の怪奇現象に関係している事なのよ……」
「うわあっ!」
麗子は叫ぶと立ち上がった。また、周りがこちらを見てくる。麗子はそんな視線に気がついていない。じっと、さとみを見つめる。
「さとみ……」麗子はさとみを見つめたままつぶやく。そして、すとんと腰を落として座り直した。「あんた……」
「そうよ」さとみはうなずく。「アイが言っていたでしょ? 屋上のさゆりの話。それを何とかするためなのよ」
「……」麗子はさとみの顔を見つめる。さとみの顔は真剣そのものだった。「……でもさ、そいつはさとみを呼んでいるんでしょ? 行ったら、何があるか分かんないじゃない…… あのアイでさえ、あんな目に遭ったのに……」
「そうなんだけど、そうも言っていられないの」さとみも麗子をじっと見つめて言う。「ねえ、何か知らない?」
さとみの真剣さが麗子に伝わったのか、麗子はふっと息をついて、笑みを浮かべた。
「……そうねぇ……」麗子は記憶を巡らせ始める。「そう言えば……」
つづく
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