岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

新説ブランコで首を吊った男 ⑭

2024年09月10日 00時13分11秒 | 新説ブランコで首を吊った男

 

 

新説ブランコで首を吊った男 ⑬ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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「それで、あの映像を送ったんです。何とかならないかなって……」

 

「それはそうですね。気味が悪いままだと、今後の生活に影響があります」

 

「でも、あのビデオ会社。ただ映像を商品化しただけで、何の解決にもならなかったの」

 

「向こうはただの商売ぐらいにしか、考えていないんですよ」

 

「ええ、そう思ったわ。送った私が馬鹿だったって…。話は戻るけど……」

 

「はい」

 

 

「恥ずかしい話だけど、亀田さんに相談したあと、あの人は私に迫ってきたの」

 

 

 確信できた。

 あの映像は亀田が、意識して作った合成映像であると……。

 

 

「はい、それでどうしたんですか?」

 

「当然、払いのけました。確かに主人とはうまくいってない。でも、だからって何であんな人に、身を預けないといけないの

 

そりゃそうですよね」

 

 静香は感情的になっていた。

 その時の光景を思い出しているのだろう。

 

 頬が紅潮していた。

 亀田みたいなオタクに迫られたら、誰だって嫌だろう。

 気持ちは分かる。

 

「それで、その場は去ったの」

 

「ええ」

 

「それから何か疲れちゃって、実家に帰って……」

 

「その時にDVDを?」

 

「うん、でも、子供の事もあるし、主人にはなついていたので帰りました」

 

「ええ」

 

 

「そしたら子供が、亀田さんを発見して……」

 

 

 途中で彼女の目に涙が溜まっていた。

 自分の子供が、亀田の自殺の第一発見者。

 むごい現実である。

 

 

「それで今に繋がると……」

 

 

 静香は、テーブルに突っ伏して泣き出していた。

 力のない小動物を見るような感覚を覚える。

 

 

 初対面の俺の前で、テーブルに突っ伏して泣く静香。

 見ていて哀れに思う。

 

 店内の数人の客が、こっちに注目していた。

 マスターのほうを見ると、気づいていないふりをしていた。

 

 亀田の性格を考えると、あの首吊り映像は作り物だと感じる。

 その時点で、冷めたような感覚はあった。

 

 あとの話はどうでもよかった。

 でも、目の前で泣いている静香を見ると、悪い気がしてくる。

 

 自分の興味的な事だけで、過去の嫌な記憶を蘇らせた。

 少なくても今、いているのは、俺のせいでもある。

 

 仕方ない。

 ここまで乗りかかった船だ。

 

 とことん付き合おう。

 俺は静香が泣きやむまで黙って待っていた。

 

 

 そういえば主人は仕事だとしても、子供は放っておいていいのだろうか

 

 ここに来て三十分は経つ。

 昼寝をしているだけかもしれないが、あのアパートに一人でいる状況には代わりがない。

 

 静香は今、自分の事でいっぱいいっぱいなのは分かる。

 でも、子供の事を言ってやらないと……。

 

 

「あの~、静香さん?」

 

 

「……」

 

「いいんですか、お子さん。一人でアパートにいるんでしょ?」

 

 

 俺の言葉に反応してくれたのか、静香は顔を上げた。

 目が真っ赤になっている。

 

 

「お願いがあるの……」

 

「ええ、何ですか?」

 

「付き合ってほしいところが……」

 

「どこへです?」

 

「それは返事を聞いてから……」

 

 

 どこへ行こうというのだろう。

 まあ、どこでもいいか。

 さっき、とことん付き合うと決めたのだ。

 

「分かりました。いいですよ」

 

 子供の事はいいのだろうか。

 それ以上は追求せずに、俺はコーヒー代を払って店を出た。

 

 

 

 賑やかな駅前通から、離れていくように歩く静香。

 俺は、黙ってあとをついていくだけだった。

 

 彼女は今、何を考えているのだろう。

 明らかにアパートとの方角とは、違ったほうへ歩いていく。

 後ろ姿は、寂しさやせつなさを訴えているようにも見える。

 

 どんどん人気のないほうへ向かう。

 とりあえず声をけようと、横に早歩きで並ぶ。

 

 

「亀田さんが亡くなったあとね……」

 

 突然、話を切り出されたので、心の準備がうまくできていなかった。

 

「……」

 

 

「警察の人が、何度も聞き込みに来たわ」

 

「それは、そうですね」

 

「それで私、知ったの……」

 

「何をです?」

 

「さっき、あなたが言ってたでしょ?」

 

「え?」

 

 

「床にパンティが落ちていたって……」

 

「ええ」

 

 

「それ、私のパンティだったの……」

 

 亀田の奴、隣のベランダから忍び込み、静香のパンティを盗み取ったのか。

 

 

「……」

 何て声をかければいいか、分からなかった。

 

 

「お気に入りのやつだったのよ。真っ白で……」

 

 もともと白いものが、あいつの手垢などで陵辱され、どす黒く変色したパンティ。

 持ち主の静香は、どれだけ傷ついたのだろうか。

 想像もつかないほどのショックを受けるだろう。

 

 

「辛かったら、無理にはいいですよ」

 

「ありがとう」

 

 悲しげな静香は、無理に笑顔を作った。

 抱きしめてやりたい衝動に駆られる。

 でも無理だ。

 俺には美和がいる。

 

 俺たちは、そのまま黙って歩いた。

 

 

 やがてお寺が見えてくる。

 静香は真っ直ぐ進み、寺内へ入った。

 

 一体、俺をどこに連れて行こうとしているんだ

 

 

「ごめんね、変なところに案内しちゃって……」

 

「い、いえ……」

 

 

 静香は墓場に入り、奥に歩いていく。

 

 

「……」

 

 

 香田隆志と書かれた墓石の前で、静香は立ち止まった。

 ご先祖の墓だろうか。

 

 

 

「私の子供のお墓なんだ……」

 

 

 衝撃的な事実に、言葉が出なかった。

 

 あのDVDに映っていた子供……。

 あの子が亡くなっていた。

 

 あんなに元気にはしゃいでいたのに……。

 

 

 静香はしゃがみ込んで泣いていた。

 小刻みに肩を震わせながら……。

 

 

 何ともいえない気分だ。

 一体、何があったのだろう。

 

 俺はしゃがみ込む静香の肩に手を置いた。

 

 

「色々と辛い事が、連続であったんですね……」

 

 

 確かに主人とは、うまくいってない。

 さっき喫茶店で、彼女が言った台詞が思い出される。

 こんな小さな背中で、一人ですべて背負い込んできたのだろう。

 

 そういえば、何で最初に気付かなかったのだろう……

 

「な、何故、私に、子供がいたなんて分かるんですか?」

 あの時、静香は「子供がいた」と過去形で話していたのだ。

 

 静香は俺に抱きついてきた。

 俺は両腕を下に垂らしたまま、立ち尽くすしかなかった。

 

 俺の胸を借りて泣く静香の頭を優しく撫でてやる。

 

 

 携帯が鳴る。

 美和からだった。

 

 俺は音が鳴らないように、バイブにして再びポケットに入れた。

 

 

 

 

 裸の静香が、上半身を起こす。

 形のいい胸が揺れる。

 

 俺は彼女を抱いてしまった。

 俺も静香も何も言わず、自然とホテルに向かっていた。

 

 旦那とも、しばらくしていなかったのであろう。

 静香は貪欲に俺を求めた。

 俺も彼女の心境を理解し、それに答えた。

 

 いけない事なのは承知していた。

 でも、自分を抑えられなかった。

 

 今、彼女の顔は、すっきりしたような感じに見える。

 

 

「まだ、名前も聞いてなかったね……」

 

「早乙女雷蔵…。二十三歳」

 

「へー、雷蔵って言うんだ?」

 

「うん、古臭い名前だと思うけど、自分じゃ気に入っている。俺も、静香さんって名前しか聞いていない」

 

 

「失礼ね。女に年を言わせるの?」

 

「抱いた女には、失礼でも聞くようにしている」

 

 俺がそう言うと、静香は声を出して笑った。

 心から笑っているように見える。

 

 

「二十五」

 

「二つ上なんだ。もっと、若そうに見えたけどね」

 

「ありがと」

 

 静香は、俺の頬にキスをしてきた。

 

「旦那がいるのに、良かったのかい? 後悔してないの?」

 

 

「少し長くなるけど、聞いてくれる?」

「もちろん」

 

「あのアパート、引っ越してきたのって、まだ数ヶ月前だったの。亀田さんとは、偶然近くのスーパーで知り合ってね。最初の頃はいい近所付き合いをしてたわ。ただ、うちの主人って一度も私を抱いてくれなかったの。何度も言ったけど、いつも疲れているってばかり…。子供を撮ったDVDに、あんなものが映っているのに、全然感心すら抱いてくれなかったの」

 

「それは酷いな」

 静香は甘えるように、俺の腕に頭を乗せてきた。

 

「あの公園で私が悩んでいると、亀田さんが偶然、通りかかったんだ。親切にしてくれるから、相談しちゃってね…。そしたら私に迫ってきて…。これが目的で、親切にしてたんだって思っちゃった」

 

「大抵の男って、そんなもんだよ」

 

「そうね。心を少しでも許した私が、馬鹿だったんだなって思ったよ。それで、子供と実家に帰ったって言ったでしょ?」

 

「ああ」

 

「もう二人で生きていこうって思ってたけど、隆志が、主人を恋しがっていたから、仕方なく戻ってね」

 

「子供の気持ちがやっぱり優先だよね。間違ってないと思うよ」

 

「うん、そしたら、亀田さんがドアノブで首を吊っているのを隆志が見て……」

 

 

「そっか…」

 

 

「最初、あのアパートに戻った時、すごい嫌な臭いがしてね。その時で、妙な感じはしたんだけど、隆志は亀田さんの部屋のほうへ行ってたの」

 

 すごい嫌な臭い……。

 俺が公園で嗅いだ臭いと同じような気がした。

 

 

「それで?」

 

「ドアノブに手をけてたから、やめなさいって言ったら、ドアが開きだして……」

 

 静香の肌は鳥肌が立っていた。

 

 

「辛かったら、その辺は無理に話さなくてもいいよ」

 

「うん、ありがと。それから警察に通報して、何度も聞き込み調査が来て、すごい疲れたわ」

 

「そりゃそうだろうね」

 

 

「旦那は私に謝ってきたわ。でも、それって形だけだったの」

 

「何故?」

 

「息子の隆志が原因不明で、体の具合が急に悪くなり、病院に連れて行っても医者は分からないって……」

 

 

「……」

 

「色々な医者にすがりついたけど、原因不明のまま、隆志は三歳で亡くなったの」

 

 

「うん……」

 

 

「まだ、二週間前の話……」

 

 

「そうか」

 

「隆志が亡くなったその日…。旦那は、別の女と浮気してたんだ」

 

 

「……」

 

「私、隆志の葬儀とか色々あって、何も言わなかったけど、終ってから実家に戻ったの」

 

 

「うん」

 

「その時、あのDVD出したところから、連絡があってね。隆志が亡くなった原因が、分かるんじゃないかなと思って出演したんだ」

 

「DVDでは、子供が亡くなった事、言ってなかったじゃない?」

 

「話している内に、この人たちって何か違うんだなって思って……」

 

 

「そうだね。俺も見ていて、それは感じたよ」

 

「親に言われたわ。おまえの主人も辛さは同じなんだから、家に戻りたい気持ちは分かるけど、一緒にいなって……」

 

 

「確かに事情を知らないと、そう無責任に言うかもな……」

 

「もう何も考えられなくて…。私の居場所って、どこにもないんだって思ったの」

 

 

「……」

 

「家にもいられないし、働いてないから、私は今のところに戻るしかなかったんだ……」

 

 

「大変だったな……」

 

 

 

「隆志が亡くなったの、まだ信じられなくて……」

 静香は、涙声になっていた。

 俺はギュッと抱きめてやる。

 

 

 

 ホテルの休憩時間がきて、俺たちは出る事にした。

 

「送っていくよ」

 

 

「ううん…。大丈夫……」

 静香は寂しそうに笑った。

 

「そうか」

 

 

「ごめんね」

 

 

「何が?」

 

 

 

「もう逢う事、ないと思う」

 

 

「……」

 

 

 

「ありがとう……」

 

 

 

 静香は振り向いて、歩いていった。

 まだ時間は三時半だった。

 

 

 携帯を取り出すと、美和から着信が三回ほどあった。

 

 美和に対しての罪悪感がのしかかってくる。

 俺はどんな言い訳をしたとしても、あの女をさっき抱いてしまったのだ。

 

 でも、何故か気分はすっきりしていた。

 美和に、この事だけは黙っておこう。

 

 

 俺はマンションに向かって歩き出

 一度も静香のほうを振り向かずに歩いた。

 

 

 帰り道、公園に差し掛かる。

 今は誰もいなかった。

 

 この近所の人々は、この場所で自殺があったのを知っているせいだろうか。

 

 

 ブランコへ近づいてみる。

 あの映像は亀田が合成したと仮定しても、ここでサラリーマン風の男が首吊り自殺をしたのは本当の事だったのである。

 

 ここで自殺をした……。

 

 俺はブランコを支える鉄の棒に触れてみた。

 何も感じない。

 どんな気持ちで自殺をしたのだろうか

 

 俺には分からない。

 

 もう前みたいな変な臭いはしなかった。

 あの時嗅いだ臭いは一体、何だったのであろう

 

 

 赤いベンチに腰掛け、静香が住むアパートを見る。

 もう彼女は帰って中にいるのか。

 色々と考えてみたがもうどうでもいい事だった。

 

 彼女とは、二度と会う事はないのだ。

 

 

 さっきお互いを求め合ったのが、幻だったように思えてきた。

 

 

 

 帰るか……。

 俺は立ち上がり、公園をあとにした。

 

 自分のマンションに帰ると、ドアの新聞受けのところに、大き目の封筒が入っていた。

 

 手に取ると、非常に薄っぺらい封筒だった。

 差出人も何も書いていない、ただの封筒。

 

 何だろう、これは……。

 

 

 中に何か入っている。

 俺は封を切って、取り出してみた。

 

 

 真っ白い一枚のDVD。

 中にはそれしか入っていない。DVDのロゴしかない、無地のメディア。

 

 郵便物で届いたものじゃないとすると、誰からだろう。

 この部屋に来た事があるのは、友人と美和ぐらいだ。

 

 

 

新説ブランコで首を吊った男 ⑮ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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