数年前の話だ。
夏の太陽が照らす明るい外から
蛍光灯の照らす薄暗い建物の中に
一歩、二歩と入って行く。
三歩目だった、足下に気配を感じたのだ。
目が慣れないせいでよく見えないが
黒い何ものかが動いていた。
「ゴキブリか?」と思ったぼくは
それを踏みつぶす覚悟と準備をした。
待てよ、それにしては大きすぎる。
しかも動きがやけに鈍い。
数秒後、建物の暗さに慣れた目で
ゴキブリにしては大きすぎる、
動きの鈍い何かをよく見てみた。
「おお、これは!」思わず声が出た。
オスのクワガタ君の成虫ではないか。
体長7~8センチはある大物だ。
ぼくはそのクワガタ君を手に取った。
いったいどこから逃げてきたのだろう
足や体には綿ぼこりがついていた。
しかし踏みつぶさなくてよかった。
クワガタ君を売る気も飼う気もないぼくは
彼の処遇を建物の受付に任せることにした。
その後しばらくしてそのクワガタ君は
心ある人にもらわれていったということだった。
めでたし、めでたし