上咽頭癌&後遺症との戦いぃぃぃぃ!

2013年4月に突如の上咽頭癌ステージ4の告知を受けてからの入院闘病記と退院後の後遺症について、記録をしていきます。

来年へレリゴーな話

2014年12月31日 | 後遺症


「昨晩は、コレ着てダサいと、言われたよ」でおなじみボクです。


今年もアッという間に終わっていきますね。
年始はまだ自宅療養をしていて、ロクに食事もできず、
社会復帰なんぞ出来るのか?と絶望しておりましたが、
人間の回復力というのは凄いもので、気がつけば7月から
職場復帰をすることが出来ました。

今年を振替ってみると、色々ありましたが、私の心の中のベスト5は、
こんな感じでありました。


<第5位>
 唾液が少しだけ回復&味覚がかなり戻って、食事が出来るようになった。
 おかげで、外食が徐々に出来るようになりました。
 来年はラーメンを食べれるようになりたいものである。だからまだ死ねない。 


<第4位>
 DJも復帰することができた。 
 入院中も休職中も、僕を支えてくれた物は、なんだかんだ言っても、
 音楽だった気がする。右耳の調子は相変わらず悪いんだけども、
 落ち込んだ時も、元気な時も、自分の周りには音楽が流れていたと思う。
 そして、また現場復帰を暖かく迎え入れてくれた仲間たちにもただただ感謝の
 気持ちでいっぱいである。だからまだ死ねない。


<第3位>
 社会復帰をすることができた。
 1年休職したので、管理職から外され、手取りも10万減ったけど、
 営業職として、また仕事が出来ることは社会からの疎外感から脱出が出来て、
 生きてる意味や、自分の存在意義を改めて認識できた気がする。  
 5年後には、また課長までは復帰してやる。だからまだ死ねない。


<第2位>
 酒が飲めるようになった。
 6月位までは、抗がん剤もやってたし、炭酸がきつくてビールが飲めなかったが、
 気が付けば、ビールとホッピーと焼酎水割りくらいは飲めるようになった。
 来年は日本酒とワインをもっと飲めるようになりたい。だからまだ死ねない。 


<第1位>
 再婚することが出来ました。
 やはり、これに尽きますな。嫁は私にとって「神」のような存在です。
 嫁を幸せにしないとバチが当たる。だからまだ死ねない。



だから私は、まだ死ねないのである。



というワケで、来年も一生懸命生きるので皆様よろしくです。


人をダメにするソファーの話

2014年12月23日 | その他・色々



「最近は、冬眠をする、熊のよう」でおなじみの僕です。


皆さんは、無印良品の人をダメにするソファって知ってますか?
↑の写真の細かいビーズが入ったソファというかクッションみたいな物なんだけど、
コレ、本当にヤバいんですよね。

昔使ってたことがあったのですが、【コレ+こたつ】の組み合わせがもう最強でして、
ゲーム(RPG)なんかやってると、そのまま寝落ちしたりして、下手すると
半日その場から動けない日とかよくありました。

今のマンションに引っ越してからはコタツもやめて、このソファーも捨ててしまったのですが、
最近、買い替えたソファーも座り心地が良くて、寝落ち率が格段に上がってしましました。




■NOYES
http://www.ny-k.co.jp/index2.html

ここのソファなんですけど、クッションの素材、椅子の高さ、表面生地などを、細かく
セミオーダーして作れるソファー屋さんなんですが、値段も手ごろで凄いんですよホント!!

ここのソファーに替えてからというもの、、、


 帰 宅

  ↓

 ご飯食べる
  
  ↓

 TVを観てると、、、、
  
  ↓

 かなりの確率で寝落ち

  ↓

そして挙句に、嫁に叩き起こされる(白目)


ホントにこんな毎日の無限ループになっているので、
この前、嫁さんに「このソファーも人をダメにするソファーだよね~(笑)」って言ったら、、、









「ソファーがダメなんじゃなくて、貴方がダメなんでしょ。」




と、一蹴されてしまいました(ゲシュタルト崩壊)




どうやら、ダメだったのは僕のほうだったようです。
来年こそは、ダメ人間から脱出したいものです。。。




                                      戦いはつづく

部屋とYシャツと年収と残業と私

2014年12月11日 | その他・色々


突然ですが、ジャンクマンって知ってますか?
昔やってた、キン肉マンって漫画のキャラなんですが、
何でもかんでも、「ジャンククラッシュ!」って必殺技で壊すという、
強烈なキャラクターで僕は大好きでした。(あと便器マンも)
最近の僕は、ジャンククラッシュを食らっているロビンマスクのような感じで、
まさに↑のような状態。

今年も気が付けば、もう12月半ば(白目)
ちょっと前まで「嗚呼、夏が終わっていく。。。」なんて思ってたのに
秋はあっという間にワープして、気が付けば年末の挨拶周りと忘年会ばかり。
クリスマスが終われば、今度は年に1度しか稼動しないプリンターで、
ガキの使いのケツ叩きを見ながら、年賀状をガシャンガシャンと印刷してるのだろう。

最近は1日があっという間に終わり、帰宅して飯食って、
ワールドビジネスサテライトを見てるとソファーで寝落ちして、
嫁に叩き起こされて、風呂に入って就寝。気が付けば翌朝になっている。
ホントこの繰り返し。

40代になってから、本当に1日が経つのが早いなと実感しています。
これって、どんなホラー映画より超ホラーですよね。


そんな、ホラー映画の主人公のような僕ですが、最近思うのが「残業」と「収入」である。

癌になる前までは、管理職課長のポストにいた僕は、管理職手当と責職手当なるものが、
基本給と営業手当以外についていたので、いくら残業しようが、土日出勤しようが、
ある意味、月の給料はほぼ「固定給」であった。

しかし、復帰した私のポストには、元部下であったNさんが管理職をしていて、
私は元々管理をしていた課の1課員となったワケである。
(=いわゆる繰り下げ降格という事である)

管理職でないのだから、当然の如く管理職手当と責職手当は貰えなくなった。
そのかわりに、残業はこなした時間だけ、時給換算の残業手当として貰えるように
なったワケである。

当然のことながら、残業をしないと給料は大幅ダウンである。
しかし、やみくもに残業をしてしまえば、身体はどんどん疲弊をして、
帰宅時間はどんどん遅くなり、帰宅後のプライベートは圧縮されるばかり。

しかし残業をしないと、手取りは10万近く下がってしまっている為、
生活が苦しくなってきてしまう。

まさに「収入」と「生活」にジャンククラッシュをされているロビンマスク状態
なのである。


「収入」を優先して、バカバカ牛馬のように残業をすれば、多少は収入は増えるが、
当然のことながら、身体へのダメージは大きい。

「生活」を優先すれば、極力会社では存在感を殺して仕事を自ら抑えてしまえば、
残業は減るが、会社からの僕の評価はどんどん失墜していき、年収は確実に落ちていくだろう。


収入を優先して身体にダメージを与え、また癌が再発したら、生きている意味が無い。
しかし、収入が無ければ、生活もしていけないし、医療費も賄うことが出来なくなってくる。


このバランスを取る事が非常に難しい。まるで会社という大波でサーフィンしてるようだ。
日々増えていく残業時間を見ながら、これからのライフプランを再構築をしなければならない。

幸いにも、10月に再婚をすることが出来た。
近い将来、子供も1人は作りたいとも思っている。
それは即ち、数年後には嫁と子供を自分で養っていかねばならない事なのだ。


僕らが60歳になる頃には、年金制度なんか崩壊していて、
定年なんていう言葉も崩壊しているのかもしれない。

もし80歳まで働くことになれば、僕のサラリーマン人生は、
あと、38年間残っている。


38年もあれば、もう一度課長くらいまでには戻れるかもしれないな。


この考えだけが、今の僕の心の支えとなっている。
自分の身体と精神とうまく相談をしながら、ジワジワと復帰の道筋を模索していく。


「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。
 踏み出せばその一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ」byアントニオ猪木



焦らず行こう。
人生は生きてる限り続いていくのだから。

副鼻腔炎になったり、KYな先輩に言われたショッキングな発言の話

2014年11月27日 | 後遺症



今週はホントに寒いですなぁ。
空気も寒いですが、医療ビンボーで懐も寒いボクです。

久しぶりの更新でございます。
皆さん、お元気でしょうか?
僕は相変わらず、色々ありまくりな日々を謳歌しておりますよ。


■鼻水ズルズルな話
ここ2週間ばかり、右鼻から鼻水が半端なく止まらなくなってしまい、
風邪かなと思って、風邪薬を飲んでいたのですが、熱も出ないし咳も
止まっていたので、アレルギー性鼻炎かなと思って、初めてアレグラを買って
飲んでみたりしたのですが、一向に鼻水が止まらず気が付けば、机の上も、
ポケットの中も、鼻をかんだティッシュの山だらけになってしまい、
あんまり鼻をかんでいたから、鼻も真っ赤になって丹下段平みたいに、
なってしまいました。
あげくに右耳の耳管が詰って、耳づまりになって難聴になってきたよ。おいおい。


アカン!このままではアカン!

心の中で、エマージェンシーコールが鳴りました。
そう思った私は、仕方なく仕事中になんとか抜け出して耳鼻科へ行くことに。
1時間半待たされて、右の鼻を診てもらうとことになった。
結論から言うと、右の鼻だけ副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)になってるそうな。
(=放射線治療の後遺症で鼻炎になると膿が溜まり易いとのことでした。)

とりあえず副鼻腔に溜まった、膿をチューブでズビズバと吸い取ってもらい、
その後、鼻にネプライザーをして、最終的に大量の処方箋を投下されました。
(処方箋については↑の画像を参照してくだされ)

久々の薬漬けである。

抗生物質、アレルギー薬、咳止め、胃薬、消炎薬。。。。
薬のオールスター、それはまるでアヴェンジャーズの如し!!

このオールスターを5日間飲むことになりました。
おかげで昨日あたりから、やっと鼻水と耳詰まりも収まってきました。
山盛りティッシュもだいぶ減ってきて、ひと段落してきましたよ。

やっぱり、冬は通勤時や街に出かける時はマスクが必須だという事を、
思い知りました。自分の免疫力の低下ぶりに驚愕しています(白目)

そして、次回から鼻の調子が悪くなったら⇒すぐに耳鼻科に行こうと思ったのでした。
(健常でないワタシの鼻は、市販薬では治らないという事が今回よく解りました。。。)



■悪意のない励ましは逆に猛毒だっつー話
ネットでこういう事を書くのはあまり好きではないのだが、
この話は、どこかにアウトプットしておかないと気持ちが収まらないので、
ここに記すことにした。

昨日の仕事中の話である。
昔部下だった、Kさん(年齢的には先輩)が、僕が入院中に他の部署に異動になり、
他のフロアに引っ越したので、僕が職場復帰してからも、顔を合わせる事が無かった。
そんなKさんと、たまたま会社の廊下でバッタリ会ったのである。


Kさん「おお、久しぶりだね。元気にしてるのか?調子はどう?」
ワタシ「いやー、調子悪いっすよ。ここ2週間鼻の調子が悪くて・・・」
Kさん「東大病院のほうは、まだ行ってるの?」
ワタシ「ええ、二ヶ月に一回行ってますよ。次回精密検査です」
Kさん「精密検査って何やるの?」
ワタシ「CT撮ったり、PET検査したりですかね」
Kさん「そうか、一度治ってもまだ大変なんだな。」
ワタシ「ええ、あと3年半は通院するんですよ」
Kさん「そういや、この前無くなったSさんの葬式行ったの?」
ワタシ「ええ、お通夜に行きましたよ。」
Kさん「彼も若くして勿体無いよな。真面目でいいヤツだったのにさ。」
ワタシ「そうっすね。惜しい人を亡くしましたよね」
Kさん「彼は悪性リンパ腫になって余命1年って言われたけど
    治療して復帰してから、6年頑張ったもんな。まぁよく頑張ったよ。」

ワタシ「そうっすねぇ。。。(え?コイツ何言ってんの?)」
Kさん「お前も、あんまり無理しないで体労わってあげろよ。」

ここで、このKYな先輩の一言にカチンと来たワタシは、ブラックジョークで
錦織ばりの強烈なレシーブを打ってみることにした。


ワタシ「Sさんが余命1年で頑張ったって事は、僕は治療前に余命半年って
   言われたので、僕は3年頑張れれば良いっすかね?」

Kさん「いやいやいや、何言ってんだよ!あと3年とか言わずにさ!」

   「4年は頑張れよ!」


ワタシ「(え?こいつ真面目に言ってるよ)。。。はぁ、頑張ります。」
Kさん「じゃあ、またな!年末あたりに飲みに行こうぜ!」
ワタシ「はははははははははは!(乾いた笑い)」

そして、彼は去っていった。


そう。
彼は、最後まで自分がとんでもない発言をした事に気づいていなかったのである。
悪意がないというのは、ある意味「無敵」である。
自分の発言した言葉に、例え残忍な言葉が乗っかってしまっていても、
本人に自覚が無いだから、もうどうしようも無いのである。


たぶん、こういう心無い言葉をこれからも彼は周囲の人間に言い続けるのだろう。
悪意がないので「無敵」かもしれないが、世の中はそんなに甘くないのだ。

彼にはきっといつか、とんでもないしっぺ返しがいつか降りかかることだろう。
そんな自分が招いた危機に直面した時、彼はいったいどういう言葉で突破するのだろうか?



ある意味、興味津々である(笑)




                                   おしまい。 

今度は親父が大怪我したっていう話

2014年11月08日 | その他・色々

      

親父は何歳になっても、どんな事態になっても、
俺の中では、永遠のヒーローなのだっ!



というワケで、毎度おなじみのボクです。
天気が悪いと、気分がなんだかモヤモヤしますよね。

それは、昨日の早朝の事でした。
体調最悪の平日も、今日一日を乗り切れば終わって、
やっと平穏な土日がやってくるわぁぁあぁぁ~、などと思いながら、
洗面所で歯を磨いていたら、珍しくスマホに着信が。。。

こんな朝から電話なんて、「なんだよぉ~、誰だよぉ~」って思っていたら、
母親からの着信であった。


ワタシ「もひもひぃ~」
オカン「あのね!あのね!お父さんが長野で大怪我して大変なの!!」







ワタシ「え。」


突然の知らせであった。

どうやら、親父が木曜に長野のゴルフ場に泊りで行って、
風呂上りに、駐車場に荷物を忘れたので取りに向かう途中に、階段に暗い場所があり、
何かの拍子で道を踏み外して、約2.5mある塀から下の駐車場まで落っこちてしまったらしい。
幸い、後頭部や背中は打たずに足と腕を強打したので、意識はあったそうだ。

取りあえず、そのまま長野の佐久病院に緊急搬送され、CT検査と応急処置(アイシング等)を
受けて、その夜を明かし、金曜に関東の某大学病院に搬送されたのである。

母親と電話で話した後に、兄、弟、そして父本人から怒涛のようにメールと電話が来た。
(ちなみに兄は日曜まで名古屋に出張中)

そして東京の病院の主治医から、現在の状態の説明と手術について話したいので、
来てほしいとの連絡が来てしまった。
そして、今朝10時に【ワタシ、弟、オカン】の3人で主治医と面談をした。


状態としては、「左膝粉砕骨折」「右足首複雑骨折」という事であった。
頭や背骨などの神経には特に損傷は無かった。腕に切り傷と軽い打撲がある位。

ただ、特に左膝の損傷が相当ひどいらしく、手術で骨の位置を戻して、人工骨で補強をして、
チタンプレートで左右から補強固定をするという事になった。
右足については、踵の骨が割れているので、チタンで固定をして、場所も元の位置に戻すとのこと。

親父は今年75歳である。
今回の手術は全身麻酔で6~7時間かかるそうだ。

そして、もう一つ非常に大きな問題に直面してしまった。
親父は50歳前位から糖尿病を患っており、この25年間ずっとインシュリン治療を、
継続して血糖値をコントロールしてきた。

食事療法も実践し、運動も頻繁に行うように生活改善を行い、体重を20キロ近く
落としてずっとキープをしている。

しかし、糖尿病という病気は「不治の病」であり、進行を遅らせることは出来るが、
完治することは出来ないのである。
ある意味、癌よりもタチが悪いのかもしれない。

長年の糖尿病との闘いで、父の体の骨と血管は健常な人に比べて5~10倍近く弱っているそうだ。
そして、手術による感染症のリスクも通常の人の10倍はあるそうだ。

骨というのは、細菌に非常に弱い物質なので、感染症にかかった場合、
骨が壊死をして、最悪の場合は足を切断しなければならないケースもあるそうだ。
また、足の大動脈にも血栓が出来やすくもなるそうで、その血栓が血管を流れて肺や心臓に
流れて問題になる可能性もあるので、今後は定期的に見ていかなけれなならないとのこと。

リハビリについても、骨と血管が弱いので、無理なリハビリを行ってしまうと、
逆効果で、骨が変形したり、血栓が増える原因になったり、体の左右のバランスが崩れて
全体的に機能不全が起こりうる可能性が高いという。

驚愕である。
ただの外科手術をして、リハビリ3ヶ月もすれば、杖をついて歩く位は出来るだろう、、と
ボーっと考えながら、病院に向かった僕の甘い思惑は、とてつもなく辛い現実によって、
完全に木端微塵に破壊されてしまったのである。


しかし、この事実を病室で静養している父に伝えなければならない。

でも、希望はゼロではない。

手術が問題無く成功して、感染症も起こらず、金属アレルギーも出ず、
半年でも一年でもいい、ゆっくりゆっくり時間をかけてリハビリをすれば、
杖をついて歩いたり、車を運転するくらいは出来るかもしれない。

僕は包み隠さず、正確に、そして希望はあるよ、と時間をかけて説明をした。





そうしたら、親父は暫く黙ってから、こう言ったのである。


「今度は俺が頑張る番だな。俺も勝ってやるよ!」 と。



「この親父は、本物のヒーローである。」
こんな状況なのに、結果的に僕のほうが逆に励まされてしまった気分なのである。
永遠に俺のヒーローなのだなと、確信をして思わず笑ってしまった。
この漢は本当に、奇跡を起こすかもしれない。




頑張れ!親父!


昨日から咳が止まんない話

2014年11月05日 | 薬について


「酒飲むと、翌日声が、出ないのよ」


でおなじみ、ボクです。
今週から急に寒くなってきましたね。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか?


ワタクシのほうと言いますと、この前の三連休に
調子コイて、東京デザイナーズウィークなんぞに遊びに行って、
スーパーロボット展を見たり、セグウェイもどきの乗り物で遊んだりしてたら、、、
昨日から咳が止まらなくなってしまいました。


■会場入り口


■スーパーアンドロイドのお姉さん(リアルすぎて怖い)


■そして、セグウェイもどきで遊ぶ嫁


熱は無いんだけど、咳と痰が出まくりのスーパー花びら大回転です。
とりあえず家にあった、アズレンのうがい薬で何度も嗽をして、
常備薬のパブロンを飲んで寝たのですが、今朝も相変わらず咳が止まらず。。。

「あったので、早めのパブロン」をしたのですが、効果なし。
ただただ、眠気が襲ってきただけでした。(松島奈々子に騙されました)


仕方なく、マスクをしながらとりあえず出勤をして、会社の近くの薬局へ駆け込み、
店員のおっさんにお勧めの咳止めってどれやどれや?って、聞いたら
進められたのが、コレ↓



■コンタック咳止め錠


朝・夕だけ飲めば効くし、錠剤も1回1カプセルだから飲み易いと言われたので、
即ゲトーをして、とりあえず飲んでみた。







BUT!!






午後になっても、一向に咳が止まらず、痰も出まくりで効果無し。。。。(白目)
仕方なく、会社で市販薬で一番効くのはナンジャラホイ?とググッてみたら、
どのサイトにも、


「やっぱアネトンでしょ!」
「それ以外は無能!」




みたいな、口コミが大量に出てきました。



ちっきしょー!!マツ●ヨの店員め!!



っというワケで、、、、午後になってから、違う薬局に駆け込んで
肩から湯気を出しながら、店員さんにアネトンありますか?って効いたら、


「あー、売り切れですねぇ。。。入荷未定です。スミマセン」



このまま手ぶらで会社に戻るのもムカつくので、とりあえず800円くらいの
ユンケルを飲んでやりました。(これを浪費というのか?)

帰りに、また別の薬局に行ってアネトン探してやる(涙)



こうして、俺のアネトン探しの旅は幕を明けたのである。


                         待ってろ!アネトン!

治療後1年位の人がランチするならこんな店ベスト5の話

2014年10月29日 | 食事



「むかし酒、いまは病院、ハシゴする」




で、おなじみのボクです。
皆様、こんばんわ。


9月から正式にフルタイム出勤となり、病人扱いされていたリハビリ期間は
どこへやらという感じで、エクセル&ワードという事務処理との格闘し、
そして、得意先と喉をカラカラにしながら打合せをするという日々が戻ってきました。

夕方になると、目はショボショボ、右肩は岩のようにガチガチ。
帰宅の道のりはヘロヘロになりながら歩いています(白目)


それはさておき、相変わらず苦労しているのが昼食であります。
復帰当初は、自宅から弁当と山芋を持っていこうかなと考えていましたが、
営業職のワタクシは外出予定がコロコロ変動するので、弁当計画は泣く泣く諦めました。

そこで会社の近所や、外出先で食事を取ることが多いのですが、
正直、食べれるお店が限られて困惑することが多いです。


そこで今回は、ワタクシのここ2ヶ月で、安心して食べれるチェーン店を
ランキングしたので、治療後1年あたりのかた向けに紹介しようかと思います。
(※個人差がありますので、あくまでご参考までに)


★咽頭癌治療後1年後位にランチ行くならこんな店ベスト5

【第5位】小諸そば

貧乏サラリーマンのオアシスこと、立ち食いそばチェーンは色々ありますが、
ここの蕎麦がなんだかんだで値段の割に結構美味しいと思います。(特に富士そばよりも)
麺の大盛りが+30円というのも魅力です。
もちろん、とろろ蕎麦があります。
唯一残念なところは、かき揚げなどの天ぷらが揚げたてではないので、
硬くて、不味いところでしょうか。

コスパ:★★★★
味   :★★★
居心地:★


【第4位】さくら水産

こちらは、関東では有名な激安居酒屋チェーン店です。
ランチが1コイン(500円)から食べれて、ご飯お代わり自由、玉子お代わり自由、
味噌汁もお代わり自由、海苔もお代わり自由とフリーダムだらけです。
唯一残念なところは、一番高額な刺身定食(650円)の刺身の安定感のある不味さ。
さば味噌定食や、日替わり定食は、500円なら許してやるかという【妥協感】が出ますが、
刺し身定食だけは、なんだか【残念感】が漂います。
ですが、玉子&ご飯食べ放題というの点を加味すると、大食いの人には超お勧めです。

コスパ:★★★★★
味   :★★
居心地:★★★


【第3位】丸亀製麺

こちらもCMで有名な、全国チェーン展開をしている讃岐うどん屋さんです。
某は○まるうどんよりも、麺も旨いし、メニューも多いと僕は思います。
そして、天ぷらもタイミングが良ければ揚げたてが食えます。
ここのお勧めは、超デカイかき揚げです。
温玉とろろそばと一緒に食べると至福の時間を味わうことができます。
唯一残念なところは、セルフなのに異常に混雑するところと、うどんは案外飽きるというところ。
あと糖質が気になる人は食べすぎ注意です。(結局、唯一になってないw)

コスパ:★★★★★
味   :★★★
居心地:★★★


【第2位】松屋

こちらも、巨大牛丼チェーン店の中で、メニュー豊富な店で有名ですよね。
牛丼、カレー、カレギュウ、トマトハンバーグ定食などなど、サイドメニューも
豊富で、味は商業的というか良くも悪くも普通なお店です。味噌汁が無料でつくのも○。
「牛丼つゆだく+生卵+とろろ」とか「ハッシュドビーフ+とろろ」など、
自分で食べ易いようにメニューをレゴのようにカスタマイズ出来る点が素晴らしいです。
牛丼本来の味としては、吉野家のほうが上ですが、メニューの多さではコチラに
軍配があがるかなと思いますね。
唯一残念なところは、最近カレーのルーがリニューアルされて辛さがUPしたところ。
以前は僕でもなんとか食べることが出来ましたが、いまは食べれそうにありません(白目)

コスパ:★★★★★
味   :★★★★
居心地:★★★


【第1位】大戸屋

咽頭癌経験者で非健常者である我々でも、一般の人と同じ和食を外食できるという、
数少ない和食専門の全国チェーン店です。日本人で良かったと思えるお店。
定食の種類の多さ、ご飯の種類や量、とろろや玉子、納豆などのサイドメニューの多さ。
そして、店員さんのおもてなしのサービス精神。どれをとっても素晴らしいお店です。
僕がよく食べるのは、「真だらと野菜の黒酢あん定食」「チキンかあさん煮定食」ですかね。
他の定食も、比較的食べ易いおかずの定食が多いかなと思います。
この店にいると、自分が咽頭癌の後遺症で悩んでいることを、少しだけ忘れることが出来ます。
唯一残念なところも、特に見当たりません。

コスパ:★★★★
味   :★★★★★
居心地:★★★★★



上記が、私の超個人的なランチするならこんな店ベスト5でした。
皆さんのお勧めの食べ易いランチがあったら教えて下さい(飲食店問わず!)



現場からは以上です。

久々に渋谷でDJやってきた話

2014年10月28日 | 音楽



先週末の土曜日に、渋谷のKOARAで、自分がオーガナイズしているパーティを
再開しました。

退院してから、約1年ぶり?の開催でした。
さすがに、これだけ間が空いてしまったので、当日はお客さんが来てくれるのか?と
不安ではありましたが、長く会っていなかった友達が沢山遊びに来てくれて、
10年ぶりの共演となる友達のプロシンガーMちゃんが、LIVEをやってくれたりして、
なんだかんだで満員御礼の大盛況でございました。

子連れのお客さん達も遊びに来てくれたり、嫁さんも途中から遊びに来てくれて、
色んな人に、結婚のお祝いの花束やプレゼントをもらっちゃいました(号泣)

それにしても、音楽のチカラというものは素晴らしいですね。
音楽さえあれば、年齢も性別も社会的立場も、軽く超えて皆が笑顔になれる。
普段の仕事の事なんか忘れて、酔っ払って皆で踊って!、笑って!、飛び跳ねて!

本当にDJを続けてて、本当に良かったなと実感する夜でした。


正直、DJをやることで、こんなに自分の世界が広がるとは思っていなかった。
入院してる時も、休職してる時も、医療関係で働いてる友達が色々と助けてくれた。
普通のリーマン生活だけじゃ知り合えない世界の人達と知り合うことが出来た。
やっぱり、自分の世界を広げる為には、自分から行動しなきゃダメなんだなと、改めて実感した。


皆さま、本当にありがとうございました!


次回は来年に開催できたらいいなと思っています。
また、みんなでバカ騒ぎしましょう!


元気があれば、何でも出来る!


 
                             from アントニオ猪木

会社の先輩が亡くなってしまった話

2014年10月24日 | 上咽頭癌


今日は朝から得意先へ直行して、打合せをして、
14時頃に会社に戻ったら、社内の掲示板に。。。





「標記につきまして、監査室Sさんが逝去されましたので、謹んでお知らせ致します」





は?




僕の中で、暫く時が止まってしまった。

先輩のSさんは、僕が新入社員で、駆け出しの営業のころに、
得意先との取引について、契約のやり方、経理規則などなどを親切に教えてくれた。
社会人としてのコンプライアンスとはなんぞやという事を叩き込んでくれた恩人であった。


そんな先輩が悪性リンパ腫を患ったのは約7年前。
1年半の治療に耐えて、頭の毛が真っ白な白髪になってしまったが、
見事に復帰をされて、非常に嬉しかった事を覚えています。


そんな先輩が、僕が社会復帰する時と同じ時期に、また再発をして入院をして治療を
していたのは知っていたのですが、今朝病院で息を引き取ったそうだ。


また、一緒に酒を飲みたかったのになぁ。。。(涙)


<願い>
 製薬会社の方々、早く癌を進行させない薬を開発して下さい。
 完治が難しいのなら、進行を止める薬で構わないのでお願いします。





今日は、、、泣きます。

再婚しましたって話

2014年10月21日 | その他・色々



【ご報告】
私事ではありますが、2014年10月20日(大安)に、
再婚をいたしました。

バツイチ、癌持ち、不細工、白目、貧乏人等々、、、、
凄まじい低スペック人間のワタシと、結婚を決意してくれた彼女には、
感謝を越えて、感動すら覚えています。


私の中の全米が泣いています。



というワケで、ワタシの人生のSeason2が幕を明けました。
あと、何年生きることができるのか?正直未来は分かりませんが、
人生に【if】という文字は無いので、前進あるのみで行きます。
皆様、今後とも宜しくお願いいたします。






                              敬 具