(2)妨害排除請求の可否に関する裁判例(民事)
○平成20年11月26日富山地裁判決(ダム排砂差し止め等請求事件)
<事案の概要>
某河川河口付近の沿岸海域において、漁業権および漁業行使権に基づく漁業(共同漁業権に基づく底刺し網漁、区画漁業権に基づくワカメの養殖等)を営み、または営んでいた原告らが、漁獲量が減少したのは被告(電力会社)が河川に設置したダムの排砂の実施により本件海域の魚類およびワカメの生育環境が悪化して魚類の減少及びワカメの不作を来したためであると主張して、①不法行為に基づく損害賠償の支払、および②漁業行使権に基づく妨害予防(排砂の差し止め)、妨害排除(ヘドロの除去)を請求した事案。
<争点>
1.排砂と原告らの損害の因果関係と被告の責任
2.(略)
3.(略)
4.排砂の差し止め等の必要性
<判決要旨>
(争点1について)
判決は、排砂と本海域における浅海域の泥質化との因果関係を認めつつも、ヒラメ、クルマエビ、ワタリガニ等の底刺し網漁の対象魚種については、排砂による特異的な漁獲量の減少が生じているとは認められないとした。一方、ワカメについては、排砂により浅海域に生じていた浮泥またはぬかるみ状の泥が海水の濁りとなり、ワカメの成長阻害やヨコエビ、ワレカラ類の付着等による品質低下を引き起こしたと認めた。
そのうえで、ダム完成後、長期間にわたり「ダム操作規定」に基づく排砂を実施していなかったなど、ダムの保存に瑕疵があり、被告はダム管理上の注意義務を怠ったものといえるから、これによりワカメ養殖に係る原告らの権利を侵害して被らせた損害について、被告は不法行為に基づく損害賠償責任を負うとした。
(争点4について)
判決は、原告らは漁業行使権を有し、この権利は物権的性格を有するものであるから、これに基づき妨害排除請求や妨害予防請求を求めることができるとしつつも、妨害排除請求としてのヘドロ除去については、現に残存している泥のうち排砂により堆積したヘドロを区別することは事実上不可能であり、また、妨害予防請求としての排砂差し止めについては、今後、流域への影響を低減させたうえで排砂を実施することも可能であることからすると、原告らが既にワカメ養殖を廃止していること等も考慮すれば、原告らの請求を認める必要性までは認められないとして、これらを棄却した。
○平成23年6月27日長崎地裁判決(排水門開門等請求事件)
<事案の概要>
漁業協同組合の組合員である原告らが、被告である国が、干拓地潮受堤防を設置したことにより湾奥の海洋部分を締め切り、これにより湾内およびその近傍の漁場環境を悪化させ、原告らが有する漁業を営む権利を侵害した等の主張をして、被告に対し、原告らの漁業被害を最低限度回復させるために排水門の開門操作を求めるとともに、被告が本件事業を実施したこと及び排水門を開門しないことが違法であるなどと主張し、損害賠償金の支払いを求めた事案。
<争点>
1.(略)
2.「漁業行使権」の物権性
3.(略)
4.本件事業が原告らの漁業行使権を違法に侵害したといえるか
5.開門の妨害排除または予防措置としての実効性
6.原告らの損害賠償請求の可否
<判決要旨>
(争点2について)
判決は「漁業法8条1項は、漁協の組合員であって、当該漁協がその有する共同漁業権ごとに制定する漁業権行使規則で規定する資格に該当する者は、当該漁協の有する漁業権の範囲内において漁業行使権を有する獅K定する。そして、この漁業行使権は、漁業権そのものではないが、単なる操業請求権にとどまらず、漁業権から派生する権利として、漁業権が物権とみなされるのと同様に(漁業法23条1項)、物権的性格を有し、第三者がその権利を侵害した場合には、漁業行使権を有する者は、その第三者に対し、妨害予防請求権や妨害排除請求権を行使することができるものと解するのが相当である」として、漁協組合員の妨害予防請求権および妨害排除請求権を認めた。
(争点4および5について)
判決はまず、原告らの開門請求を認容すべき違法性があるかどうかは、侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性を比較検討するほか、侵害行為の経過やその後に取られた防止措置の内容等の事情を総合的に考察して決すべきであるとし、また、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる高度の蓋然性を証明すれば足りると述べた。
そして、潮流や水質の変化、赤潮の発生状況、魚種別の漁獲量の変化等、提出された証拠を詳細に検討したうえで、以下のような判断を示して、原告らの開門請求を棄却した。
「湾内のコノシロ等の魚類の漁場環境が悪化したことは認められるものの、原告らの主たる漁業種であったタイラギやアサリの漁場環境の悪化が本件事業によるものとは認められないこと、原告らは湾内漁業補償契約を締結しており、これによる一定の漁業補償がなされているといえること、本件事業の公共性が低いとはいえないこと、本件事業により原告らが被った漁業被害が、湾内漁業補償契約に基づく漁業行使権の一部放棄および制限の範囲を超えるものであることを認めるに足る証拠がないことなど、本件の事情を総合すると、本件事業が原告らの法益を違法に侵害したとは認められない。」
(争点6について)
判決は、上記4及び5のとおり、排水門を開門しないことについては違法性がないから、これを理由とする損害賠償請求は認められないとしたうえで、漁業行使権の一部放棄をしていなかった一部の原告についてのみ、漁業被害による損害賠償請求を認めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
<解説>
(1)漁業行使権の物権性について
漁業権が物権とみなされることについては漁業法23条に定めがあるが、漁業協同組合の組合員が有する漁業行使権が同様に物権的性格を有するかどうかは条文上必ずしも明らかではない。
上記裁判例はいずれもこれを肯定し、漁業行使権を有する組合員の妨害排除請求権および妨害予防請求権を認めている。
(2)漁業権侵害の認定について
一方、漁業権侵害の認定については、いずれの裁判所も慎重な判断を示している。
上記富山地裁の事案では、排砂による海域の泥質化、さらに、ワカメの成長阻害・品質低下との因果関係については原告側の立証が成功したものの、ヒラメ、クルマエビ、ワタリガニ等の移動性の海産物についての主張は認められなかった。
また、上記長崎地裁の事案においても、本件事業とタイラギやアサリの不漁との因果関係が否定されている。
なお、上記長崎地裁判決に先立つ平成20年6月27日の佐賀地裁判決(開門請求訴訟)では、潮受け堤防の締め切りと漁場環境の変化の因果関係について高度の蓋然性をもって認めるのは困難であるとしたうえで、開門調査以外に観測データや科学的知見を得る手段は見出し難く、これ以上の立証を漁民原告らに求めるのは不可能を強いるものといわざるを得ず、被告がこれに協力しないのはもはや立証妨害と同視しうると言っても過言ではなく、訴訟上の信義則に反するとして立証責任を転換し、原告の開門請求を認めている。
最終的な結論は異なるものとなったが、漁業権ないし漁業行使権の侵害の立証の困難性を端的に指摘した点においては、上記裁判例の立場と変わるところはないというべきであろう。
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