突然のクロマグロ遊漁規制(全面禁止)のニュースに驚いたのは私だけではないと思います。
いったい何が起こっているのか。
この一週間自分なりに調べて、論点を整理してみました。
以下、長文になりますが、よろしければお付き合い下さい。
1.背景および経緯
まず背景として、クロマグロは平成30年に改正された漁業法に基づく資源管理制度の対象になっており、漁業者は、年度毎にあらかじめ割り当てられた漁獲枠を超えてクロマグロを獲ることはできません。
この漁獲枠は国際合意により日本に認められた漁獲総量を配分したものですが、この漁獲総量には遊漁による漁獲量も含まれます。
しかしながら、遊漁者は漁業法に基づく資源管理制度の直接の適用対象ではないため、遊漁による漁獲量見合いのバッファーとして、国際合意に基づく漁獲総量の一部を配分せず留保する運営が行われてきました。
本年6月、遊漁による漁獲量を把握するため、クロマグロを採捕した遊漁者に水産庁あて報告を求める運営がスタートしました。
すると、遊漁者による漁獲量がこれまでの想定を大きく上回り、このままではバッファーが足りなくなる可能性が高いことが判明。急遽対応が必要になりました。
以上が今回の措置に至った大まかな経緯です。
2.問題の所在
おおよその事情は分かりましたが、ここで幾つかの疑問が生じます。
(1)漁業者ではない遊漁者の行為を漁業関連法で規制できるのか
この点については、法令に根拠があれば可能です。
例をあげれば、漁業権を侵害する行為は、漁業法に基づき何人を問わず行ってはなりません。
また、漁業調整規則に基づく禁漁期間や体長制限なども、漁業者・遊漁者問わず適用されます。
クロマグロをはじめとする資源管理制度の対象魚種については、漁獲総量が漁獲可能量(漁獲枠)を超えるおそれがある場合、農林水産大臣ないし都道府県知事は、漁業法33条に基づき採捕の停止を命じることができます。
その対象者は漁業者に限定されないので、全体としての総量管理の目的は達成されます。
最終的にはこれがバックストップになります。
今回のケースでも、漁業法33条に基づく採捕一時停止を検討することは可能だったと思われますが、実際には漁業法121条に基づく委員会指示という(言葉を選ばず言えば)トリッキーな方法で、「遊漁者による採捕のみ」に制限をかけようとしました。
問題はここからです。
(2)漁獲総量が逼迫した責任は遊漁者にあるのか
この点は、明確にNOです。
今回の問題の本質的な原因は、資源管理制度の枠組みの中に遊漁による漁獲量をコントロール可能な形で組み込んでいなかったという制度の欠陥と、年度の漁獲量配分に際して遊漁による漁獲量を過少に見積もった運営上のミスが重なったことにあります。
必要な制度を構築しなかった不作為の責を負うべきは遊漁者ではなく、漁獲量の見積もりについても然りです。
にもかかわらず、今回の措置に関する水産庁のアナウンスの仕方は、あたかも遊漁者の行為が原因でわが国の資源管理に困難が生じているかのような誤った印象を、国民および遊漁者自身にも与えかねないものです。
水産庁が行うべきは、罰則をちらつかせて遊漁者を「恫喝」することではなく、このような状況に至った経緯と責任の所在を真摯に説明して、いま一度謙虚な姿勢で資源管理に対する遊漁者の理解と協力を求めることだと思います。
水産庁のツイッターが、いみじくも呟いています。
「都道府県や遊漁団体に対して協力要請をしてきたが歯止めが効かず・・・」
当たり前です。そんな他人任せのスタンスで、現場を動かせる筈がありません。
根本的なところから間違っています。
(3)遊漁者による採捕のみを制限する法的根拠は何か
今回の広域漁業調整委員会の指示(遊漁による採捕禁止)は、漁業者に割り当てた漁獲枠は維持しつつ、遊漁者の行為のみを制限しようとするものです。
クロマグロ漁は漁業権漁業ではなく、漁業者が遊漁者を排除して優先的に操業する権原は無いはずですが、いったいどのようなロジックを立てればこれを正当化できるのでしょうか。
(漁業権漁業であれば、物権的請求権行使としての妨害排除請求が可能ですが・・・)
わが国は法治国家ですから、法的根拠なく国民の権利が制限されることはないと信じたいのですが、残念ながら浅学ゆえ、私には皆目見当がつきません。
ちなみに、「漁業法121条があるからだ」という説明は循環論法になるので理由になりません。
(4)主として漁業関係者により構成される漁業調整委員会が、漁業者と遊漁者の利害対立が現に発生している事案について、遊漁者の権利を制限する指示を出すことが許されるのか
本件に関する一番の疑問はここです。
遊漁は国民が有する基本的な権利であり、これを制限するためには、公益上の相当の理由と法令上の根拠、適切なプロセスが必要です。
法令上の根拠は漁業法121条ということになっているようなので一応あるものとして、ポイントは、公益上の必要性と、それにより権利が制限される国民の負担を適切に評価して、公正な立場から充分に慎重な検討がなされたかということです。
言うまでもありませんが、特定の業界固有の利益は公益ではありません。
また本件においては、各委員の選出母体の業界の利益と、規制対象となる遊漁者およびその影響を受ける関連業界(遊漁船業界など)の利益が明らかに対立します。通常、このような利益相反関係に立つ委員は決議に参加しないことで公正性が担保されますが、本件ではどうだったのでしょうか。
折角オブザーバー(遊漁関係者)の意見を聞いても、利益相反関係にある当事者が決議に参加しては意味がありません。
それだと定数に足りず委員会が成立しないというのであれば、そもそも本件はこの委員会で取り扱うべき性質の事案ではなかったということです。
これらの点については、追って公表される委員会議事録を、過去分も含めて精査すれば明らかになるものと思われます。
その結果、万が一プロセス上の瑕疵があれば、委員会指示の有効性自体にも疑義が生じる可能性があります。
各委員、オブザーバーの発言のニュアンスも含めて、正確な議事録が公表されることを期待します。
(5)キープにとどまらずキャッチアンドリリースまで禁止する必要があるのか
この点も、素朴に疑問に思うところです。
国際合意の枠組みにおいて、リリース分はカウント外ではなかったでしょうか。
国民の権利を制限する規制は、真に必要な最小限度にとどめるのが原則です。
資源管理制度の運営において実害のない行為まで制限する過剰な規制は避けなければなりません。
3.漁業法121条に基づく「指示」について
水産庁のアナウンスでは、遊漁者が命令に従わない場合には罰則の適用があることが強調されていますが、実際に条文を見てみると、その前段階において、遊漁者の反論の機会が法律上保証されていることがわかります。
○121条
○121条4項で準用する120条各項
すなわち、農林水産大臣は、委員会指示に従うべき旨の命令を出す前に、15日以上の期間を設けて異議申述の催告を行い、対象者から異議の申出がない場合または異議の内容に理由が無い場合に限り、指示に従うべき旨の命令を発出します。
罰則を伴う義務が確定するのは命令が発出されたときです。
異議申述の機会があるといっても、単なる感情論の不平不満では「理由が無い」とされてしまうので、法的な根拠を示す必要があります。
これは事案によりケースバイケースですが、もしも私だったら、主意的主張として上記2.(4)の論点を中心に利益相反を含むプロセスの瑕疵を指摘し、指示全体の無効を主張した上で、予備的主張として上記2.(5)の論点を中心に過剰な規制であることを指摘し、指示の一部(キャッチアンドリリース禁止)の取消しを主張すると思います。
(農林水産大臣は、委員会指示の内容が妥当でないと認めたときは、121条4項で準用する120条4項に基づき、指示の全部または一部を取り消すことができます。)
本件に限らず、不合理だと思うことに対しては声を上げることが大切です。
先般、コロナ対策を飲食店に徹底させるために政府が取引金融機関を利用しようとして世論の猛反発に遭い、撤回した事件がありました。
役所も人間ですから時には間違えることもあり、それはやむを得ないことです。
その場合に、お上の言うことだからと諾々と従うのではなく、また一度決めたことだからと固執するのではなく、双方向のアクションにより機動的に修正することができるのが成熟した社会だと思います。
ちなみに水産庁のHPには、「指導に従わない遊漁者」イコール「悪質な違反者」であるかのような誤解を生じさせるおそれのある資料が掲示されています。
仮に委員会指示に基づく指導を受けたとしても、遊漁者には法律に基づく異議申述の権利が保証されています。
指導に従わないからといって悪質な違反者とは限らず、正当な主張をしているのかもしれません。
むしろ、この資料の記載振りの方が「悪質な印象操作」であるとの批判を受けかねないものであり、訂正した方がよいと思います。
アナウンスするのであれば、
①「命令」に従わない場合は罰則の適用があること
②「命令」発出前には異議申述期間が設けられるので、異議がある場合は理由を明らかにして期間内に申し出ること
の2点を正しく伝えるべきで、悪質云々といった価値判断は一切無用です。
4.提言
私自身、クロマグロ釣りに関心はありますが、まだ一度もトライしたことはなく、直接の当事者ではありません。
部外者が何を言うかと思われるかもしれませんが、部外者だからこそ冷静に、客観的に見ることができるという側面もあると思います。
以下、ひとりの釣り人としての提言です。
(1)遊漁を含む資源管理の枠組みを早急に整備
絶滅の危機が指摘されるクロマグロの資源管理が重要であることは論をまちません。
新漁業法に基づく資源管理制度は国際的な枠組みを踏まえた優れた仕組みであり、これを一層効果的に運用していくべきだと思います。
そのためには、漁業だけでなく遊漁も管理対象とする必要があります。
遊漁が規制されることに抵抗を覚える釣り人も一定程度いるでしょうが、幸い、クロマグロ釣りを楽しむ釣り人は、キャッチアンドリリースやバッグリミットなどのスポーツフィッシングのカルチャーに馴染んだ若い層が中心です。
クロマグロに限っては、スムーズに受け入れられるのではないかと思います。
今回、クロマグロの漁獲量管理において問題が発生したことは残念ですが、これを奇貨として、遊魚を含めたより実効性のある資源管理モデルを構築するための具体的な議論(遊漁者との対話を含む)を早急に開始してはいかがでしょうか。
持続可能な資源利用に向けて一歩前進する絶好のチャンスを得たとポジティブに捉えたいと思います。
(2)ライセンス制の検討
遊漁を管理対象とするにあたっては、ライセンス制の導入も検討すべきかと思います。
ライセンス取得には、キャッチアンドリリースの手順やクロマグロの資源状況を理解するための講習受講を条件とし、バッグリミットを管理するためのIDを付与します。
クロマグロ釣りを目的とする遊漁船の営業は登録制とし(キャッチアンドリリースの知識・技術を習得したスタッフが乗船することが条件)、遊漁者を乗船させる際にライセンスIDやバッグリミット空枠の有無を確認してもらうことにしたらどうでしょう。
今ならスマホアプリで簡単に実現できると思います。
組織化困難(ゆえに漁業調整も困難)といわれる遊漁者を組織化するキーになるかもしれません。
(3)公正で開かれた漁業調整
実はこれが一番重要だと思っています。
遊漁を新たに加えた漁業調整の公正性を担保するためには、現在の漁業調整委員会のメンバー構成ではどうしても無理が生じます。
国民の共有財産である海面と水産資源の利用の在り方について、国民目線からの開かれた議論を行い公正な意思決定を行うためには、意思決定機関の在り方についても再考が必要と考えます。
5.最後に
本稿は、8月20日に遊漁によるクロマグロ採捕禁止のニュースに接して以降、自分なりに問題意識を持ち考察した内容を整理したものです。
調査不足やまだまだ分析の甘い箇所も多々あろうかと思いますが、一個人の作業ゆえ御寛容頂ければ幸いです。
私は法律の専門家ではありませんので、本稿で述べた法律の解釈や適用関係、効果等の正確性を保証することはできません。実際の事案への当てはめについては、専門家へご相談ください。
本稿で述べた意見は私個人の意見であり、いかなる組織、団体等の意見をも代弁するものではありません。
また私は、本稿の題材とした事案に関して利害関係を有するいかなる組織、団体等にも属しておりません。
最後までお付き合い頂き、有難うございました。
以上
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