神足勝記を追って 2

皇室財政(戦前の宮内省財政・御料地・御料林など)を中心に、折々の経済・財政問題や身辺の出来事などを取り混ぜて書きます。

No.354(新No.9)めまい

2024-12-05 00:05:46 | ムシ

(1)ブログ回復の目途が立ちません。

(2)今朝、目が覚めた途端にめまいが起こり、終日、難儀しました。原因はきのうの疲労?。いえいえ、あれだけ歩いたのに、足の裏も、脛や腿も、どこもまったく平素と変わりません。疲労がないとはいえませんが、帰宅して1時間ほど仮眠したら回復しましたから、そうでもないのではないかと・・・。とすると、年のせい?あるいは、昨日の天使に頭がイカレテしまったのかも・・・。う~ん、わからない。

(3)もうろうとして作業にならないので、『月刊むし』の写真を眺めてました。すると、川瀬啓祐〔かわせけいすけ〕「チュウゴクアミガサハゴロモの採集記録」(No.644、2024年10月号59ー60㌻)という報告がありました。そこに、私が取った次の写真と同じものが載せられていました。

       

     2024年7月1日撮影              同10月13日撮影

 川瀬氏は、「茨城県日立市宮田町」で「25.Ⅵ.2034」に採集されたそうです。この原産は中国ですが、関東では2022年に神奈川県で、2023年に千葉県・東京都で目撃例の報告があるそうです。やはり温暖化が原因なのでしょうか。

(4)それから、上記『月刊むし』No.644,60㌻に、長田庸平〔おさだようへい〕氏が「茨城県つくば市でチュウゴクアミガサハゴロモの発生を確認」を報告して、「幼虫」の写真2枚を載せています。実は、我が家の庭でも、昨年あたりから、同様のものを何ヶ所か確認しています。白カビ状で小さいものですから、うまく撮影ができません。これについてはさらに挑戦すると同時に我が家での発生を注目したいと考えています。

(5)昆虫採集する人などのうち虫を専門にする人を「むし屋」とかいうようですが、この言い方でいえば、私は、ちょっと前は「はな屋」、このごろは「兼、むし屋」ということになりそうです。もちろん、本来の作業もまじめにやっていますよ。まあ比較的に・・・。

【コレクション 127 久米邦武歴史著作集】 久米邦武については、『米欧回覧実記』(全5冊、1977年9月、岩波文庫刊)の編者であることのほかには、「神道は祭典の古俗」という論文のために帝国大学教授のを休職させられたという筆禍事件で知られるくらい、というのが我々の代の通常の認識ではないでしょうか。下に載せた年譜によると、久米が帝大教授に就任するのは明治21年で、筆禍事件は25年です。私はこのパンフを手にしたときに久米の略歴や業績を知りました。その意味でも貴重なパンフです。

 先に、パンフについて書くことにします。大きさは、B5判6㌻です。B5判大3枚分の横長の用紙を、最初に左の3分の1を折り込み、次に右の3分の1を折り込むとできます。

 全体のうち1~4㌻は下に載せて、説明を略します。

 5㌻ 推薦文 家永三郎 東京教育大学名誉教授 日本近代史学黎明期の巨峰

        児玉幸多 学習院大学名誉教授 久米史学に触れる楽しみを

        小葉田 淳 日本学士院会員 久米邦武歴史著作集を推す

 6㌻ 編集委員 大久保利謙 大隈和雄 荻野三七彦 加瀬正一 佐伯有清 佐藤能丸 篠川賢

         田中彰 芳賀徹

    刊行案内 体裁:A5判 平均450㌻ 定価6500円 全6巻 別巻1冊

         1988年3月 吉川弘文館刊

         1㌻

       右下に説明文:「背景は久米邦武肖像(明治前半期)と『米欧回覧実記』の自筆原稿」

       2㌻

         3㌻

       3~4㌻

 以上です。

 今日はここまでです。

   

 これが幼虫になると、上に紹介した長田庸平氏の写真「チュウゴクアミガサハゴロモ」の幼虫になるらしいのですが、目下のところ観察中です。


No.352(新7)

2024-12-02 23:42:27 | ムシ

(1)ブログ回復のメドがまだたちません。

(2)昨日のヨツモンカメノコハムシの拡大の件、温暖化と関わりがあることがわかりましたから、今日いくらか検索をしてみました。その結果わかったのは、次のことです。

1.2018年 雛倉正人「東京都町田市でヨツモンカメノコハムシを採集」(『月刊むし』571号)

2.2020年5月29日 ブログ「東京昆虫館」 世田谷で観察

3.2020年7月7日 ブログ「美蝶鳥散歩」 高尾・湯殿川で観察

4.2021年9月10日 ブログ「チャンネルF+」 東村山市で観察

5.2021年 宮崎豊「埼玉県入間市におけるヨツモンカメノコハムシの2021年記録」(『月刊むし 620号)

6.2022年 藤多文雄「埼玉県さいたま市でヨツモンカメノハムシを採集」(『月刊むし626号)

 2022年8月14日 「東京の気候は沖縄化しつつあるのか? リュウキュウツヤハムグリもヨツモンカメノコハムシも大繁殖」(https://mushikisya.hatena.blog.com/entry/2022/08/14/170110)

  要するに、東京近在では、2018年頃(約6年前くらい)から関係者に認識されるようになってきたようです。それから、驚いたのは、最後のブログに揚げられている「リュウキュウツヤハムグリ」です。載せられた写真を見ていると、どうも我が家の庭にもいたように思えることです。これについてはまだ写真が見つかりませんから後日のこととしますが、思うに、人間は虫に比べると鈍いですね。

   

【コレクション 125 ドキュメント昭和】これはNHKが1986年に昭和の60年をまとめ報じたものです。パンフの大きさはB5判4㌻です。B4判の用紙を二つ折りにして出来ています。ブログの調子が良くないので、4㌻とも載せて説明などを略します。ゆっくりご覧ください。

        1㌻

        2㌻

        3㌻

       4㌻

 以上です。

 今日はここまでです。

    

 


No.351(新No.6)旧発見

2024-12-01 22:49:19 | ムシ

(1)まだブログ公開の目途が立ちません。しかし、とりあえず書いておきます。

(2)先日(No.332)、下の写真のムシを載せました。これは、ヨツモンカメノコハムシというそうですが、このムシが昭島市の我が家の庭で見つかったのも温暖化が遠因のようです。

    

 『月刊むし』(No.643, 2024年9月号)の、49~50㌻で茶木慧太〔ちゃぎ・けいた〕・水流尚樹〔つる・なおき〕の両氏が「長崎県対馬でヨツモンカメノコハムシを採集」のタイトルで採集を報告しています。その中で「本種は近年、日本国内での分布を広げており、サツマイモをはじめとしたヒルガオ科植物の害虫となるためその動向が注目されている」いい、その典拠として、重藤裕彬・末永晴雄・南雅之・渡部晃平「ヨツモンカメノコハムシの分布記録および日本国内、特に琉球列島における分布の現状」(2020年、ヨツザキグリーン財団研究報告(23),277-243)を挙げています。まだ研究途上なんですね。

 そう思いながら読み終えたところ、続いて佐藤翔輝〔さとうしょうき〕氏が「茨城県初記録となるヨツモンカメノコハムシを採集」のタイトルで、守谷市での最終を報告していました。そこには、成虫越冬をおこなうこと、「本来は沖縄より南の温暖な亜熱帯地域に生息する種類なのだが近年、分布域が拡大しており、・・・関東地方(神奈川県・東京都・埼玉県)の19都道府県で本種が記録されている。/採集した当地の近くには畑があるので、恐らく栽培するサツマイモの苗と一緒に何らかの状態で移入され野生種のヒルガオ科植物をホストとすることで定着したものと推測する」と書かれています。なお、食痕は円形なのが特徴だそうです。

 2論文に添付された写真は、上の写真とほぼ同一です。強いて言えば、上の写真の黒点の方がやや黒さが薄いかもしれません。

 

【コレクション 124 四季 日本の料理】おいしそうですが、こういうパンフレットを見ると「飯を食えない人にとっての料理本」という表現を思い出します。

 世の中には、こういう食事を日々に口にしている人もいるようですが、多くの国民の日常生活とは無縁?です。庶民も、ダイコンでも、イモでも、さかなでも、同じように食べていますが、ここにあるのは「飛び切り高級な〔料亭などの〕料理人の作品」です。これを庶民が作るとなると、そのための修行はともかく、時間が大変です。昔だと子育て中の専業主婦、今だと共働き世帯の男女どちらかが担当するわけですから、うまくいくでしょうか。核家族ですから、おばあちゃんもいません。

 「日本の料理」と唱えられているものは、おばあちゃんが作ってくれたイモの煮っころがしのような「庶民生活の中で培われてきた食事を形象化した芸術作品」です。最高水準のものです。これは、花瓶でいえば柿右衛門、ファッションアクセサリーのエルメス、ジュエリーのカルチェです。まねしない方がハッピーかも・・・。

 この大きさは、A4判6㌻です。A4判3枚分の横長の紙を最初に左から3分の1を折り込み、ついで右から3分の1を折り込むとできます。全体は、

1㌻ 上掲 2~5㌻は 表紙同様の写真と説明 内容紹介

6㌻ *下に載せました。5大特色 季節ごとの各巻の内容 体裁:A4判 定価:5800円 

   刊行案内:1983年3月刊 講談社

 以上です。

 今日はここまでです。