またまた年が明けてしまいました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、ようやく皆さまによいお知らせをお伝えできる運びとなりました。3年がかりで仕込んできたプロコフィエフ短編集の翻訳を、今年こそお披露目できそうです。詳細は未定ですが、決まりしだいこのブログで発表いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、ようやく皆さまによいお知らせをお伝えできる運びとなりました。3年がかりで仕込んできたプロコフィエフ短編集の翻訳を、今年こそお披露目できそうです。詳細は未定ですが、決まりしだいこのブログで発表いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ!
地元の東京都大田区大森周辺の文学を調べている者です。
よろしくお願いいたします。
貴ブログで、望翠楼ホテル(現、大田区山王3丁目にありました)に
プロコフィエフが宿泊したことを知り、感動しました。
大田区(特に馬込。「馬込文士村」といいます)は多くの作家が行き来したことで知られるようになってきましたが、
10日間ばかりとはいえ、かの大作曲家がいたとは!
さらに嬉しいことには、小説も書いていることです。
望翠楼ホテルでも筆をすすめたという『彷徨う塔』『許しがたい情熱』には特に興味があります。
日本語訳が楽しみです!
貴ブログで大田黒元雄なる人物がいたことも知りました。彼も(大田区)大森なのですね!
大田黒の『新洋楽夜話』なる本も読書課題にしています。
いろいろと素敵な情報をありがとうございます。
郷土文学をご研究とのこと。思いがけずいろいろな分野の方から反響をいただき、あらためてプロコフィエフ来日の意義に思いを至らせております。望翠楼ホテル跡地にはまだ行ったことがありませんが、大田区の「馬込文士村ガイドブック」で詳細を知りました。一度訪ねてみたいと思っているのですが、碑のようなものがあるのでしょうか?
大田黒元雄氏の当時(大正7年)の住所は
東京府下大森山王二五八〇番地
となっていますので、ホテルからも近そうですね。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
現在「クレスト山王ヒルズ」というマンションになっていまして、
残念ながら、碑のようなものはありません。
今の様子を写真に撮ってきましたので、後日、
望翠楼ホテルがあったころの戦前の地図とあわせてアップします。
しばらくお待ちください。
大田黒元雄氏の情報もありがとうございます。
現在の番地と照合してみます。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします!
ようやく望翠楼ホテル関係の情報をアップできました。
地図からリンクされている「望翠楼ホテルがあった頃の地図」は、
沼尻長治氏作成の火災保険地図(昭和13年発行)を一部複製したものです。
お手すきのおりにでも、ご覧ください。
http://designroomrune.com/magome/setumei/map-pro.html
ただなぜかエラーが出てしまい、まだ拝見できておりません。時間をおいてまたのぞいてみます。楽しみです!
ファイル名に半角スペースが入っていたので
取り除いてみました。
いかがでしょうか?
URLはこちらになります。
↓↓↓
http://designroomrune.com/magome/setumei/pro.html
よろしくお願いいたします。
4月以降、ロシア人研究者の方が一時帰国から戻られたら大森散策をしてみたいと思っていたので、地図が大変役立ちます。ありがとうございました!
「紹介&リンク」の件、恐れ多い気もしますが、うれしいです。
私の方でも、プロコフィエフの文学の紹介ページを作ったあかつきには(むろん、貴ブログでの訳文が頼りです。笑)、
リンクさせていただきたく思っております。
今後ともよろしくお願いいたします。
プロコフィエフは大森で、小説以外に音楽評も書いておりますが(7月25~26日)、これも後日とりあげたいと思っています。何かの参考になれば幸いです。