社会の鑑

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時効廃止法案の問題点

2010-04-22 13:40:00 | ノンジャンル
 4月14日、参議院は本会議を開催し、「時効廃止法案」の採決を行った。反対したのは共産党のみで、他の党はすべて賛成した。この議案は参議院先議であったので、直ちに衆議院に送られた。
 衆議院法務委員会は、4月16日と20日に審議を行っている。次回会議日は23日で、そこでは、参考人からの意見の聴取が行われる予定だそうだ。
 これほど問題の多い法案がなぜすんなりと通ってしまうのであろうか。国会議員やマスコミは危機感がないのであろうか。
 簡単にこの法案の問題点をまとめてみたので、考える素材としていただきたい。

時効廃止法案の問題点

1.時効誕生の背景
・復讐の禁止による国家刑罰権の確立
・復讐には、犯人捜索を個人で行わなければならないので、おのずと限界があり、その限界を超えた場合は、もはや犯人探しは不可能となり、復讐はできなくなる。その意味では、復讐には自然的時効があったことになる。
・復讐を禁止して誕生した国家刑罰権も、その行使については合理的範囲に限定した。それが時効である。
・実体法説や訴訟法説の説明は、20世紀以降に考えられた理由でしかない。

2.日本刑法の特徴
・抽象的な犯罪類型の採用
 謀殺と故殺の未分離-したがって、殺人罪についての公訴時効を廃止した場合、すべての殺人行為に及び、世界に例を見ない広い範囲のものが対象となる。
通常は、謀殺と故殺を分離し、死刑が科されている場合であっても、謀殺に限定され、故殺については、重くても、無期懲役である。死刑が廃止されているドイツでは、謀殺についてのみ終身刑が規定されている。

3.対象犯罪の選別
・容疑事実の確定
 殺人罪か傷害致死罪か-判断が重要となる。
客観的条件からの故意の推定がなされなければならない。
・例としての立教大学学生死亡事件
1996年4月11日午後11時30分頃、池袋駅の山手線外回り7・8番線ホームで当時立教大学学生であった男性(当時21歳)が男に顔を殴られ転倒した際、後頭部を強打し、5日後に収容先の病院で死亡した。当初、警視庁は傷害致死容疑で捜査したが、公訴時効直前の03年3月に殺人容疑に切り替え捜査を続けている。
この場合、罪名変更の客観的根拠は何か。
 通常では、「顔を殴る行為」については、傷害の故意しか認定されない。転倒し、後頭部を強打したことによる死亡により、致死の責任が発生すると考えるの普通であろう。にもかかわらず、このような罪名変更が捜査機関の主観で行われるならば、疑われた者の権利はどこに行くのであろうか。

3.2004年改正と今次改正
 2004年改正は、2005年1月に施行された。この改正では遡及適用は規定されず、この改正以降にも、殺人罪で公訴時効が完成した事件は存在する。つまり、1989年から1995年の間に発生した事件は、時効が完成した。もし、遡及適用していれば、公訴時効は25年となり、まだ完成していない。その当時、どのような議論がなされていたのであろうか。
 ちなみに、2005年から2008年までに時効が完成した事件数は、次のとおりである。
 2005年 44件、2006年 54件、2007年 58件、2008年 62件
 なぜ前回改正で遡及適用されなかった事件が、今回突然遡及適用され、今後の公訴提起が可能となるのかについての合理的説明が存在しない。
 それに対して、今回の改正では、その点をどのように考え、今回の結論に達したのか。

4.遡及的禁止の法理は、立法権だけではなく、国家権力そのものに対するものであり、司法権、行政権にも及ばなければならない。
・罪刑法定主義の考え方は、国家権力に対する不信から生まれたものであり、権力のすべてに及ぶものである。その大きな要素である遡及適用禁止の法理も、同様である。
・行為者は行為当時に存在した法規定に拘束されるものであり、国家も、行為当時の法規定に拘束されなければならない。もし新法の適用が許されるならば、それは、被告人に有利な場合に限定されなければならない。
・法制審における刑事法部会での議論として、訴訟法における新法適用主義が主張されているが、それは、公判以降の話であり、時効の問題ではない。