これが実態、「聞く力」は聞き流すだけ、「丁寧な説明」は同じ文言の繰り返し
>信教の自由を保障する観点から宗教法人の法人格を剥奪するという極めて重い対応である解散命令の請求については、判例も踏まえて慎重に判断する必要がある
>これからわかることはふたつ。ひとつは、岸田首相の認識が間違っていること。もうひとつは、統一教会を解散させる気がないことだ。ひょっとすると、統一教会からなんらかの圧力でもかかっているのかも知れない。そう勘繰られても仕方のないような内容だ。
>宗教法人法に基づく解散命令が出たところで、あくまで宗教法人としての解散であって、岸田首相がいうように法人格が剥奪されるだけのことだ。税制上の優遇などがなくなるだけで、任意の宗教団体としては解散の必要はない。法人として認証される以前の姿に戻るだけだ。そこでは自由に宗教活動が続けられる。信教の自由は保障される。
>相次ぐ民事訴訟で違法性が指摘されたことは言うに及ばず、2009年には不安を煽って印鑑を売りつけた、いわゆる「霊感商法」で統一教会の信者が刑事訴追され、有罪判決を受けている。それと同時に、教団の組織的関与がはじめて認められた。これをきっかけに教団が「コンプライアンス宣言」を行ったことは、昨今の記者会見で統一教会が強調しているところだ。
>教団のトップにまで司直の手が伸びていないとはいえ、この判例をもってしても「慎重に判断する必要がある」という岸田首相の真意がわからない。やる気がないのか、あるいは「信教の自由」をいいわけに、統一教会に気兼ねしているのか。岸田首相の国会答弁には根拠がない。
>かねてから「話を聞く」と「丁寧な説明」は岸田首相の基本姿勢であり、常套句として繰り返されてきた言葉だ。
>「話を聞く」のはいいが、そこから先はなにもしない。それでいて、「国葬」がそうであったように「反対」の声は聞けども、無視して強行する。
>「丁寧な説明」も、冒頭の答弁のように、同じ文言を丁寧に繰り返すだけ。それは、あとから統一教会との関係を指摘されて渋々認める山際大志郎経済再生担当大臣の任命責任を問われても、安倍晋三元首相と統一教会の関係の調査についても、同じ文脈を読み上げて、取り合わないことを表明しただけだった。
>「信教の自由を保障する観点から宗教法人の法人格を剥奪する」ことが躊躇われるのなら、「社会的に問題が指摘されている」ことを理由に、内閣や自民党が教団と断絶するとしたことの根拠はどこにあるのか。「社会的に問題が指摘されている」ことと「法令に違反して、著しく公共の福祉を害する」こととでは、どこに違いがあるのか。「社会的に問題」とは、「法令に違反」すること、「公共の福祉を害する」ことではないのか。
>宗教法人として存立していながら、政府や政治家が信者であることを理由に個人を遠ざける行為こそ、「信教の自由」を侵害する。「法令に違反して、著しく公共の福祉を害する」ことをしていないのなら、関係を断つ必要もない。
>「信教の自由を保障する観点」で宗教法人である統一教会を守りながら、他方で「法令に違反して、著しく公共の福祉を害する」ことになっていない宗教法人を、「社会的に問題が指摘されている」として遠ざけることにこそ、最大の齟齬がある。結果的に、社会的非難をかわしつつ統一教会を庇っていることになる。
>そのことに岸田首相は気付いていない。いや、気付いていていても意図的にそうしているだけかも知れない。それこそ最大の欺罔(きもう)だ。
>信教の自由を保障する観点から宗教法人の法人格を剥奪するという極めて重い対応である解散命令の請求については、判例も踏まえて慎重に判断する必要がある
>これからわかることはふたつ。ひとつは、岸田首相の認識が間違っていること。もうひとつは、統一教会を解散させる気がないことだ。ひょっとすると、統一教会からなんらかの圧力でもかかっているのかも知れない。そう勘繰られても仕方のないような内容だ。
>宗教法人法に基づく解散命令が出たところで、あくまで宗教法人としての解散であって、岸田首相がいうように法人格が剥奪されるだけのことだ。税制上の優遇などがなくなるだけで、任意の宗教団体としては解散の必要はない。法人として認証される以前の姿に戻るだけだ。そこでは自由に宗教活動が続けられる。信教の自由は保障される。
>相次ぐ民事訴訟で違法性が指摘されたことは言うに及ばず、2009年には不安を煽って印鑑を売りつけた、いわゆる「霊感商法」で統一教会の信者が刑事訴追され、有罪判決を受けている。それと同時に、教団の組織的関与がはじめて認められた。これをきっかけに教団が「コンプライアンス宣言」を行ったことは、昨今の記者会見で統一教会が強調しているところだ。
>教団のトップにまで司直の手が伸びていないとはいえ、この判例をもってしても「慎重に判断する必要がある」という岸田首相の真意がわからない。やる気がないのか、あるいは「信教の自由」をいいわけに、統一教会に気兼ねしているのか。岸田首相の国会答弁には根拠がない。
>かねてから「話を聞く」と「丁寧な説明」は岸田首相の基本姿勢であり、常套句として繰り返されてきた言葉だ。
>「話を聞く」のはいいが、そこから先はなにもしない。それでいて、「国葬」がそうであったように「反対」の声は聞けども、無視して強行する。
>「丁寧な説明」も、冒頭の答弁のように、同じ文言を丁寧に繰り返すだけ。それは、あとから統一教会との関係を指摘されて渋々認める山際大志郎経済再生担当大臣の任命責任を問われても、安倍晋三元首相と統一教会の関係の調査についても、同じ文脈を読み上げて、取り合わないことを表明しただけだった。
>「信教の自由を保障する観点から宗教法人の法人格を剥奪する」ことが躊躇われるのなら、「社会的に問題が指摘されている」ことを理由に、内閣や自民党が教団と断絶するとしたことの根拠はどこにあるのか。「社会的に問題が指摘されている」ことと「法令に違反して、著しく公共の福祉を害する」こととでは、どこに違いがあるのか。「社会的に問題」とは、「法令に違反」すること、「公共の福祉を害する」ことではないのか。
>宗教法人として存立していながら、政府や政治家が信者であることを理由に個人を遠ざける行為こそ、「信教の自由」を侵害する。「法令に違反して、著しく公共の福祉を害する」ことをしていないのなら、関係を断つ必要もない。
>「信教の自由を保障する観点」で宗教法人である統一教会を守りながら、他方で「法令に違反して、著しく公共の福祉を害する」ことになっていない宗教法人を、「社会的に問題が指摘されている」として遠ざけることにこそ、最大の齟齬がある。結果的に、社会的非難をかわしつつ統一教会を庇っていることになる。
>そのことに岸田首相は気付いていない。いや、気付いていていても意図的にそうしているだけかも知れない。それこそ最大の欺罔(きもう)だ。