夏は怪談だよね~とあらためて思いました。
私のショボイブログにおいても、怖い話の記事は人気があるみたいです。
今日は、海外で体験した怪談を・・・・。
怖い話が嫌いな方は、これにてアデュー
かれこれ20年くらい前の話。
その頃の私は、ベトナムを中心に仕事をしていました。
主な渡航目的は、文化交流イベントやベトナム政府への取材。
その中に、日本の医師が主催するベトナムの孤児の健康を守る
ボランティア活動の取材も含まれていました。
団長の医師はそれは立派な考えの方で、取材したいのならば
ボランティアに自費で参加してくれる学生たちと一緒のホテルに
泊まってくださいと言われた私は、
2☆☆あるいは・・・1☆???の
たいそうクラシカルなホテルに宿泊したわけです・・・。
学生たちは、2名1室でしたが、私は1人部屋。
2階フロアの全室が、医療ボランティアのメンバーに
あてがわれていました。
私が通された部屋はかなり広いのですが、窓がありません。
昼間でも照明は薄暗く、書類の整理をしようにも充分な灯りが
取れないために、ちょくちょくロビーに降りて仕事をしていました。
部屋にはバスタブはなくシャワールームのみ。
それは構いませんが、シャワーブースの狭さには閉口しました。
身体の方向をかえるのもやっとのシャワールーム。
2日目にはシャンプーだらけの状況で、
水がいっさいでないという経験もしました(笑)。
色々な不具合は致し方ないとしても、私が気になったのは
部屋に入った途端に誰もいないのに、誰かの視線を感じることです。
ベトナムは言わずと知れた悲しい歴史の残る国。
このホテルはベトナム戦争中に軍の司令官たちが宿泊していたとも
聞いてしまったので、そんな前情報が悪戯して、見えない視線を
感じるのだと、自分に言い聞かせました。
最初の夜、やはり応接の椅子に誰かが座っている様な気がして
なりません。
もう、怖くて怖くて、お守りと数珠を握りしめて眠りました。
翌日、学生たちは何事もなかった様子で、朝の食事をしています。
やはり、私だけが思い込みで恐怖を味わっているんだなと反省し
朝食を食べていると。
1人の女子大生が、「昨夜眠れましたか?」と聞いてきました。
私が、臆病者だからなんだか一人じゃ眠れなくて・・・と
話すと、私たち二人でも怖かったので、よくお一人で眠れるなと
話していたんですと言うのです。
聞けば、学生リーダーの部屋でミーティングをした帰りに
誰かに足を掴まれて廊下で転んだとか・・・
すると、他の女子大生も、昨夜はうなされて夜中に高熱を出したけど
朝になったら、熱は下がっていた。
でも高熱で魘されている間、色々な嫌なものを見たと言うのです。
私が、部屋に入ると誰かが居る気配がして、視線を感じると話すと
私たちはそれはないけど、時々鏡に誰かが通るのが見えると言います。
いずれにしても、誰もが何かを感じている様子。
仕事として参加している社会人の中には、
翌日から別のホテルに移動する人も出ましたが、
私は、学生たちが気の毒でそれは出来ませんでした。
2日目の夜、誰かが私の部屋のドアを叩きます。
そっと覗き窓から見ると、ボランティアの女子大生が2人立っています。
「どうしたの?」とドアをあけると・・・・
「怖くて眠れないんです」と言います。
それでも、翌日も診療ボランティアはあるので、ともかく眠るように
私の命綱でもあるお守りを貸しました。
さあ、困った。
私に残されたのは、数珠のみ。
ぎゅっと握りしめて、念仏を唱えながらなんとか一夜を過ごしました。
今晩一晩我慢すれば明日は帰れると自分に言い聞かせた夜の事。
シャワーを浴びていると、シャワーカーテンの隙間から何かが見えます。
人の足?と思い、部屋の鍵をかけ忘れたのかとドキリとしました。
お金なら盗まれても構いませんが、パスポートだけはと思い
急いでバスタオルだけ身体に巻きつけて、外に出ました。
・・・・・・誰もいません。
お金もパスポートも何も取られていない・・・・・
もう、この日は一睡もできず、朝が来るのをひたすら待ちました。
翌朝、どの学生もボランティアの疲れもあるのか、ひどく顔色が
悪かったのを覚えています。
どうやら、男子学生たちもそれなりに怖い思いをしていたらしく
医師の部屋へ打ちあわせに行った帰りに、毎日自室に簡単に戻れていたのに
途中で迷子になって、真っ暗な宴会場のようなところに行ってしまって
怖かったとか・・・
隣の部屋がうるさいから、文句を言いに言ったら寝ていたとか・・・
色々な恐怖体験が飛び交っています。
おかげで、迎えのバスに乗り込んだ途端、空港に到着するまで
全員がイビキをかいて寝てしまいました。
そう、医師団の団長に何か怖い思いをされましたか?と聞いたところ
そうだね~と笑ってごまかされました。
もしかしたら、彼もまた怖い体験をしていたのかもしれません。
私のショボイブログにおいても、怖い話の記事は人気があるみたいです。
今日は、海外で体験した怪談を・・・・。
怖い話が嫌いな方は、これにてアデュー
かれこれ20年くらい前の話。
その頃の私は、ベトナムを中心に仕事をしていました。
主な渡航目的は、文化交流イベントやベトナム政府への取材。
その中に、日本の医師が主催するベトナムの孤児の健康を守る
ボランティア活動の取材も含まれていました。
団長の医師はそれは立派な考えの方で、取材したいのならば
ボランティアに自費で参加してくれる学生たちと一緒のホテルに
泊まってくださいと言われた私は、
2☆☆あるいは・・・1☆???の
たいそうクラシカルなホテルに宿泊したわけです・・・。
学生たちは、2名1室でしたが、私は1人部屋。
2階フロアの全室が、医療ボランティアのメンバーに
あてがわれていました。
私が通された部屋はかなり広いのですが、窓がありません。
昼間でも照明は薄暗く、書類の整理をしようにも充分な灯りが
取れないために、ちょくちょくロビーに降りて仕事をしていました。
部屋にはバスタブはなくシャワールームのみ。
それは構いませんが、シャワーブースの狭さには閉口しました。
身体の方向をかえるのもやっとのシャワールーム。
2日目にはシャンプーだらけの状況で、
水がいっさいでないという経験もしました(笑)。
色々な不具合は致し方ないとしても、私が気になったのは
部屋に入った途端に誰もいないのに、誰かの視線を感じることです。
ベトナムは言わずと知れた悲しい歴史の残る国。
このホテルはベトナム戦争中に軍の司令官たちが宿泊していたとも
聞いてしまったので、そんな前情報が悪戯して、見えない視線を
感じるのだと、自分に言い聞かせました。
最初の夜、やはり応接の椅子に誰かが座っている様な気がして
なりません。
もう、怖くて怖くて、お守りと数珠を握りしめて眠りました。
翌日、学生たちは何事もなかった様子で、朝の食事をしています。
やはり、私だけが思い込みで恐怖を味わっているんだなと反省し
朝食を食べていると。
1人の女子大生が、「昨夜眠れましたか?」と聞いてきました。
私が、臆病者だからなんだか一人じゃ眠れなくて・・・と
話すと、私たち二人でも怖かったので、よくお一人で眠れるなと
話していたんですと言うのです。
聞けば、学生リーダーの部屋でミーティングをした帰りに
誰かに足を掴まれて廊下で転んだとか・・・
すると、他の女子大生も、昨夜はうなされて夜中に高熱を出したけど
朝になったら、熱は下がっていた。
でも高熱で魘されている間、色々な嫌なものを見たと言うのです。
私が、部屋に入ると誰かが居る気配がして、視線を感じると話すと
私たちはそれはないけど、時々鏡に誰かが通るのが見えると言います。
いずれにしても、誰もが何かを感じている様子。
仕事として参加している社会人の中には、
翌日から別のホテルに移動する人も出ましたが、
私は、学生たちが気の毒でそれは出来ませんでした。
2日目の夜、誰かが私の部屋のドアを叩きます。
そっと覗き窓から見ると、ボランティアの女子大生が2人立っています。
「どうしたの?」とドアをあけると・・・・
「怖くて眠れないんです」と言います。
それでも、翌日も診療ボランティアはあるので、ともかく眠るように
私の命綱でもあるお守りを貸しました。
さあ、困った。
私に残されたのは、数珠のみ。
ぎゅっと握りしめて、念仏を唱えながらなんとか一夜を過ごしました。
今晩一晩我慢すれば明日は帰れると自分に言い聞かせた夜の事。
シャワーを浴びていると、シャワーカーテンの隙間から何かが見えます。
人の足?と思い、部屋の鍵をかけ忘れたのかとドキリとしました。
お金なら盗まれても構いませんが、パスポートだけはと思い
急いでバスタオルだけ身体に巻きつけて、外に出ました。
・・・・・・誰もいません。
お金もパスポートも何も取られていない・・・・・
もう、この日は一睡もできず、朝が来るのをひたすら待ちました。
翌朝、どの学生もボランティアの疲れもあるのか、ひどく顔色が
悪かったのを覚えています。
どうやら、男子学生たちもそれなりに怖い思いをしていたらしく
医師の部屋へ打ちあわせに行った帰りに、毎日自室に簡単に戻れていたのに
途中で迷子になって、真っ暗な宴会場のようなところに行ってしまって
怖かったとか・・・
隣の部屋がうるさいから、文句を言いに言ったら寝ていたとか・・・
色々な恐怖体験が飛び交っています。
おかげで、迎えのバスに乗り込んだ途端、空港に到着するまで
全員がイビキをかいて寝てしまいました。
そう、医師団の団長に何か怖い思いをされましたか?と聞いたところ
そうだね~と笑ってごまかされました。
もしかしたら、彼もまた怖い体験をしていたのかもしれません。