ヤンディーズ

現在闘病中で「病んでいる」ボーカル&ギタリスト、「太郎」の独り言

悲哀のラッシャー木村 新日本時代

2022年05月16日 | プロレス
ジミー鈴木に「泣き言言っているおじさんは放っておいて」と言われている
癌手術からリハビリ中のキラーカーン。
良くなって戻ってきて欲しいですチャンネル。
チャンネルで出てくるのは新日本、長州、猪木、坂口、新間への
批判と自分のアメリカ時代の自慢が交差するのでコメント欄は一時期
相当荒れてしまってましたな。

そのカーンが昔を懐かしみ思い出の選手を語るシリーズ。
ラッシャー木村の話が出てきました。
プロレスファンの方々にはラッシャー木村の人柄は良く知られていると思います。
「言わない、言わないラッシャー木村」と言われた程で
温厚、思いやり深い(鶴見五郎やマイティ井上弁)
木村が健在時、キラーカーンのお店に来店した時
ふと「私も良い様に使われました」と発した事が有ると。
(グラン浜田も言っていたそうな)

国際プロレスのエース、金網デスマッチの鬼。
ストロング小林が新日本に抜かれてから
井上を経てインディー状態になってしまった国際を
タフな体でB級ながらラフファイトな選手と金網で闘いまくり
著名な評論家達は「木村だから持った」と評してました。
流智美著の「東京12チャンネルの国際プロレス」を早く記事にしたいのですが
中々重厚な内容でもう一度読み直してからですな。

その「良い様に使われた」木村達、国際はぐれ狼軍。
徹底的ヒールにされ、見ていた私もエキサイト。
国際プロレスの看板だった木村や浜口、寺西は
カッコ良さでは全く劣る新日本勢と雰囲気が違い
新日本アレルギーがあり全日本に行った選手や
引退した選手も居る元国際プロレス勢の中、3人で新日本に上がり
伝説の「こんばんは」マイク事件。
私、タイガーvsソラール、ハンセンvsアンドレの伝説の
田園コロシアム大会はTVで見ていたのですが
「こんばんは」事件は全く気づかず、全日本所属時
漫画「はじめの一歩」で知った位なんです。日本のプロレス史で
衝撃事件?として記録されているこんばんはマイク事件。

しかし、平均20%視聴率を記録する大人気プロレス中継番組と
なった(ワールドプロレスリング)のは、当時の新日本カラーに
全く合わない国際の3人が上がり
第1戦目の猪木vsラッシャー木村戦から視聴率爆上がりしたそうですね。

猪木と木村、国際の悲哀のプロレスは下の動画で
完結に上手く纏められております。

ラッシャー木村「こんばんは」事件 ① 昭和プロレス事件簿.12


何処へ行っても帰れコール。しかしチケットはバカ売れ。
憎たらしいと思っても流石に子供心に気の毒に思った
猪木vs国際はぐれ狼軍の1vs3、屈辱のハンディーキャップマッチ。
しかも猪木は3人全員から勝ち、国際は1人でも猪木を負かせたら勝ちという
ルール迄、国際を愚弄したルール。
浜口は長州と合体し寺西も維新軍入りした後の
木村のポジションは悲惨な事に。仮にも国際プロレスの元エース。
BNアレンと組んだりしていましたが
全部「仕事」とヒールに徹した誠実な木村の仕事。
給料は奥さんがビックリする程、国際時代とは桁が違う金額になるも
ファンの嫌がらせと新日本から与えられた仕事は相当なモノで。「哀愁」ですね。
アメリカで起きていた「アジアンヘイト」で苦い苦労をした選手も
多いと思いますが、(黒人ヘイトはチト置いておいて)
母国日本で心底憎まれ嫌われ役を演じ
最初的には義理とは云え合わないUWF行き。

馬場全日本で安住の地となりますが
そのポジションに立つまでも長い道のり。
新日本では猪木の強さだけ光らせ、木村達は卑怯者状態という
猪木、新日本が描いたアングル。木村との一戦目はホントに猪木がキレた様ですが、
国際が見れなかった私にとって木村のベストマッチは
馬場と組み、ハンセン、ブロディー組、天龍、ハンセン組のタッグマッチでした。

チト長くなりそうなので今回はコレで一区切り。
木村や国際に関しては、多角的に書いて行きたいと思います。

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4 コメント

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R・木村エレジー… (凸椪)
2022-05-17 20:16:30
昔、日本プロレスからアメリカ遠征に出された芳の里は、同行した馬場やM鈴木に比べて大した戦績もなく凱旋帰国とは程遠い結果となって俗に「芳の里エレジー」と自嘲気味に呼んでいたそうな。その(元日本プロ代表の)芳の里がTV解説を務めた国際プロレス中継末期の会場に入った時には、いつもフルハウスの新日の半分以下の客入りには唖然とした覚えがあります。間もなく解散した国プロから新日に乗り込んだ木村・浜口・寺西が登場した旧(蔵前)国技館大会を何度か足を運んだことがありますが、彼らに対して聞くに堪えない辛辣な罵詈雑言が投げ掛けられていたのには同情に似た気持ちとなりました。先着していたS小林や剛竜馬と語らって「新国際軍団」として新日内の“窓際”を固めていた姿から、レスラーとして生き延びるための悲哀(エレジー)のようなものを感じました。
R・木村の最後の所属団体ノアに上がっていた頃に、一般雑誌のインタビュー記事で、当時、井之頭沿線の自宅に飼っていた猫がエサの時刻になると、近所のノラ猫も集まって来て仲良く食べるエピソードを読んで、「金網の鬼」と呼ばれた彼の真の人柄が偲ばれました(S・ホワイトとの金デスも観ましたが、大流血戦を演じながらも迫力と盛り上がりに欠けていて…)。まだ木村政雄の本名でリングに上がっていた頃には、打たれ強くパワフルでありながら、あまり“華がなかった”のは、彼の地味な性格によるものかと思いますが、二番手以下でもトップを支える実力者(ポリスマン)としての立ち位置が適任だったのではないかと感じます。もっとも国際には彼以外にトップに君臨する人材はいなかったし、逆に新日では猪木を支える実力者は溢れていたから、全盛期は過ぎてしまっていても全日時代がもっとも恵まれたレスラー生活を過ごしていたのかと思います。
有名な「こんばんわ事件」はテレビで視ていました。正直、“殴り込み”にしては場違いな印象をうけましたが…(笑)!
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凸樫さん (太郎)
2022-05-17 23:26:26
そういえばこの動画チャンネルにも吉の里の事を題材にしている回がありました。
先日ラジオに小鹿が出てましたが日プロクーデター事件の上田の密告現場のスナックに居たので
その話をしていました。上田の後、馬場を呼び出しだと。
セーラホワイトとの試合リングサイドにM鈴木、解説に吉の里が居るのが
色んな運命の巡り合わせというか。猪木vs大木金太郎の時、猪木と揉めた人間が勢揃いしていた事とか。
ガチンコに強いビルロビンソンとセーラホワイトが喧嘩をしたそうですが
M井上が「ロビンソンやゴッチが幾ら強いと言っても簡単に決められ無い、上には上が
沢山居ますよ。セーラホワイトがロビンソンをビール瓶で殴ってそれでオシマイですよ」
と、いう赤裸々な話をしていたのが面白かったです。
木村はホント動物がトコトン懐く様で。国際焼津大会で買い興行の親分の家に挨拶行った時
凶暴なドーベルマンをすぐ懐かせたと。それと国際はぐれ狼軍時、ファンの嫌がらせで
円形脱毛症になった飼い犬は米村天心から託された犬だったと。
全日本時、先輩馬場が何か事を終える迄、遠慮してずっと待っていたそうな。
馬場曰く、それが人間として良いがトッププロレスラーとして足りない所なんだよなぁ、と
語っていたそうな。新日本、全日本は両巨塔を始め華の有る大型新人が居ましたが
小林脱退後、井上か木村どちらをエースにしようか?吉原社長は悩んだそうですね。
プロレスが上手い井上は気が強く、穏やかな木村をエースにした事。井上はそれで良かったと。
新日本参戦時、あの温厚な木村が「正三だけは目ん玉くり抜いてやる!」と
激怒したそうですしオールスター戦のシングル戦も感情が先走り大凡戦をしてしまいましたが
上手くやれたのかしら?剛はUWFや全日本で一緒でしたが、仕事と割り切っていたのでしょうね。
豊登の命で東京プロレスへ木村を誘った北沢幹之氏は遠回りさせてしまい
本当に申し訳ない事をしたと語っていました。日プロに居ればもっと早く良い思いを出来たと。
新日本vs国際狼軍の時は国際軍を憎々しく思っていましたがあれだけ短時間で
ヒールになってしまった事、国際軍が子供達への魅力を感じさせなかった事‥
コレ3人共、カッコいいヴィジュアルだったらもう少し違う展開だったかもです。
後々、あの3人が本当に気の毒だったと思えます。
全日本の国際血盟軍の時、子供の私達が近寄れる距離に居たのに誰も近づく気持ちすら起きなかった‥
正義の味方、国際エースから、ある意味堕ちてしまった木村のイメージ。
まさか問題?のマイクでマイクの達人?になるとは思いませんでした。
今のプロレスはマイク合戦が必須ですが、木村に勝るマイクは中々出て来ないかもです。
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Unknown (Home In My Shoes)
2022-06-09 22:47:31
やっぱですねぇ(*´ω`*)、男の哀愁・国際軍団ですよ。リングで食うためには汚れ役も3対1マッチもやってみせましょう。誰にでもできることではありません、しかも狂信的猪木ファンに支えられていた当時の新日で。

だから私は広島大会で国際軍団に声援を送っていたのですが、新日ファンから「誰や!国際応援しよるんは!」などと険悪な空気の中でラッシャーたちに気持ちを寄り添った次第です(*´ω`*)。

相撲出身でレスリングは不得手に見えたラッシャー。体も固そうで、新日には向いていなかったかなぁ。外人相手の方がいい試合に見えましたっけ。

全日時代、特に馬場のパートナー時代は牧歌的でよかったですね(*´ω`*)。人柄の良さも素直に出せて。唯一の凄惨な試合はタッグリーグ戦での天龍・ハンセン組との死闘。入場前から馬場・木村を分断させて徹底的に2対1で交互に痛めつけての残虐ファイト。あれはさすが当時の全日ならではでした(*´ω`*)。

ラッシャー、サポートが似合う人でしたか。一時期猪木本人が言っていた「年末のタッグリーグ戦で俺のパートナーに木村はどうかな」、実現していればなぁ(*´ω`*)。
返信する
Home In My Shoesさん (太郎)
2022-06-10 00:10:21
少なくとも、関西では新日本派、全日本派と構想が有ったみたいですね。
私はプロレス語れる人間が居なかったのでどっちも楽しみましたが。
しかし、そこに絡めない国際‥新間氏も猪木vs小林が決まる前、国際を下に見過ぎ
それは国際を馬鹿にしあまりに失礼な考えだったとラジオで語ってましたね。
ホント、ヴィジュアル的にも子供にとって何の魅力も感じなかった3人。
(若松はレフリーとして新日本に行ったそうですが。吉原氏に忠実ですね)
本当に憎らしい役を国際はぐれ狼軍は演じましたね。
TVの入らない地域(恐らく関西も)では
国際の知名度も低かった事ですし。
新日本に上がった大仁田、川田。新日本ファンは狂信的な所有りましたね。
大仁田はファンにも喧嘩売るつもりで包丁を足に巻き付けてリングに上がりましたが
川田は、三沢と闘った同じ東京ドームで、色んなモノを投げつけられたと語ってました。
新日本では、本当に真のヒール状態扱いでしたね。タイガージェットシンと
同列に扱っても良いのでは無いかなぁ?とも。
あんな屈辱的な1vs3を仕事と受け入れた男の哀愁。
レスリングスタイルは国際と新日本は違いますが、爆発的にチケット売れたのは
やはり木村達が新日本に貢献したのでしょうね。
ただ、アンドレ、ハンセン、ブッチャー達に胸が踊るのに国際には
当時、何だか気持ちが盛り上がらなかったのですよねぇ。子供の私には。
今、色んな情報が手に入るから分かる現実を見ると、リアルヒール猪木とリアルベビーの木村
プロレスってつくづく人生に似ていますねぇ。
その実態をもし知っていたら、会場の声援と罵声は全く入れ替わるでしょうね。
馬場の木村の登場方法は面白かったですが、人員過多になり過ぎて
尻すぼみ感有りましたが、馬場との抗争はメインイベントを取ったのですしね。
他の国際血盟軍の様に整理解雇されず、本当に良かったと思います。
やはり木村はタフだったのですよね。ハンセン、ブロディ、天龍の猛攻撃を耐え
普段、天龍軍を応援するのに目一杯、木村を応援しましたし会場ボルテージMAXでしたね。
完全な分断作戦の成功でしたし、アレは滅茶苦茶感情移入せざるを得ない試合でしたね。
そういえば、猪木がタッグパートナーに木村を考えていた事、実現していたら
間違い無く面白い話題でしたね。ただ、新日本の人使いを思うと、
仕事人の木村は良いように使い捨てされていたかも、とも思います。
ただ木村が全日本中継の「プロレスニュース」の常連になる日が来るとは
思いもしませんでした。
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