たかきの独りごとパートⅡ

近況報告(感謝・感動・感心をテーマとし、今年度は家庭菜園が中心予定です。尚、不定期更新とさせていただきます。)

◎死について考える

2013-02-09 07:57:37 | 報道・ニュース
☆富士山ライブカメラ(忍野八海カメラ) 今朝8:40

★3連休最初の土曜日の今朝は、昨日に続き冷え込んでいる。雲は多いが時々陽が射す時も有る。早朝の気温は0℃で、昨夜は殆んど雪は降らなかった様である。昨夜早く寝たので、今朝は4時前頃に目が覚める。
従って、ラジオ深夜便4時台の〔明日へのことば〕を聴いた。今日は「平穏に最期を迎えるために」と題して医師の長尾和宏先生が出演された。
長尾クリニックの特徴は、年中無休の外来診療体制と通院が困難な方には、住み慣れた自宅での在宅医療を提供する「在宅療養支援診療所」の機能が有る事。
お話を聴き末期治療には、痛みや苦しみが伴う。よって、延命治療は避けた方が良いとの話だった様に思う。誰しもピンピンコロリは願う所で有るが、本人や家族の了解が必要である。誰にも何時かは訪れる「死」余り触れたくない問題でもあるが、近い将来には考えて置きたい。
そこで、長尾クリニックについて調べえ見る。
・基本理念
 当院は、年中無休の複数診療体制で迅速な診断・治療と、外来診療から在宅医療まで途切れのない本来あるべき総合診療を目指しています。予防医療から人生の最期まで、その人らしい生活を支援する「地域に根ざした、信頼されるかかりつけ医」を目指します
・長尾氏の講演内容を抜粋する形でお伝えする。
私は今、尼崎市で在宅医をしています。これまでに約500人を看取ってきました。勤務医の頃にも1500人ぐらいを看取りましたが、その頃にはただ病院で死を待っている状態の患者さんがたくさんおられて、何かおかしいなと感じてきました。そして今自分が見ている在宅看取りと病院の看取りは、明らかに違うと感じています。

ちょっとこの例を見てみてください。よくあるケースです。腰部脊柱管狭窄症を患い、2年前から自宅で寝たきりの98歳の女性。本人も家族も在宅看取りを希望。食べる量が減って、むせることが増えてきました。ある日、誤嚥性肺炎で発熱、状況を分かっていないケアマネが在宅医に相談せず救急車を呼びました。入院先でさらに呼吸状態が悪化したので、病院の担当医は「延命」を理由に、人工呼吸器を装着させ、胃ろうを造設しました。家族は自宅に連れて帰りたいので病院に往診依頼をしましたが、病院側は「在宅で診ることは難しい」と、退院を許可しません。本来は自然な老衰による在宅死を望んでいたのに、呼吸器や胃ろうを使って老衰に逆らう状態で延命することになります。亡くなる場所は病院です。どう思いますか? それにこういう場合、私に「病院に往診してほしい」という依頼がありますが、そういうわけにはいかないので困ります。この例では、ケアマネの救急搬送が運命の分かれ道だったわけです。

尊厳死、自然死、平穏死という似た三つの言葉があります。平穏死はや自然死は、がんや認知症の終末期をイメージした言葉と考えてもらっていいです。尊厳死は例えば脳卒中、交通事故などで意識が戻らなくなった遷延性意識障害(重度の昏睡状態)の終末期を服ももっと広い概念になります。大体は同じ意味だと考えてもらっていいと思います。

『口から食べられなくなったらどうしますか 「平穏死」のすすめ』を書かれた外科医の石飛幸三先生が尼崎で講演をされました。その時に「国民の8割は胃ろうを望まない。しかし現実では8割が胃ろうを造られてしまう」と話されました。どうしてこういうことになるのでしょうか。これからは高齢社会です。老衰も増え、必ず食べられなくなるのをどう考えるのでしょうか。これまで、国民、医療界、誰も真剣に死や老衰に関わろうとしないで来たという事です。政治家も尊厳死を法制化ができずにきたのは、議論が難しいからではなく、メリットがないからです。票にならないし、誰も褒めてくれません。死が目前に迫っていても誰も直視せず責任回避し、とりあえず「胃ろうを」となります。その結果胃ろうが選択されて、現在40万人が胃ろうを入れています。

僕自身、「延命」には3つあると思っています。まず「栄養」、これは胃ろうやIVH(中心静脈栄養)、そして「人工透析」。先日25年間透析を拒否している患者さんを紹介されました、25年も拒否なんて、結局要らないじゃないかと思いますが。そして「呼吸」で人工呼吸器です。


平穏死の条件は10個あると、独断と偏見で述べたいと思います。
1、平穏死できない現実を知ろう!
2、骨折をシミュレーションしよう! 転倒、入院による認知症
3、多額の年金を残さないこと
4、平穏視させてくれる施設を選ぶ
5、往診してくれる在宅医を探せ!
6、24時間ルールを誤解するな!
7、救急車を呼ぶ意味を考えよう!
8、死ぬ前に葬儀屋さんと勇気を出して話してみよう!
9、「がん」も「非がん」も、脱水は友
10、すべての病気に緩和医療を!

尚10個の平穏死の条件については、後日詳しく触れて見たいと思っています。

詳しくは、ロハス・メデカル:「ニュース~医療の今がわかる」を!
http://lohasmedical.jp/

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・楽をしようとするほど、辛くなる

 人を幸せにしようとするほど、楽しくなる

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ー「今日は何の日」ー
・ふく(河豚)の日(山口県下関ふく連盟1980)・福の日・服の日(全国服飾学校協会など1991)
▲ドストエフスキー死去。59歳(1881)
▲東京中央放送局(現在のNHK)日・英間で初のラジオ国際中継に成功(1930)
▲井上日召の血盟団員が前蔵相井上準之助を射殺(1932)
▲日本プロ野球初試合開催、東京巨人対名古屋金鯱/10:3で金鯱の勝ち(1936)
☆今日の「誕生日の花と花言葉」(NHKのラジオ深夜便4時台放)
・カンボケ(バラ科)
・熱情

「きょうの一句」

・寒木瓜(かんぼけ)を 花より朱(あか)き 卓に置く  水原秋櫻子(しゅうおうし)

☆~心に響く366の寸言~
【【宗教・道徳・学問の目的】】
 古来宗教・道徳・学問は
 なんのために人間に存して来たか、養われて来たか。
 みなこれ真実の自己を徹見し、
 これを陶冶(とうや)するために他ならないので、
 今後の文明が若し救われる運命にありとすれば、
 われわれ人類が若しその破滅を免れる運命に恵まれておるとすれば、
 この偏し過ぎた科学・技術の文明に、
 更に精神的・道徳的文明を相応させることである、
 ということはこれは疑いのないところであります。

今日の言葉~「安岡正篤 (やすおか まさひろ)一日一言」より(致知出版社刊)
☆2013年 2月 9日(土): 松下幸之助[一日一話]
 【一歩一歩の尊さ】
 仕事はいくらでもある。あれも作りたい、これもこしらえたい、こんなものがあれば便利だ、あんなものもできるだろう、と次から次へと考える。そのためには人が欲しい、資金が欲しいと願うことには際限がないが、一歩一歩進むよりほかに到達する道があろうか。それは絶対にない。やはり、一歩一歩のつながり以外に道はない。坦々たる大道を一歩一歩歩んでゆけばそれでよい。策略も政略も何もいらない。一を二とし、二を三として一歩一歩進んでゆけばついには彼岸に到達するだろう。欲しいと願う人も一人増え、また一人増えてついには万と数えられよう。一歩一歩の尊さをしみじみ味わわねばならぬ。
タイトル:「たかきの独りごとパートⅡ」はブログ開設から 1295日
           http://blog.goo.ne.jp/takaki_1947
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※プロフィールの画像は、2012/10/08ー8:32ー(摩周湖・神秘の湖にて)今回も運良く、湖を観る事が出来た。

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