時のつれづれ(北多摩の爺さん)

下り坂を歩き始めたら
上り坂では見えなかったものが見えてきた。
焦らず、慌てず、少し我儘に人生は後半戦が面白い。

ふるさとの話しをしよう

2024年11月28日 | 時のつれづれ・霜月 

多摩爺の「時のつれづれ(霜月の46)」
ふるさとの話しをしよう

3年前に両親(義父母)が相次いで他界し、
空き家になってしまった女房の実家に、久しぶりに帰ってきた。

ご近所の農家さんに、実家の管理と田んぼを預け・・・ お米を作ってもらっていて、
一定の数量と余分に安価で分けていただいていることから、毎年この時期になると、
お礼を兼ねて、私たち夫婦か、義妹夫婦か、義弟夫婦のいずれかが帰郷することにしているので、
昨年は帰れなかったが、今秋は実家の母のご機嫌伺いもあったので、義妹夫婦とともに帰ってきた。

ご近所さんにお願いして、週イチで風を通してもらっているが・・・ まずは大掃除である。
女性陣が掃除機をかける間に、男性陣は家の周りに蜂が巣を作ってないか、恐る恐る確認に回り、
その後は、押し入れから布団や毛布を引っ張り出して、縁側に広げて虫干しを済ませると、
15~6キロ先のスーパーまで、晩メシの買い出しだから・・・ 汗を掻くぐらい、マジで忙しい。

「秋の日はつるべ落とし」とはいうものの、
ひと息をつく余裕すらなく、あっという間に夕方になってるんだから、
ゆっくりと流れる農村の時間に合わせて、心身を癒やすつもりだったのに、
どうやら、当てが外れてしまったようである。

もう一つ、難儀なことは、風呂を焚く薪が湿気ていたことだろう。
よって実家にいる間は、近所の俵山温泉の公衆浴場に行かねばならず、これはこれで痛い出費だが、
ちょっとぬるっとした、アルカリの単純泉は・・・ 肌に優しく超好みなので、
俵山温泉でのひとっ風呂は、帰郷の楽しみであるとともに、個人的には贅沢の一つにもなっている。

長門市の山間部にある俵山温泉は、長期滞在の湯治場の風情が今尚残る、昭和レトロな温泉街で、
車がすれ違えない狭い小径に・・・ 昔ながらの温泉旅館が軒を連ねているが、
旅館に内湯がないことから、宿泊客は二軒ある外湯(町の湯、白猿の湯)に通わねばならず、
昔風の湯治場スタイルが、レトロツウのハートをくすぐる、知る人ぞ知るツウ好みの温泉でもある。

ふだん訪れるお客さんが、そんなに多いとは思えないが、
歩いて10分ぐらいのところに、ラグビー専用のグラウンド(ヤマネスタジアム)があることから、
学生が長期休みとなる春と夏には、県の内外から合宿にやってくることもあって、
そのときの外湯は・・・ 芋の子を洗うような賑わいになるらしい。

外湯のメインとなる「白猿の湯」の入湯料は850円だから・・・ ちょっとお高めだが、
もう一つの「町の湯」は580円とリーズナブルな価格設定になっていて、
お湯には大差がないことから、私たちはいつも「町の湯」で汗を流すことにしている。

ただロッカーに鍵をかけるのには、別途20円が必要で、
利用後に20円が戻ってこないことから、実質的な入湯料は600円となるので、
馴染みの利用者は、貴重品を持ってくることなく、備え付けの籐の籠を利用されている。

入湯前の空には、明るさがまだ少しあったが、入湯後の温泉街は既に夜の帳(とばり)の中にあった。
メイン通りを歩いて駐車場に向かう道すがら、空に目を向ければ宵の明星(金星)が輝いていた。
「わっ、一番星だ。」なんて、女房が童心に戻って可愛いことを言うもんだから、
なんだか得した気分になって、思わずニコッと笑ってしまった。

なお、「町の湯」を出たところには、残念ながら先日亡くなられた火野正平さんが、
数年前に「こころ旅」で、俵山温泉を訪れた際、
目指していた「こころの風景(温泉街の石段)」が目の前にあって、
「そうそう、あれここだよね。」と指さしながら、昭和の風情に感情移入することも可能だ。

街灯に照らされた薄暗い小径を歩きながら、温もった体を穏やかに冷ましていたら
義妹が突然・・・ 思い出話をし始めてきた。

「ねえちゃん、私たちこんな暗い道を、部活したあと毎日歩いて帰ってたんだよね。」と義妹
「そうそう、こんな暗い道、あのときはそれが当たり前で、なんとも思わなかったけど、
 いま思えばホントに暗くて、寂しくて、怖い道だったよね。」と女房(67歳)
「でもさぁ、農家の娘を誘拐したって、お金がないので心配なかったけどね。」と義妹(65歳)
「だよね。ホントにそうだよ。」と女房
ここで、「なんちゅう、しょうもない話しとんや?」と、笑いながら義妹の夫(69歳)が割り込む。
どうでも会話だけど・・・ これもまた「こころの風景」だよねと話す私(70歳)

爺さんと婆さんの、そんな会話が終ったころ、計ったように駐車場に着き、帰宅の途についたが、
幼いころに暮らしていた、故郷での出来事は、記憶の引き出しに大事に整理整頓されていて、
なにかを切っ掛けにして、突如として蘇る忘れ得ぬ思い出でもあり、
爺さんになろうが、婆さんになろうが・・・ 幾つになっても、けっして色褪せることはないようだ。

そうそう、なんだかメチャメチャ昭和すぎて恐縮だが、
浪速のモーツアルトが作曲し、北原謙二さんが歌った「ふるさとの話しをしよう」って歌が、
まさにそれかもって思ったので・・・ 最後に歌詞を記させていただき、〆としたい。

ふるさとの話しをしよう 
← ユーチューブにリンクを貼ったので、クリックしてみてください。

 作詞 伊野上のぼる  
 作曲 キダ・タロー(浪速のモーツアルト)
 歌  北原謙二

 砂山に さわぐ潮風 カツオ船 入る浜辺の 夕焼けが 海を彩る
 君の知らない ぼくのふるさと ふるさとの話しをしよう

 鳴る花火 ならぶ夜店に 縁日の まちのともしび 下町の 夜が匂うよ
 きみが生まれた きみのふるさと ふるさとの話しをしよう

 いまごろは 丘の畑に 桃の実が 赤くなるころ 遠い日の 夢の数々
 ぼくは知りたい きみのふるさと ふるさとの話しをしよう

女房が生まれ育った山口県長門市、この町の山間部に位置する「俵山温泉」では、
いまどき珍しい、内湯を持たない温泉で、下駄を鳴らして外湯に通う、湯治スタイルを頑なに貫く、
昔ながらの温泉旅館が軒を連ね・・・ 夜のとばりのなか、静かに歴史を灯を未来へ繋いでいる。


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