〇 ChatGPTをめぐる狂騒は、おそらく多くの関係者の予想も上回るほどの大きさになってきている。
関連記事も出続けており、話題性や関心度の高さがうかがえる。技術の素晴らしさは疑いようがないが、多くの人はその回答を見て関心を持ったはずだ。でたらめまたはウソの回答であるという指摘が多数出ているのは間違いないが、回答の見事さに驚く人が続出しているのも事実である。
さて、このChatGPTに関する記事のひとつとして、読売新聞が『チャットGPTを国会で活用、「憲法の視点から問題が多いので議論を」…山本龍彦・慶応大教授』(2023年4月22日付)という記事を出した。この記事に専門家として登場した慶應義塾大学教授の山本龍彦氏は、ギリシャ神話でプロメテウスが人間に火を与えたことと同じように、人間がChatGPTと意見交換しながら物事を決めるようになるかもしれないと指摘。国会の答弁でChatGPTが使われることで、「AIが立法権を実質的に握ることになりかねない」との懸念を示している。
ここまでは普通に読み進めたのだが、「AIに判断を委ねることは、いわば神の言葉に従うようなもので、中世の時代に引き戻されてしまう」という説明には違和感が残った。「神の言葉」という表現は、ChatGPTの実態と照らし合わせると読み手の誤解を招きかねないという点で気になったのだ。一方で、膨大な学習量と流ちょうな言語表現力によってChatGPTが出す答えを神回答と評している人も出始めている。ChatGPTの出す答えはすごいと思うが、神の言葉とか神回答というべきものかについてはいちど検証してみる必要があると思った。
突然回答の精度が見違えるほど高まったという話もあるが。
このことを考えるなかでまず頭をよぎったのは、日経サイエンス2023年5月号の「ChatGPTの頭の中をのぞき見る」という記事である。
この記事のなかで、東京大学大学院博士課程3年で文書生成モデルを研究している小島武氏が、ChatGPTが吐き出す情報の精度を見違えるほど高める「呪文」があると話している。それは「Let's think step by step(一歩ずつ考えよう)」である。
小島氏がこの言葉を、ChatGPT向けに提示する回答の書き出しに追加するだけで、数学の正答率が大幅に上がったという。記事によると数学の文章題の正答率が、言葉なしの場合の17.7%から、78.7%に跳ね上がったとのことだ。
ただしこの記事は呪文という言葉を使っている一方で、小島氏は成績アップの直接的な要因はこの文章がAIの「思考の連鎖」をうまく促したからだと考えているという説明もある。
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回答は次の文章を予測して返す仕組みで実現している。
この日経サイエンスの記事では、ChatGPTのエンジンとなっている大規模言語モデル「GPT(Generative Pre-trained Transformer)」について専門家が「日本語の文章を何か入力すると、その次に来る文章を予測して返す。これをひたすら繰り返す」という仕組みになっていると説明している。
例えば「今日は雨が降ったのでスーパーマーケットまでクルマで行こう」という言葉をGPTが学習すると、「雨」という語の後に「クルマ」が続きやすい、といったことを学習する。同様に、「晴れ」たので「徒歩で」という内容も学ぶのだろう。
前提となるのが、GPTが情報収集の第1段階で得ている、ネット上に存在する膨大な学習情報である。企業のWebサイト、Wikipedia、ブログなどももちろん含まれている。「ただひたすら次の単語を予測するという作業を繰り返すことで、結果的に正解に至っている」というのが、単純化すればGPTのすべてとも言えるという。
茨城大学教授の新納浩幸氏はGPTについて、「実は高性能なパターン認識をこなしているだけ」と説明している。GPTが実施しているのは、あくまでも大量のデータから特徴や規則性を探すパターン認識でしかないということである。
一通りの学習を終えたGPTの次の実用段階として、チャットボットによる顧客サポートをするといったケースが考えられる。通信事業者のサポートサービスで「Wi-Fiが切れるのですがどうすればよいでしょうか」といった質問が来た際に、「ルーターの障害、電波干渉、距離や障害物が原因でしょう」などと回答するのは、学習済みデータの関連情報を参照すればたやすいと想像できる。
ChatGPTには、情報をデジタル化して学習すれば数百年分の情報を獲得できるという側面がある。この点と、ここまで紹介した解説を踏まえて考えると神の言葉や神回答というよりは「学習好きで長年の蓄積があり、説明がとても上手なおじいちゃん、おばあちゃんの教え」といった表現の方が、適切かもしれないと思った。
ChatGPTは、それ自身の研究の最前線でも非常に面白い局面を迎えており、学術面でも目が離せない話題であると感じている。
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