結婚していろいろな事にぶつかりながら夫婦の価値観を歩みよる事をしているという話でした
そうは言っても
最近では、「男と女の性」とか「男女平等」とか、「女性の働き方改革」とか…世の中に新たな提議が出されています
百年、何百年といったこの国の概念が続く中で
人類の常識でも国によるもの社会によるものの擦り込みが
個人や家庭や社会の場に定着しています
こんな概念の擦り込みって言うのは一部分から改革しようとしても中々上手い事いきません
だから何百年もかかっているんですね
だから社会全体に何かが起きて全員で一斉に考える宇宙の課題も出てくるんですね
それが天災や今で言うコロナだったりするんですが、全て人間の意識が起こしている事と地球自体の意識が起こしている事
ちょっと話を戻しますが
夫婦の価値観を縮めようとする時に社会の状況も影響してくるんですよね
人生生まれて全ての 『個人の魂が自由になる』 という大きなミッションがあるんですね
なので、本来それぞれが認め合うという事をしていくんですが
この 『3次元での自由を得る』 という事と勘違いするんです
自分さえ良ければとか、「自分だけ」という事にシフトする
そこも大事だけど物質次元の自分にシフトしても本質の自分にシフトしていけなければ遠回り
結婚してもお金の為に女も働くとか、自分の存在価値の為に女も男も働くとか、そのためには「子は鎹」の部分にも気づけないし
それぞれ個人が自分為にとなると、夫婦の意味にも結婚の意味にも親子の意味にも気づけない
エゴがそんな環境を作ってしまうんです
そんなエゴの場ではそれぞれの歩みどころか、
気づきと学びの歩幅も揃わないし、広がりさえ見せる事もある
そんな時にすれ違いや思いのズレが起こる
そのズレすらも受け入れるには結構な修行となりそうで、そうしているうちに自分の事すらも忘れそうになる
自分を大切にする事は忘れてはいけない、時に毅然とした態度で自分をも律する事をするのは必要です
こんな繰り返しなのかな…
私も長い夫婦生活の中で頑張ってこんな事考えてやって来てはいるけど
そんなある時に、主人の考えがポロって出た時があって…
それは、ずっと分かっていた事だったけど、言葉で聞いたら驚きで!
「お前は上から目線はあかんけど、俺は良いんや!」とか、自分の非を打ち消すために思い付きで交換条件を提示しながら声を荒げる(まあ言葉悪いけど) (^^;)
口あんぐり開いたままびっくり!
でもこういう人男の人に多くいる
プライド高くて、頑固で、非を認めるの苦手で、自分以外の意見を認めなくてって!
最近知ったけど、DV加害者にも多いらしいけど
家族には怒って良い、養っているから特権があっても当然、相手が自分を怒らせるから暴力を起こす…こんな人らしい
その相手にしか強さを見せつける事できないんでしょうね
まあこれも自己承認欲求ですね
長い間夫婦やっていても両方同じぐらい心開いて、毅然と度胸も見せつけるぐらい自分にも自信つけないとこんな事になったりするんでしょう
神様は全てにおいて平等で
対等であることも知る必要があると教えてくれている
夫婦ならそれも可能なのかも…身も心も委ねられるなら
そして夫婦もそうなるために歩幅を合わせる必要もある
お互いが自分を知り、認め、自信を持つ、そうしながら歩幅を合わせる
ですね (^.^)
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