般若心経を会得して二十年を経た。
私は「四国巡礼」を三回「日本百観音」を一回、ババロカルマロ・「照深坊」と名乗れとどこからか聞こえて来たのでそうするようにしてる。
この「たれる」という字は当時のコンピュウタの世界には存在しなかった、般若心経をホームページで紹介しようとしたときにこれが原因で
ページを作れないと言う問題が生じたわけだ。
そこで、私はbmpファイルで編集してこの「たれる」を作り、bmpファイルだけでページを作り般若心経を公開した。
当時映像でしか実現していなかったので、私が日本で最初だと思う。
そして、般若心経の意味が巷で流布されている意味と全く違うものだと悟った。
伝えられるべき「本来」は世の中に吸い込まれ荒らされかき消されてゆく、「災い」は社会のすぐ隣に居る。
「般若心経」と一緒に生きよう。
風邪で死んでる時じゃない。