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『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』あらすじ・感想!第172回直木賞候補作

『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』あらすじ・ネタバレ感想。
新藩主はとんだ放蕩者だった。
秋田の小藩から25万石の大藩(30万両もの巨額借財あり)徳島藩に養子入りした佐竹岩五郎。蜂須賀重喜として阿波の藩主になるも「政に興味なし」と遊び呆け……。
木下昌輝さんの【第172回直木賞候補作】です。

秘色の契り

阿波宝暦明和の変 顛末譚
『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』ネタバレ感想 tataraworks
■読み:ひそくのちぎり あわほうれきめいわのへん てんまつたん
■著者:木下昌輝
■装画:禅之助
■装幀:岡本歌織(next door design)
■発行:株式会社德閒書店
■発売日:2024年11月1日



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『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』あらすじ・ネタバレ感想




『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』あらすじ

蜂須賀家九代藩主が急な病で帰らぬ人となります。
藩主急逝の知らせに物頭以上の家臣で衆議の場を持つことになりました。
衆議の場で発言できるのは四千石以上の家格を持つ五家老のみ。
後継がいなければお家断絶という危機なのに家老たちは養子になる人物の家格と持参金の額ばかり話しています。
下の間で家老たちのやりとりを聞いていた物頭の 柏木忠兵衛かしわぎちゅうべえ は、彼らのあまりののんきさに身分もわきまえず物申します。


家老仕置かろうしおき 】の徳島藩の借財は三十万両。
忠兵衛は【 藩主直仕置はんしゅじきしおき 】断行を主張します。
当然ながら忠兵衛は家老たちの怒りを買います。
しかし、なぜか家老の 稲田植久いなだたねひさ は忠兵衛の案を否定しませんでした。
その代わり忠兵衛に、早駕籠を使って江戸へ行き、これという御仁をひとり見つけてこいと命じます。


大坂行きの船で忠兵衛は、顔の半分に火傷の痕がある商人と出会います。
唐國屋の金蔵と名乗った商人は、藍作人相手にえげつない商売をしているようでした。
藍作人たちは大坂商人から借財をしており、それがゆえに商人達は藍を買い叩いていました。
金蔵は忠兵衛相手におどけた口調ながら自らの正しさを主張するのでした。


江戸に着いた忠兵衛が紹介されたのは、佐竹家の分家 新田藩しんでんはん 二万石の四男です。
名は 佐竹岩五郎さたけいわごろう 、当年十七歳。
秋田二十万石の藩主の弟で好学の士と聞いていましたが、会ってみるとそのなりはまるで町人のよう。
おまけに「政には興味なし」と言ってのけ……。



『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』ネタバレ感想

タイトルの読み方が難しいですね。
「ひそくのちぎり あわほうれきめいわのへん てんまつたん」
と読みます。
「ひいろ」じゃありませんよ。
秘色とは48ほどある藍色のひとつで薄い色をしています。

秘色の藍は、空の色を抜き取ったようで夜目には光るような艶がある。
(65ページから引用)
秘色に染めた品を共と共有すれば、互いの願いが叶う。
(65ページから引用)

タイトルが『秘色の契り』となっているのは秘色に特別な意味があるからなのですね。
大切な約束を交わした時など、互いに秘色に染まった手ぬぐいなどを交換したり、1つのものを2つに裂いて互いが持つようにしたりするようです。
所謂願がけですね。


順養子として阿波の殿様になった佐竹岩五郎あらため 蜂須賀重喜はちすかしげよし 
順養子とは一代限りの養子で次の代は本家の血を引く男児が継承するか、男がいなければ正室として本家の女性を迎え入れ生まれた子が跡継ぎになるという決まりです。
ところが、重喜はその決まりを破って蜂須賀家とは無縁の姫を娶ります。
当然、蜂須賀家を乗っ取るつもりかと家臣達から反発されます。
『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』には書かれていませんが、実は重喜はたいへんな子だくさんでした。
16男14女。
蜂須賀家が重喜を含め3代続けて順養子をもらったことを思うと万全ですね。


徳島藩では、五代藩主が政を家老に丸投げして以来、【 家老仕置かろうしおき 】となり藩主は飾り物になりました。
30万両もの借財を抱えながら、家老が否と言えば物事は進みません。
旧態依然として破滅の道を辿っているように見える現状を 柏木忠兵衛かしわぎちゅうべえ はじめ徳島藩の若い家臣達は何とか変えたいと思っています。
忠兵衛たちが重喜に望むのは【 藩主直仕置はんしゅじきしおき 】でした。
つまり、大臣が政治を行うのを辞めさせて国王に政治をしてもらおうと言うわけです。
ところが、重喜は政に興味なしと言い放ち毎日遊び呆ける始末。
そんな放蕩者にやる気を出させて改革を進めるために忠兵衛たち改革派の家臣は知恵を絞り奔走します。


明君かどうかは分かりませんが、重喜は暗君ではないでしょう。
むしろ頭が良すぎたのではないでしょうか。
ひとりだけ優れていても周囲がついて行けません。
しかも、当時は古いものを守ることこそが正しく新しく法やら制度やら作ることはあってはならないこと
場合によっては主君押し込めと言って、家臣たちが徒党を組んで主君の立場を奪ってしまうのです。
隠居することに納得できなければ殺されてしまうこともあります。


三十万両も借金があったら質素倹約は当然のことでしょう。
改革派は藩主直仕置にして速やかに財政改革を進めたいのですが、この改革派ですら一枚岩ではありません。
重喜は身分制度も代々継ぐというより能力によって格を決めようとします。
いくつもある家格を一塁、二塁、三塁にまとめようとしたため家臣たちから大きな反発が湧き上がります。
重喜に言わせれば、三塁の制は100年早いのではなく徳島藩の者が100年遅れているだけ。
実際、三塁の制は素晴らしいのですが、それがお家騒動に発展してしまうことになります。


先を見ていた重喜は「政に興味なし」と言ってもともと政治に関わらないようにしていました。
主君押し込めが頭にあったからです。
それを説き伏せて【藩主直仕置】を実行しようとした改革派が重喜が三塁の制を進めようとした途端、こいつはヤバいぜと反旗を翻すのは納得いきません。
そんな勝手な…と思いました。
それじゃあ家老達と同じですが、重喜は何だかんだ言って藩主の子として育ってきていますから人の心が分からなかったのかもしれません。


重喜の評判を落とす『阿淡夢物語』なる小説は実際にあったのか調べたところ、ありました。
また、吉川英治さんの『鳴門秘帖』は、重喜が「幕府転覆の黒幕である」という作品です。
重喜は蜂須賀家の血縁の人間を藩主にしないようにしたため、悪者として描かれたのかもしれません。
重喜が蜂須賀家一族に家督を継がせなかったのは『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』では別の理由があげられています。


人間五十年の昔、短い人生で随分と濃密に生きていたのだなあと思います。
10代と言えば少年少女ですが現代のこども達とは違いいっぱしの大人です。
下々の者であっても、背負わされているもの背負っているものに対する責任感が違います。
新しいことは認められない世の中はとても不自由で理不尽だと思います。
その状態でも“懸命に生きる”ことができたのは幸せであったと思います。
現代の日本人は“諦め”が過ぎると思います。

☆。・:*:☆。・:*:☆。・:*:☆。

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