雑感録

カツの薄いカツ丼

 私みたいな庶民にはお昼のごちそう格であるカツ丼。
 だいたい親子丼なんかよりは100円ぐらいは高いので、注文するにはちょっとだけ勇気がいる。
 そうやって意を決してしたカツ丼のカツが、まとめ揚げして冷えたカツを煮込んで温めたようなものだとガッカリだ。
 衣が玉子に絡んでペロンと肉から剥がれた日には目も当てられない。
 揚げたてのカリッとした感触が残っていてこそ、贅沢した気分に浸れるというものだ。
 最近は「煮込みカツ」なんて本末転倒なメニューもあるが、まあ、この場合はハナっから注文しなきゃいいだけの話。

 ところで、私の場合、さらにカツは薄い方がいいという思いがある。
 カツは分厚い方がいいに決まってるという人が大半だとは思うが、私のこの好みは、少年期の体験に基づいている。

 子どもの頃、ウチではほとんど外食というものをしたことがなかったのだが、まれに休日の買い物で繁華街に連れて行かれたときに、とある食堂で食べたていたカツ丼のカツが極薄だった。
 薄いが故か、カリッと揚がったカツに少し甘めのタレが染みて、噛むと衣の間からじゅわっと豚の脂が染み出してきて、たまらなく旨かったという記憶が頭に焼き付いている。

 その昔、肉が贅沢品だった頃は、肉を瓶で叩いて薄く延ばしていたという話を聞いたことがあるが、薄いカツもその類いのものだったのかもしれない。
 そもそも“カツ丼”というからには、タレがとりもつカツと玉子とごはんのハーモニーを味わうべきで、カツが分厚いとカツとごはんを別々に食べねばならず、それでは“カツ丼”ではなく“カツと玉子丼”になってしまうではないか。
 悲しいかな、件のカツ丼の店は、自分の稼ぎでカツ丼を食べられるようになった頃にはすでになくなっていた。
 以来、いろんな店のカツ丼を食べてみたが、いまだ“カツの薄いカツ丼”には出会っていない。

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