つらつら日暮らし

弘法大師の遺誡に見る戒学について

しっかりとした先行研究もある分野なので、この記事はあくまでも当方の学び、という感じである。そこで、近年は偽撰という扱いになっているようだが、弘法大師空海が弘仁四年仲夏之月晦日(813年5月晦日)に示されたという『同大師重誡』という文献がある。その中には、戒学に関する説示が見られるので、見ておきたい。

 諸の弟子等に語るに、凡そ出家修道の本は、仏果を期す。更に輪王・梵家を要せざれ。況や人間の少少の果報をや。
 心を遠渉に発すことは、足るに非ざれば能わず。仏道に趣向することは、戒に非しては、寧ろ到らんや。必ず顕密二教を須いて、堅固に清浄の戒を受持して、犯すこと莫るべし。
 いわゆる、
 顕の戒とは、三帰・五戒及び声聞・菩薩等の戒なり。四衆に各おの本戒あり。
 密の戒とは、いわゆる三昧耶戒なり。亦、仏戒と名づけ、亦は発菩提心戒と名づけ、亦、無為戒等と名づく。
 是の如き諸戒は十善を本と為す。いわゆる十善とは、身三・語四・意三なり。
    『同大師重戒』抄録、訓読は当方


まず、ここから構造的な把握をしておきたいが、上記一節の特徴は、仏道に趣向するには、戒を基本とすることを明示し、その際には「顕密二教」を用いるべきだという。そして、顕戒として、三帰・五戒、また、声聞戒・菩薩戒を示すというが、それぞれ四衆にとって護持すべき戒(本戒)があるという。

密戒としては、「三昧耶戒」が挙げられ、これを「仏戒・発菩提心戒・無為戒」などと呼んでいる。

なお、これら顕密二戒だが、「十善戒」を根本とするという。いわゆる身口意の三業を善性ならしめることを目的にしたものだということになる。

ここだけを見ると、なるほど、顕密二戒をともに護持する必要があるのか、等と思ってしまうのだが、実際にはどうなのだろうか。弘法大師の戒に関する教えとしては、例えば、『梵網経開題』や『三昧耶戒序』などがある。そこから、上記に類した教えを抜き出して見ると、以下の通りである。

 水能く一切の塵垢を浄めて一切の熱悩を除き、一切の物を生長す。須弥大地、水輪の持する所なり。
 戒も亦、是の如し。三業の雑穢を浄め、身心の熱悩を除き、一切の功徳を生長すること、戒に過ぎたるは莫し。
 戒に二種有り、
 一には毘奈耶、即ち調伏の義なり、
 二には尸羅、即ち清涼の義なり、
 一道清浄の心、本より一如に住して彼此を見ざる、生死の熱悩を離れて清涼寂静なり。
 斯れ乃ち尸羅の義なり。此の本寂を観し、証得を願求し、一切の悪を断ず、是れ調伏の義なり。
 上巻に説く所の四十の心地は、則ち摂善・饒益の二種の戒なり。是れ則ち尸羅なり。
 下巻に説く所の十無尽戒・四十八軽は、則ち摂律儀戒なり。此の律儀を修めて、一切の悪を息む。即ち身心の熱悩無し、亦、是れ清涼の義、有なり。
 是の三種の戒は、則ち事業威儀なり。即ち羯磨曼荼羅身なり。
    『梵網経開題』抄録、訓読は当方


ここは、水の功徳に比して、戒の調伏・清涼の義を示しつつ、具体的には三聚浄戒に約して、『梵網経』の十重・四十八軽戒を把握している。然るに、その三聚浄戒は、全て「事業威儀」であり、「羯磨曼荼羅身」であるという。この「羯磨曼荼羅身」だが、盧舎那仏が説かれた四種曼荼羅の一であり、事業威儀とある通り、この現実の世界に於ける戒行の働きとして展開していく仏身である。

そうなると、『梵網経開題』としては、一見して「顕」に属すると思われる菩薩戒をも、「密」から解釈しているので、先に挙げた「顕密二戒」を用いる話にはならないように思われる。

また、『三昧耶戒序』を見ていくと、確かに、種々の戒が、それぞれの機根の衆生のために説かれた様子があるとするものの、それはただ方便であって、究極的には三昧耶に到らせるものだという。つまり、ここでもやはり、「顕密二戒」とは考えられておらず、更に、同文の後半では、三聚浄戒と秘密三昧耶との共通性を示しているので、まずは菩薩戒から、更に三昧耶戒への交通を考えていることになる。

ただし、十善を身口意の三業を善性ならしめる働きとしては考えているが、あくまでも調伏の尸羅としての機能である。よって、『遺誡』に見るような根源性は確認出来ないように思われる。

以上のことから、先に挙げた『遺誡』は弘法大師の戒学上からも、容認されないものといえそうな感じではある。とはいえ、門外漢が、一知半解にて僅かな文を引いただけであるので、まだまだ分かっていない。今後の参究を期したい。

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