つらつら日暮らし

篤胤による神通の説明(拝啓 平田篤胤先生20)

前回の記事は、「釈尊の神通について」と題して、江戸時代後期の国学者・平田篤胤(1776~1843)が釈尊の神通をどのように評していたかを見た。そこで、今回はその続きではあるのだが、「神通」を得た理由を開示していたので見ておきたい。

 さて釈迦が神通自在なることは、諸経に委く見へたる中に瑞応本起経といふにその状が言みじかにいひとつてありますが、それは、欲する所の意の如くにして、復た思いを用ひざるに、身能く飛行し、能く一身と分かち、百と作し千と作し、億万無数に至り、復た合して一と為る。能く徹して地に入り、石壁皆な過ぎ、一方より現じ、俯して没し仰いで出づ、譬えば水波の如し。水を履み虚に行き、身、陥墜せず、空中に坐臥するは、鳥の飛翔するが如し、立て能く天に及び、手に日月を捫し、身を涌して平立し、梵自在に至て、眼能く徹かに視て、耳能く洞に聴く、意預じめ、諸天・人・龍・鬼神・蚊行蠕動の類、身行口言心の欲念する所を知る。悉く見聞して知るとあるから、いかにも勝れたことであるたでござる。
 此の神通といふものは大論に有通り、観想に身を苦めて能修行すれば出来ることと見へるでござる。夫はどうして出きると試にいはゞ、人の通はぬ深山ゆうこくなどに魑魅魍魎とか天狗とか云類の奇しきものゝ多かれば、修行するうちにつひ夫らの物と馴交り、又それを使ふやうにもなることと見へるでござる。
    『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』46~47頁、漢字などは現在通用のものに改める


以上の通り、篤胤は釈尊が神通自在であったことを認めている。典拠は『太子瑞応本起経』巻下である。同経は、釈尊伝の一つであるのだが、篤胤はこれまで『過去現在因果経』を引くことが多かったのに、神通については『瑞応本起経』を引いており、自身が論じたい内容次第で、参照する経典を使い分けている様子が分かる。

それで、これはただ、釈尊が用いていた神通の事例を紹介したのみだが、今回注目したいのは、その後である。つまり、【釈尊の神通について(拝啓 平田篤胤先生19)】でも指摘したが、篤胤は仏教に於ける神通の必要性については、『大智度論』を典拠にしている。そこで、「観想」を行うと、獲得出来るというのだが、それはどこのことだろうか?

良く分からなかった。

それから、何故、観想していれば神通力が付くのかといえば、人が来ることもない深山幽谷には、魑魅魍魎や天狗が住んでいるので、修行を続ける中にそれらと交わり、そこで、神通力が使えるようになる、としている。篤胤と天狗といえば、岩波文庫にもなった『仙境異聞・勝五郎再生記聞』などが有名で、天狗にも大きな興味を持っていたはずだが、どうも、釈尊を天狗が住む異世界に半分入っている人、位の位置付けにしたかったらしい。それが証拠に、篤胤によれば、日本の仏教者も同様であった。

扨仏法の御国へ渡り御国の法師どもも其幻術を受続きやつたものでござる。それは菅原寺の行基、叡山の伝教、高野の弘法、浄蔵法師其外いくらもあるでござる。近くは御嶽をひらいたとか云僧や、金比羅信心じやの、或は道了信心じやのと云輩がまのあたり神通らしひ事をやるを見れば、随分苦行おさへすれば出きる事と見へるでござる。
    前掲同著、47頁


この通りなのだが、行基菩薩は中国留学していないと思う。それから、「浄蔵法師」については、余り有名じゃないかもしれない。平安時代中期の天台宗の僧侶で、それこそ怨霊の調伏などで知られた人だが、失敗したイメージである。後は、御嶽や金比羅、道了は神奈川県の道了尊になるようだ。この存在も、天狗的というか、神通を使っていたとされたのである。

結局、篤胤は、仏教のその境界的なところを指摘しつつ、日本の本来の宗教性との関わりを見ていきたいようである。それは、富永仲基『出定後語』の説を受けたものであり、インドでは幻術、中国では修辞が優れているとする見解である。つまり、ここから仏教の非日本性を説くという目的があるのである。

【参考文献】
・鷲尾順敬編『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』(東方書院・日本思想闘諍史料、昭和5[1930]年)
・宝松岩雄編『平田翁講演集』(法文館書店、大正2[1913]年)
・平田篤胤講演『出定笑語(本編4冊・附録3冊)』版本・刊記無し

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