つらつら日暮らし

僧侶が持つべき物

友だとか、師匠だとか、檀越だとか(これら3つをひっくるめて「善知識」という)、そういう話ではなくて、以前【僧侶が持ってはいけない物】で書いたことと逆のことを考えてみようという話である。或いは【出家者が持つべき道具とは?】という記事も書いたが、その改稿に該当する。

道元禅師が『正法眼蔵』「洗面」巻に引用されたが、中国成立と伝えられる大乗仏典の『梵網経』には、以下のような一文が出ている。

 梵網菩薩戒経に云く、なんぢ仏子、常に応に二時の頭陀、冬夏の坐禅、結夏安居に、常に楊枝・澡豆・三衣・瓶・鉢・坐具・錫杖・香炉・漉水嚢・手巾・刀子・火燧・鑷子・縄床・経・律・仏像・菩薩形像を用うべし。
 而も菩薩行きて頭陀する時、及び遊方の時、百里千里を行来きするに、此の十八種物、常に其の身に随えよ。
 頭陀は、正月十五日従り三月十五日に至る、八月十五日従り十月十五日に至る。是の二時中、此の十八種物、常に其の身に随うれば、鳥の二翼の如し。
    『梵網経』巻下「第三十七軽戒」


道元禅師はここで、「十八種物」の中に「楊枝」があることを重視して、仏典でも楊枝を使うことを求められたという典拠にされるわけだが、我々自身の修行に欠かすことが出来ないこれらの物を称して、道元禅師は「十八種物」について、以下のように提唱されている。

 この十八種物、ひとつも虧闕すべからず。もし虧闕すれば、鳥の一翼おちたらんがごとし。一翼のこれりとも、飛行することあたはじ、鳥道の機縁にあらざらん。菩薩もまたかくのごとし、この十八種の羽翼そなはらざれば、行菩薩道あたはず。十八種のうち、楊枝すでに第一に居せり、最初に具足すべきなり。この楊枝の用不をあきらめんともがら、すなはち仏法をあきらむる菩提薩埵なるべし。いまだかつてあきらめざらんは、仏法也未夢見在ならん。
 しかあればすなはち、見楊枝は見仏祖なり。或有人問意旨如何。幸値永平老漢嚼楊枝。
    「洗面」巻


十八種物は「仏経」に示される、僧侶が持つべき物である。大乗仏教は、部派に見るような三蔵の区分が曖昧だとされるが、その曖昧さの極致が、「戒経」の存在であるといえよう。ただ、道元禅師は自ら大乗菩薩僧の1人として、その戒経を高く評価し、その中から、僧侶が持つべき物の第一である楊枝も強調されたわけである。なお、『梵網経』については、大乗仏教が依るべき戒経の代表として、多くの註釈書が作成された。だが、道元禅師の『梵網経』及び同経で説かれた菩薩戒への信仰は明らかだ。

この梵網菩薩戒は、過去現在未来の諸仏菩薩、かならず過現当に受特しきたれり。しかあれば、楊枝、また過現当に受特しきたれり。
    「洗面」巻


このようにある。つまり、梵網菩薩戒は三世の諸仏・諸菩薩が受持されたという。だからこそ、その中で説かれた楊枝についても、受持されたという。今風にいえば歯ブラシということになるが、僧侶にとって身だしなみはとても大切だ。僧侶の自称の1つに、「衲僧」とあって、この「衲」とはつぎはぎした衣服という意味だとされるから、御袈裟のことを指す。つぎはぎというと良い衣服でないように思われることもあるし、「衲」に対する意訳として、ボロ衣、等とすることもある。だが、ボロであってはならない。

この糞掃衣をもちいることは、いたづらに弊衣にやつれたらんがため、と学するは至愚なるべし。荘厳奇麗ならんがために、仏道に用著しきたれるところなり。
    「伝衣」巻


この通りである。ただし、この一節を読んで、「きらびやかな御袈裟が良いのか?」と誤解されると困るから、上記一節に続く文章を見ていこう。

仏道に、やつれたる衣服とならはんことは、錦繍綾羅・金銀珍珠等の衣服の、不浄よりきたれるを、やつれたるとはいふなり。
    同上


この通りである。やつれた衣服とは、不浄の衣材を用いた衣服のことを指すのである。だが、「弊衣」を使っても良いわけでは無いため、御袈裟はよく修繕される必要があるといえる。結局、身だしなみに注意すべきだというのは、その通りなのである。

本来の「僧侶の持つべきもの」の話から外れてしまったが、結構色々と必要な物があるぞ、という話をしておきたかったのだ。現代的には、僧侶が僧侶らしく振る舞うために、或る程度の経済力も要するといえる。ただし、江戸時代に荻生徂徠がその辺を批判していたので、それはまた別の機会に見ていこう。

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