尚ほ彼岸の由来につきて述べたる雑書数多ありと雖ども何づれも断片的のものゝみである。稍々纏まれるものは、
一、彼岸記 一巻
右は真宗存覚の作と称せらるものにして宝永三年四部聖教の一として刊行せられたものである。
一、彼岸弁疑 一巻(或は二巻)
右は宝永七年の著にして、正徳六年に刊行せられたるものなるも、著者は不明である。弁疑の著者は「将に彼岸会の義を弁ぜんと欲するに、先づ他の所依の書を挙し、次に予が管見を述べ云々」と、言ふところの他の所依の書とは、
善住陀羅尼経等なり、末学の説は、
法華直談 壒嚢鈔 見聞随身鈔
諸廻向鑑 〈四部聖教〉彼岸記 〈浄土真宗〉百通切紙
日重愚案記 年中風俗考等
の諸書を列記する所を見れば、宝永七年(二二一年前)前後にありては重に是等の諸書を資料として彼岸の由来を述べられたものであらう。
『彼岸の信仰』2~3頁
以上の話で面白いと思ったのは、従来「彼岸」について書かれていた文献について評釈していることであり、更には、その時代的問題を挙げることで、「彼岸」関連の文脈を整理しようとしていることである。しかも、『彼岸弁疑』という発行年次が明らかな文献を下地にして、それ以前・以後と分けようとしていることも注目される。
なお、上記の文献では、『見聞随身鈔』が手元にあるので、それは明日のお中日で見ておきたいと思う。いや、個人的には、『彼岸弁疑』、蔵書のどこかにあったように記憶しているのだが、見付けきれないので、今回は諦めよう。まぁ、蔵書は逃げるわけでは無いので、その内に見付かったら使ってみようと思う。
それから、更には、『〈浄土真宗〉百通切紙』もかなり古い版を所持しているけれども、この文献は元々浄土宗の僧侶だった人が、浄土真宗寺院の住職となるに及んで、浄土真宗の教学から、当時行われていた、様々な仏事(特に浄土宗系)を批評的に論じていることが特徴である。
ただ、『壒嚢鈔』もそうなのだが、ここで挙げているのは、当時入手可能であった仏教辞書的な文献ではあるが、巻十―九に「二季の彼岸を以て善根と作す時節とするは何ぞ」という一節が見られる。それはそれで、何か機会があれば採り上げてみたい。
とりあえず、上記の文献などを網羅的に見ていくことで、宝永7年(1710)頃の「彼岸」の語りを抑えようとしているのだろう。ただし、辞書的・概論書的文献ばかりを読んでいても、その更なる原出典が確保出来なければ、屋上屋を重ねるだけとなる。
よって、『彼岸の信仰』では、その原出典を探りつつ、日本での法会としての展開を求めようとしているため、明後日以降にまた、学んでいきたい。お中日の明日は、別の文献を見ておきたい。
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