つらつら日暮らし

近世洞門授戒作法に於ける「引請師」について

色々と見ていくと、江戸時代の曹洞宗で行われていた授戒会では、主要配役は戒師・教授師・室侍であった。しかし、後には「戒師・教授師・引請師」という三師が主要配役となった。これは、明治時代以降はほぼ確定したと思われるが、江戸時代は微妙なところであった。

よって、今日は江戸時代の授戒作法書などに見える「引請師」の記述を参照して、位置付けや役割などを見ておきたい。

朝飯台罷に、戒弟謝拝あり、五日目の請戒の羊に支度し、順列すべし、先づ戒師様へは戒頭焼香して、可漏を呈して一統三拝、教授様へは、比丘尼・戒頭焼香して可漏を呈して、一統三拝、引請師様へは優婆塞の戒頭焼香して、可漏を呈する也、室侍香合へは、優婆塞の戒頭焼香して、可漏を呈する也。
    『直壇寮意得之事』、カナをかなにするなど見易く改める


以上の内容から、引請師は「三師」の1として位置付けられていることが分かる。そして、順番は戒師・教授師・引請師の通りであろう。とはいえ、上記作法書には引請師として行うべき作法などは全く記載されていないため、他の文献も見ていく必要がある。

三羯磨は和上と、戒師と、阿闍梨と也、又教受(授か)師と、引請師と、室侍者と、是なり、
    斧山玄鈯禅師『曹山大師語録聞解』


・・・?これは、曹山本寂禅師が洞山良价禅師の言葉を参照しつつ示衆された一節だが、「即今三羯磨の時、早く破り了れり」とあることへの註釈だが、つまりは中国に於ける「三羯磨」について示したものだろうか?ただ、何かが違う気がする。本来の声聞戒の授戒作法であれば、戒師・阿闍梨であり、阿闍梨は教授阿闍梨・羯磨阿闍梨のことである。ただ、これは当時の授戒会作法のことを指してはいない印象である。

乃祖の式本は現前三宝衣鉢授与の作法にて引請師の請語なし、如何となれば、善来得戒比丘の言下に鬚髮落地、袈裟著身正当、豈引請師の請語をいれんや、
    逆水洞流禅師『得度或問弁儀章』第一


これについては少し説明を要するが、乃祖(ここでは道元禅師を指す)の式本(いわゆる『出家略作法』だろう)とは、現前三宝による衣鉢授与の作法ではあるが、ここには「引請師」による「請語」が無いとしている。ここから考えると、「引請師」とは戒師(本師)に対して、受戒などを願い出る「請語」を行う役だと理解出来よう。ただし、『出家略作法』には無いと言う。理由としては、「善来得戒比丘の言下に鬚髮落地、袈裟著身正当」だからだという。

これはどういうことか?どうやら逆水禅師は以下の一節を意識しているようである。

正法眼蔵出家功徳巻曰、摩訶迦葉随順世尊冀度諸有、仏言善来得戒比丘、鬚髪自落袈裟著体。ほとけを学んで諸有を解脱するときみな出家受戒する勝躅かくのごとし、
    同上


・・・はて?何か、微妙に違う気がする。

摩訶迦葉随順世尊志求出家冀度諸有、仏言善来比丘、鬚髪自落袈裟著体。ほとけを学して諸有を解脱するとき、みな出家受戒する勝躅、かくのごとし。
    『正法眼蔵』「出家」巻


逆水禅師は12巻本の『正法眼蔵』「出家功徳」巻だとされるが、実際には「出家」巻であった。更に、「仏言」として「善来得戒比丘」とするが、「出家」巻は「善来比丘」のみである。これは、道元禅師が引用された文献の典拠の問題か?まず、「出家」巻は、以下の一節を引いたものである。

志求出家冀度諸有、仏言善来比丘、鬚髪自落袈裟著体。
    「第一祖摩訶迦葉尊者」、『景徳伝灯録』巻1または『天聖広灯録』巻2


何か良く分からなくなってきたが、どちらにしても逆水禅師の引用は正しくない。それで、「引請師」に話を戻すが、確かに「善来比丘」と言っていわゆる剃髪姿となり、袈裟で身を覆われるのであれば、もう出家となっており、引請師の必要は無い。これを『出家略作法』などの得度作法で見てみると、実は受者(発心人)はただ、受業師(戒師)を礼拝すれば、後は剃髪となるのみで、確かに「引請師」は出て来ない。

ただし、これと『仏祖正伝菩薩戒作法』に基づく「授戒会作法」とを比較しても、余り意味は無いと思う。なので、決して十分な内容とはいえないが、しかし、「引請師」の位置付けなどについて、江戸時代の議論を見てみた。明治期以降については、既に論じたものもあるが、今後も新しい資料などがあれば、学んでみたい。

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