つらつら日暮らし

或る年の1月15日 永平寺で何が?

こんな話が伝わっている。

 宝治元年、寛元五年〈丁未〉正月十五日之布薩の時、開山和尚説戒し給ゑば、五色の雲、方丈の正面の障子に立ち移りて、半時斗あり。聴聞の道俗あまた之を見奉る。其中に河南庄の中の卿より参詣す人達、此の子細を起証文を以て申し上げる。其の文に云く、

 志比庄方丈不思議の日記の事。
 寛元五年〈丁未〉正月十五日、説戒。然る日、未の始自り、申の半分に至って、正面障子に五色の光有り。聴聞の貴賤、之を拝す。其の中、吉田河南庄中の郷自り、参詣を企み、之を見奉るの輩、廿余人、但だ説戒の日、多く相当すと雖も、斯の日参詣の條、然らしむ故なり。此の條、虚言ならば、永く三途に堕在せしむ、仍って自今以後、伝聞随喜として記し置くの状、件の如し。

 二代和尚、御自筆を以て書して云く、
当山の開闢堂頭大和尚、方丈に就いて布薩説戒の時、五色の瑞雲が現れ正面の障子を明かす。彼の障子、千歳を経て破損す。彼の旧破の骨紙等、当寺の重宝と之を安置す。其の現瑞の日時等の記、別紙在り。今、暫く方丈の天井の上に案置す、後後、重宝と為すべきなり。
 文永四年九月廿二日記之。小師比丘懐弉〈判〉

此の正本、今に至って方丈の宝蔵に之れ有り。
    『建撕記』、適宜訓読


ということで、1247年(宝治元)の1月15日、道元禅師が永平寺で行った布薩時に、説戒をされたところ、「五色の雲」が方丈の正面の障子に、1時間ばかりくっついていたらしい。それで、この様子を見ていた越前の「河南庄」の人達が、「誓ってその事実があった」という「証文」を書いたことが伝記に残っている。合わせて、この一件については永平寺二世の懐弉禅師も、記録を残していたようで、しかも、その「五色の雲」がくっついていた「障子」がどうなったかについても書いてある。障子は壊れてしまったようだが、その壊れた後の桟や紙は、「重宝」として山内に留め置かれた。何だろう?その「五色」の色でも付いたのだろうか?

さて、ここで道元禅師が行っていた「布薩説戒」について解説せねばなるまい。この「布薩」については、毎月2回行われる布薩(現在の略布薩扱い)であったのだろう。例えば、こういう記述も残されている。

爰にある在家人、長病あり。去年の春の比相契りて云く、「当時の病療治して、妻子を捨て、寺の辺に庵室を構へて、一月両度の布薩に逢ひ、日々の行道、法門談義を見聞して、随分に戒行を守りて生涯を送らん」と云しに……
    『正法眼蔵随聞記』巻1-6


「一月両度の布薩」とあるが、これは「十五日」「晦日」に行われていた。よって、「一月十五日」とする記述に一致するわけである。そこで、「説戒」とあるが、江戸時代の記録(『見聞宝永記』)を見ると、『梵網経』を誦したとしているが、道元禅師の時代も似たようなことをされたと思われる。残念ながら、曹洞宗教団成立時の「説戒」について、詳しい記録はほとんど残っていない。行っていたことは分かるが、何を説いていたかが知られないのである。

まぁ、多分に『梵網経』の「十重禁戒」を誦したか、或いは註釈書等を使って説戒していたのだろうとは思うのだが、良く分からない。ただし、先の記述にある通り、在家信者も聞いていたようなので、そういう方々向けの内容も含んでいたことは間違いない。永平寺に入られた道元禅師が、一切の在家化導をしなかったとはいえず、布薩や看経などで施主供養を受け付けていたことは間違いない。そのために外来の人々を迎える配役として「監院」の仕事を規定(『永平寺知事清規』)し、更には「知客」を請したことも知られる(『永平広録』巻2-157上堂)。「山奥である永平寺に入られてからは、一切の世俗との交渉を断った」というのは、完全に何かの思い込みであって、事実と反する。

それは、こういう記述からも知られるべきである。だいたい、当時の福井は、思っているほど田舎では無い。京都からすれば、3~数日の距離であって、そんなに遠いわけではない。また、こういう奇瑞的なことを道元禅師が否定した、ということもない。例えば、『知事清規』では、中国五台山に文殊菩薩が現れたことについて、その霊的な事象を肯定しているのである。五台山は、北宋時代までは日本人僧侶が熱心に参詣した土地であったという。その後、北方騎馬民族の圧迫で参詣できなくなったそうだが、その霊瑞は当時の日本人に知れ渡っていた。

よって、今回紹介した一件は、否定する要素が無い。優れた祖師の行いに、奇瑞はあって然るべきなのである。

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