つらつら日暮らし

『禅林象器箋』に見る「安名」の記事

「戒名」という用語について、江戸時代に使用されるに至った状況について、以前アップしていた記事を書き直して、今後アップしていきたいのだが、その用語に関連して、江戸時代の禅林に関する事典、無著道忠禅師『禅林象器箋』(寛保元年[1741]序、なお、元禄10年[1697]から本書の原著になる著作の執筆が始まったとする先行研究がある)を参照したところ、「戒名」という用語は、およそ見出せなかった。これは同時に、この時代以前の文献で、或る程度流通したものに、同用語が見当たらない可能性が高いことを意味している。一方で、「法名」は存在していた。なお、無著禅師も同用語の典拠は、中国の丹霞天然禅師のことを用いている。

そこで、この記事では類語としての「安名」について採り上げてみたい。

●安名
 新戒と為る者、初めて法名を命ずるなり。
 増一阿含経に云く、世尊、阿難に告げて曰く、今自り後、父母の作する所の字を称することを得ざれ、又た云く、諸比丘よ、字を立せんと欲する者は、当に三尊に依るべし。此れは是れ、我の教戒なり。
 聯灯会要、丹霞然禅師章に云く、師、再び馬祖に謁す。未だ参礼せざるして、便ち僧堂に入る。聖僧の項に騎却し坐す。〈乃至〉馬大師、堂に入りて見るに、即ち笑いて云く、我が子、天然。師、下に跳び礼を作して云く、師の安名を謝す。因みに天然と名づく〈法名の処に詳らかにす〉。
 広灯録、黄檗断際禅師章に云く、裴相、一日、一尊仏を托して、師の前に置いて胡跪して云く、師の安名を請う。召して云く、裴休。休、応喏す。師、云く、汝に安名を与え竟んぬ。相公、便ち礼拝す。
    『禅林象器箋』「第六類 称呼門」、訓読は拙僧


それで、この一節について、無著禅師は経典・灯史などに「安名」の典拠を求めているけれども、灯史の分については既に拙ブログでも見ているところなので割愛し、やはり『増一阿含経』の説を確認しておきたいところだ。なるほど、この一節は「安名」という語句そのものは使われていないけれども、いわゆる生前に親が付けた名前を否定し、更に、三帰依(本文は「三尊」だが、『増一阿含経』の別処にて、三尊を三宝だとしているため、そう解釈した)を通して新たに名前を付けることが、釈尊の教誡だとしているのである。

なお、無著が典拠にしたのは『増一阿含経』巻37「八難品第四十二之二」に見える2つの説示(「又た云く」で切れる)からなっている。それで、実際の原文は以下の通り。

 是の時、世尊、阿難に告げて曰く、「今自り已後、諸比丘に勅す。卿僕に相向かうことを得ざれ。大を尊と称し、小を賢と称し、相い視るに、当に兄弟の如くすべし。今自り已後、父母の作する所の字を称することを得ざれ」。
 是の時、阿難、世尊に白して言く、「如今の諸比丘、当に云何が自らの名号を称すべきや」。
 世尊、告げて曰く、「若し小比丘の大比丘に向かうは長老と称し、大比丘の小比丘に向かうは姓字を称せよ。又た諸比丘、字を立せんと欲する者は、当に三尊に依るべし。此れは是れ、我の教誡なり」。
    『大正蔵』巻2・752c、訓読及び下線は拙僧


このような内容となっている。これは、お互いの比丘をどのように呼び合うか、という話に見える。ただし、無著禅師が指摘した2つの文章を見てみる限りは、父母から貰った名前を否定して、僧侶固有の「あざな」を付けるべきだという結論になり、しかも、それは三帰依によってなされるべきだという。中村元先生訳『ブッダ最後の旅』(岩波文庫)でも、釈尊末期の遺誡の中に、僧侶同士の呼び方について問題にしていたけれども、そこには父母の名前の否定は無かったように記憶しているが、どうだったかな?!

なお、上記引用文で、下線部以外を見ると、長老が臘の若い比丘に向かう時には「姓字」を称するように指示しているので、そうなると、「父母が付けた名前は残っていた」ことになる気がする。ただし、その後で、「字を立せんと欲する者は……」と続くので、これがいわゆるの「法名」になると、無著禅師は判断したことになるだろうか。確かに、そう読める。

ちょっと曖昧な記事で終わるのだが、最後に、こういう細かなところまで、無著禅師がよく通じていることが分かった。驚嘆すべき大学僧である、という感想のみ付記しておきたい。

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