典虚てん手古舞

我が“為”の日々を振り返りつつも、逝き時を待つ日々を悔いなく一日一生

「いじめ」という言葉を使わなかった

2012年07月21日 | <記録・雑感>教育・学校・教員

 まるで、大合唱だ。

 わたしは、紋切型の「イジメ」という表現を使った記憶がなくて、違和感を感じつつ、メディアの報道に触れています。

 どういう言葉を使っていたかというと・・・。「ひとをおもちゃにするするな」だったような。

 人の気持ちを弄ぶな・・・。

 

「イジワルサレタ」と4齢の孫が語っていたこともある。昨年暮れかな?

 

イジワル=「意地悪」、イジメル=虐めるor苛める、イジクル=弄くる 

からかう、あざける、ののしる、痛める・・・。

他者を攻撃する言葉はまだまだある・・・。

 

 まっ、がっこの先生は、用もないのに、職員室へ帰るな 10分間の休憩時間は、生徒にとっては、「休憩」でも、教師は勤務時間である。

 それから「校長」「教頭」は、もっと、校舎の中をうろうろ、歩け 生徒たちともっと触れ合え

  学校には、適正な<規模>というものがある。600名という生徒数は多すぎる。教師の学年配置、担任副担任の業務分担・・・。

 pm3:40

 嵐で茎が折れかけた向日葵・・・。骨折の手当のように、そえ木をしました。外側は傷ついてはいましたが、中の維管束?繊維の部分は繋がっていたゆえ、生き延びました。

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