十二
12月のある日、ふれあい園に大きなクッキーの受注があった。とある保育園からの注文だ。クリスマス用に一袋5個入りのクッキーを100袋作るという注文だ。これにはふれあい園のメンバー・スタッフ総出で仕事にあたった。宏子も喫茶コーナーを閉めて参加したし、健二まで仕事を半日休んでやって来た。奈々子ももちろん手伝った。
一袋5個入りのクッキーを100袋だから計500枚である。クッキーを焼くオーブンはフル稼働だ。メンバーたちも手分けして頑張った。
焼くのは主に健二がした。しかし、これがよくなかった。オーブンのあまりの廃熱とオーバーワークで健二がダウンしてしまったのである。休養室で休むこととなった。
昼休みに中川さんが奈々子に薬と水の入ったコップを手渡した。これを朝倉君に飲ませてあげなさいと言った。小さな袋に入った粉薬だった。精神科で出された頓服だから、と説明した。
薬を健二に渡すとありがとうございます、と力のない手で飲んだ。でも水は一気に飲んだ。
「ぼくの病気のこと、ばれてしまいましたね。」
健二は苦笑した。
「最近夜あまり眠れないんです。仕事もうまくいかなくて。でもこんな言い訳、ダメですよね。」
「健二さん・・・。」
「ぼくは精神病を患って国税局を退職し、ふれあい園とは同じ法人が運営するきぼう作業所という施設にメンバーとして入所しました。そこで宏子と出会い、結婚したんです。ここが出来たときに宏子とメンバー籍を返納してボランティアとしてきぼうからやって来ました。今勤めている税理士事務所も実は中川さんの口利きで入ったんです。そのことを隠していたことは謝ります。奈々子さん、本当にごめんなさい。」
奈々子は黙って首を横に振った。
「精神の病気にはどうしても偏見が伴います。本来なら初めからいうべきっだのかもしれませんが、ぼくも大概ええカッコしいで、言えば奈々子さんと友達になれないのでは、と思ってしまって。奈々子さんを騙してしまいましたね。」
「健二さんは何も騙してなんかいません。誰も傷ついてはいませんし、損をしてもいません。」
奈々子ははっとした。病気だからって誰も困ってはいない。偏見の目で見ていた自分が間違っていた! そう思えたのである。
「ぼくも所詮はやらしい男なんです。」 健二は済まなさそうに言った。
「健二さん、健二さんは違います。あなたはやらしくなんかない!」
やっぱりこの人が好きなんだ!! 奈々子は思った。
次の春、奈々子は無事2年生に進級した。成績はとてもよかった。2年生にもなると徐々に専門の授業も入ってきた。経済に関する英語講読や経済基礎数学、統計学基礎である。いよいよ自分も経済を学ぶんだ、そう思った。
ふれあい園でのアルバイトも週2回に増やした。1年のときより自由な時間が増えたからである。障害者メンバーとの話の時間や喫茶コーナーの手伝いのほか、施設の事務も手伝うようになった。
健二への思いは募る一方だった。確かに偏見はある。しかし、それを打ち消す思いが奈々子にはあった。健二は決して紳士的な態度を崩さず、丁重に奈々子に接した。それが奈々子にはむしろ歯痒く思えた。親しくして欲しい、タメ口で話して欲しい、呼び捨てで呼んで欲しい、そう願った。しかし障害よりも何よりも健二は結婚している。そんな男性が他の女性と恋なんかするだろうか?それも一回り以上も年下の自分に。有り得ない。それは分かっていた。しかし健二への思いがまっすぐで、あまりにもまっすぐで奈々子は盲目になっていた。
やがてそんな奈々子に転機が訪れた。
12月のある日、ふれあい園に大きなクッキーの受注があった。とある保育園からの注文だ。クリスマス用に一袋5個入りのクッキーを100袋作るという注文だ。これにはふれあい園のメンバー・スタッフ総出で仕事にあたった。宏子も喫茶コーナーを閉めて参加したし、健二まで仕事を半日休んでやって来た。奈々子ももちろん手伝った。
一袋5個入りのクッキーを100袋だから計500枚である。クッキーを焼くオーブンはフル稼働だ。メンバーたちも手分けして頑張った。
焼くのは主に健二がした。しかし、これがよくなかった。オーブンのあまりの廃熱とオーバーワークで健二がダウンしてしまったのである。休養室で休むこととなった。
昼休みに中川さんが奈々子に薬と水の入ったコップを手渡した。これを朝倉君に飲ませてあげなさいと言った。小さな袋に入った粉薬だった。精神科で出された頓服だから、と説明した。
薬を健二に渡すとありがとうございます、と力のない手で飲んだ。でも水は一気に飲んだ。
「ぼくの病気のこと、ばれてしまいましたね。」
健二は苦笑した。
「最近夜あまり眠れないんです。仕事もうまくいかなくて。でもこんな言い訳、ダメですよね。」
「健二さん・・・。」
「ぼくは精神病を患って国税局を退職し、ふれあい園とは同じ法人が運営するきぼう作業所という施設にメンバーとして入所しました。そこで宏子と出会い、結婚したんです。ここが出来たときに宏子とメンバー籍を返納してボランティアとしてきぼうからやって来ました。今勤めている税理士事務所も実は中川さんの口利きで入ったんです。そのことを隠していたことは謝ります。奈々子さん、本当にごめんなさい。」
奈々子は黙って首を横に振った。
「精神の病気にはどうしても偏見が伴います。本来なら初めからいうべきっだのかもしれませんが、ぼくも大概ええカッコしいで、言えば奈々子さんと友達になれないのでは、と思ってしまって。奈々子さんを騙してしまいましたね。」
「健二さんは何も騙してなんかいません。誰も傷ついてはいませんし、損をしてもいません。」
奈々子ははっとした。病気だからって誰も困ってはいない。偏見の目で見ていた自分が間違っていた! そう思えたのである。
「ぼくも所詮はやらしい男なんです。」 健二は済まなさそうに言った。
「健二さん、健二さんは違います。あなたはやらしくなんかない!」
やっぱりこの人が好きなんだ!! 奈々子は思った。
次の春、奈々子は無事2年生に進級した。成績はとてもよかった。2年生にもなると徐々に専門の授業も入ってきた。経済に関する英語講読や経済基礎数学、統計学基礎である。いよいよ自分も経済を学ぶんだ、そう思った。
ふれあい園でのアルバイトも週2回に増やした。1年のときより自由な時間が増えたからである。障害者メンバーとの話の時間や喫茶コーナーの手伝いのほか、施設の事務も手伝うようになった。
健二への思いは募る一方だった。確かに偏見はある。しかし、それを打ち消す思いが奈々子にはあった。健二は決して紳士的な態度を崩さず、丁重に奈々子に接した。それが奈々子にはむしろ歯痒く思えた。親しくして欲しい、タメ口で話して欲しい、呼び捨てで呼んで欲しい、そう願った。しかし障害よりも何よりも健二は結婚している。そんな男性が他の女性と恋なんかするだろうか?それも一回り以上も年下の自分に。有り得ない。それは分かっていた。しかし健二への思いがまっすぐで、あまりにもまっすぐで奈々子は盲目になっていた。
やがてそんな奈々子に転機が訪れた。