然るに、今から二百余年前、藩主に新殿築造の工を起こしたが棟木となすべき
適材が見当たらないため、御普請方では下役を領内各地へ出して物色せしめた。
その時、此の金言寺の銀杏の御神木こそ相応しいと云ふに衆議一致し之を伐採す
る事になった。俗に國主の七光りと云はれた事ほど左様に権威のあった時代であ
るから貞心尼を主にした数百年来庶民に霊験をうたはれた大銀杏、明日は伐らね
ばならぬ。時の住職大圓坊日恵の曇った顔には一宗一派の誇りとした此の大銀杏
の壮観が消えて、米櫃がなくなると云ふ事はたへられぬ苦痛であった。嘆願もし
て見た、出来るだけの手段は行ってみた。然し、夫れは皆、絶望であった。
仰ぎ見る住職の目には思ひなしか、銀杏の梢が風もないのにゆれて動き、何だ
かめそめそと泣く様な気がした。
つづく