第33回NTT-OB・OG作品展(津地区)
開催日 : 令和6年3月29日(金)~31日(日)
場 所 : 津リージョンプラザ 生活情報センタ
出展作品一覧表
写真:コットの庭(野殿 敢市さん)
写真:オーロラ フィンランド(松浦 利昭さん)
伊勢型紙:干支(伴 宗一さん)
伊勢型紙(左):行灯(五十嵐 博さん)
伊勢型紙(右):干支(服部 繁さん)
篆刻(左):フェニックス(森本 克正さん)
篆刻(右):春酒寿を介す(森本 克正さん)
工芸:漁具(野口 有平さん)
陶芸:流動(濱野 正光さん)
第18回津市美術展覧会 岡田文化財団賞 受賞作品
洋画:期待(田村 吉蔵さん)
手芸(左):手芸サークル
(大森政子さん、大森数子さん、中村一枝さん、飯田良子さん、石井喜子さん、林澄子さん)
手芸(右):人形・押絵(和布の会)
書(左):屏風土代(東 安夫さん)
書(右):石鼓文(黒川 冨喜子さん)
第15回NTT-OB・OG作品展(鈴鹿・亀山地区)
開催日 : 令和6年2月17日(土)~18日(日)
場 所 : 鈴鹿ハンター1階 サブコート
「来場者 風景」
「出展作品 一覧」
《絵画区分 4点抜粋/総数13点》
「水墨画 富士」鈴鹿地区 石井ひとみさん
「水墨画 雲海」鈴鹿地区 横山栄子さん
「油絵 熊野古道」亀山地区 名越悦子さん
「大谷翔平 夢の球宴」鈴鹿地区 林義信さん
《書区分 2点抜粋/総数3点》
「万葉歌」鈴鹿地区 小坂千鶴さん
「般若心経」鈴鹿地区 加藤紀久さん
《写真区分 2点抜粋/総数3点》
「献灯 橙」鈴鹿地区 山脇佳世子さん
「島めぐり(利尻・礼文ー伊豆大島)」鈴鹿地区 川喜田幹雄さん
《伊勢型紙区分 2点抜粋/総数15点》
「龍」鈴鹿地区 五十嵐博さん
「龍」鈴鹿地区 石井ひとみさん
《机上展示区分 1点抜粋/総数17点》
「鈴鹿手芸サークルの皆さん」
《絵手紙区分 2点抜粋/総数2点》
「鈴鹿手芸サークルの皆さん」
「亀山手芸サークルの皆さん」
【第62回 東海電電旧友会 三重県支部 総会&中勢地区懇親会】
去る5月10日に開催いたしました第62回東海電電旧友会三重県支部総会につきましては、皆様方のご協力に加えて、久し振りに津センターパレスホールを会場として新型コロナウイルス感染症予防対策に十分配慮して、対面にて開催することができました。
今回、2022年度事業報告・決算状況・役員改選などの議案について審議が行われましたが、お陰様で満場一致にてご承認をいただくことができました。無事に総会を終えることができましたことは、皆様方のご理解とご協力の賜物と心より感謝申し上げます。
引き続き、限られた時間・人数の中でしたが、「意見交換会」も実施することができました。久し振りでの対面にて交流する機会となり、参加された皆様方の笑顔と喜びが溢れる中、貴重な機会を得ることができました。
津市須ヶ瀬町在住の前葉幸代さんがすばらしい花のサークルを作っているとの情報を得
て、雲出川河川敷に見に行ってきました。
放置され雑草が生えている休耕田を利活用して皆さんが楽しめる場所を作ろうと地区の
自治会長の呼びかけに、約30名が協力し合ってトラクターで耕し、葉牡丹の種を蒔き
12月になって800株を収穫し、花のサークルになるよう植え付けたとのことでした。
河川敷堤防の上からみると、白と紫の葉牡丹を幾何学模様でバランスよく植え付けられ
ており、直径約10メートルのサークルが冬の寒空のなか浮き上がって見えました。
葉牡丹が終了したら、秋に向けてコスモスを植える予定だそうです。
また、別の休耕田では、秋の七草のフジバカマを植え、花が咲く10月~11月にかけ
飛来するアサギマダラ(海を渡り旅する蝶)が乱舞する姿を今から楽しみにしているとの
ことでした。 【この記事に関する問い合わせは、前葉幸代(℡255-3377)まで】
津地区代表幹事 二郷
石井 仁美(鈴鹿市)
五十嵐 博(鈴鹿市)
服部 繁(鈴鹿市)
山脇 佳世子(鈴鹿市)
坂 宣寛(鈴鹿市)
川喜田 幹雄(鈴鹿市)
・実施日時:7月13日(土) 午前7時30分~午前8時30分
・場所 白塚海岸
・主催/後援 三重県漁連(白塚漁協)
・参加者 漁協、津市、白塚自治会、NTT、中電等企業応援 約300名程度
(NTT西日本三重支店、グループ会社、旧友会 計約50名)
今年は新型コロナウィルス感染症対策として主催者の挨拶等行われず、全員がマスク着
用し参加グループごと密を避けながら海岸に降り、砂浜を歩きながら散乱しているペット
ボトル、プラスチック容器の破片など拾い集める作業をしました。
約1時間ゴミ拾いをおこなった結果、各自に渡された袋はほぼ満杯となり、集積所に積
み上げられた袋を見て、改めて環境汚染対策の必要性を考えさせられました。
(旧友会からは9名が参加しました。) (二郷 記)
採用が鈴鹿学園で、その後名古屋中央電報局に配属され、トンツーの腕は誰にも負け
なかったと当時を振り返って楽しそうにお話しいただきました。
JR一身田駅の近くで奥様を亡くし一人でお住まいでしたが、毎日隣の息子夫婦と夕
食を一緒にすることが楽しみとのことでした。 (二郷 記)