快読日記

日々の読書記録

「香田証生さんはなぜ殺されたのか」 下川 裕治 新潮社

2006年08月19日 | ノンフィクション・社会・事件・評伝
死因は「自分探し」


日本人のジャーナリストやボランティアがイラクで拘束されたとき、
自業自得だと思った人、使命を持って行った人たちなんだからと同情した人、
そのほかいろいろ考えがあっただろうけど、
この香田証生くんの死に関しては、
「のこのこ物見遊山で出かけて殺されるなんて」といった批判が圧倒的に多かったと思う。
何を隠そうわたしもそう思った一人だ。
わざわざそんな危険なところに行かなくたってよさそうなものを、と。
そんな彼の足跡を、1954年生まれのバックパッカーである筆者が静かな目で追いかける。


「香田君がバスに揺られている光景を思い描くと、二十七年前の僕がその
 背後から浮かび上がってきてしまう。サファーウイの町を、落ち着きの
 ない視線で眺めていたであろう香田君の姿がだぶってくる」(193p)


香田君は高校を中退したあと、通信教育で高校を卒業し、ワーキングホリデーを利用してニュージーランドへ向かった。
そこは、彼が思い描く「旅」とは無縁の、経済的に恵まれた子供たちのぬる~い楽園だった。
自分が求めているものはこんなんじゃない。
「旅」の魔性に吸い込まれるように、イスラエル、ヨルダンと進み、
イラクが最後の土地になってしまった。


「小田実の『何でも見てやろう』以来、日本の若者たちはとり憑かれたよ
 うに海外への一人旅に出て行った。『青年は荒野をめざす』旅行者は
 『深夜特急』に揺られたのである。高度成長の歪みを敏感に感じとって
 いた若者にとって、それは自分探しの旅でもあった。もしあの時代だっ
 たら・・・。僕はクライストチャーチのカフェで、香田君の死をタイムカプ
 セルのなかに置いてみる。日本の人たちは、今回ほど彼に向かって
 「バカ」とか「無知」という言葉を浴びせただろうか」(214p)


筆者の視点は一貫して「バックパッカーの先輩」、兄のような温かく寂しい目だ。
旅への衝動に駆られニュージーランドを飛び出した香田君にそっと寄り添い、
「旅人ってそうなんだよな」と肩をたたく。
道中のそこここで香田君の心境に思いをはせ、
わくわくしただろう、心細かっただろう、怖かっただろうとつぶやく。
確かに香田君のしたことはさまざまな非難を浴びても仕方がないことなのかもしれない、だけど・・・。
筆者の声は小さくて聞き取りにくいが、しかし強い。


「「旅とはそういうものなのだ。確かな目的もなく、知らない国に分け入
 っていく。旅はそれでいいはずだ」この発言は、二十代の半ばから旅
 ばかり続けてきた僕の精一杯の反発なのだろう。その真意をどれだけ
 の人が理解してくれるのかという自信もない。しかし旅に染まった日
 々をすごしてきた僕は、この言葉を曲げるつもりはない」(220p)


この本で、自分探しの沼にはまり、ひきこもることもできず(ひきこもりって親が生活をみてくれるからできるんだし)海外に旅立ったはいいが、
たとえばタイのカオサンなんていうところに日本人同士で溜まってぐずぐずになり「もう日本には帰れない」「日本では人と出会えない」などと愚痴りながら、仕事をするわけでもなく無為に過ごし、あげく消息不明になったり自殺したりする人たちが相当数いるということを知った。
香田君はそういう人たちとは若干違う。
では、筆者のように「それが旅人なのだ」と言われてそのまま賛同できるかと言うと、即答はできない。

香田君は自分探しが原因で命を落とした。
それは正しいとか間違ってるとかの問題ではなさそうだし、
簡単に答えが出るものではないけど、
忘れずにいようと思う。

この記事についてブログを書く
« 「14階段 検証 新潟少女9年2... | トップ | 「硝子のハンマー」 貴志祐... »

ノンフィクション・社会・事件・評伝」カテゴリの最新記事