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(追分のミツデカエデ)
横瀬町にある二子山を関八州見晴台や小高山など東側から見ると、二子山のそばに鉄塔の建つ少し低い山がある。この山を甲仁田山といい、「奥武蔵登山詳細図(吉備人出版)」によると昭和40年代には西武鉄道の前身である武蔵野鉄道が作った登山道があり、西武秩父駅へ延伸されるまでは歩かれていたらしい。現在は山頂にアンテナ施設が建てられ、山頂へのアプローチ道路が作られたため、一般の登山対象からは外されてしまった。しかし奥武蔵フリークには比較的手軽なバリエーションルートとして現在でも歩かれている。今回は旧正丸峠を越えて追分まで行き、旧名栗街道を使って甲仁田山の麓に当たる松枝集落から甲仁田山を登ることにした。なおルートの詳細についてはyasuhiroさんの「画廊天地人」、甲仁田山についてはリブルさんの「山と温泉の風」を参照させていただいた。
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(小高山から見た甲仁田山 矢印が示す山が甲仁田山である)
朝6時過ぎに正丸駅を降り立つ。始発電車でやって来たのだが、意外なことにボク以外にも山歩きへ出かける人が数人いる。皆遠くまで行くのだろうか。そういうボクも芦ヶ久保へ下った後はもう一山越える予定なのだが、そこまで行けるだろうか。車窓から見えた景色は薄緑の新緑に覆われていて、艶やかな桜の花はほとんど姿を消していた。それでも国道沿いに立つ一本の八重桜はまだ花を残していて、花見を楽しむ余裕のなかったボクの心を慰めてくれる。国道を西に進み、二つ目の右カーブから旧正丸峠へ続く道に入る。5年近く前に歩いたときにあった古い金属製の道標は取り外され、木製のものに置き換わっていた。低い位置に取り付けられているので、現在のほうがわかりやすくはなっている。坂元の集落内を進み、八坂神社と子育て地蔵の前で一息入れる。朝早く、重荷を背負っていてもまだ肌寒い。
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(国道沿いにある八重桜)
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(坂元地区にある子育て地蔵と八坂神社)
集落端の畑地を過ぎると登山道になる。峠ノ沢沿いに付けられた峠道はかつて秩父往還が通っていた所であり、かなり歩きやすく造られている。傾斜は緩く、沢を渡る所には金属製の橋が架けられている。時折ジグザグに登って高度を上げていくとやがて樹の生えた大きな二つの岩が見えてくる。山側の岩は高く突き出たもので、その存在感に圧倒される。谷側の岩は平たく、岩そのものよりも上に生えた大木に目を奪われる。このルート一番の見所といえよう。この後何度か橋を渡り、尾根を越えて右の沢に入ると車道が近づいてくる。
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(峠道に咲くタチツボスミレ)
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(峠道の様子 傾斜は一様に緩い)
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(山側の大岩)
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(谷側の大岩)
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(大岩の上に立つ大木)
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(峠ノ沢)
車道に上がり、秩父側へ少し進むと道標があり、杉林に覆われた沢の側に登山道がある。この沢は旧正丸峠に源を発しているものであり、もう頂上は近い。左岸に付けられた九十九折を登る。傾斜が緩んでくると右手に尾根が見える。松茸山へのルートが付けられた尾根だ。いずれここも歩いてみたいものだ。峠の頂上へはトラバースの一本道であり、傾斜はそれほど急ではない。高度を上げるにつれて霧が濃くなっていく。この調子では二子山からの眺めは期待できそうにない。怪物でも出てきそうな暗い林の奥に半円形の鞍部が見えてくれば、旧正丸峠(670)に着く。飯能側の暗い杉檜の林とは対照的に、横瀬側は明るい雑木林になっている。ここは昨年訪れたばかりで何となく馴染みのある所だが、ここ10年の山行歴から考えるとまだ5度目の訪問にすぎない。
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(傾斜が緩む辺り 右手に松茸山ルートがある)
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(旧正丸峠頂上 霧が濃い)
涼しい風が通り抜ける峠で朝食のメロンパンを半分だけ食べる。どうもあまり食欲が湧かない。体調はそれほど悪くないと思うのだが、歳とって体力がなくなってきたということか。とりあえず準備を整え、横瀬側へと下り始める。10年前に訪れたときは藪っぽい感じがあったような記憶があるのだが、実際に歩いてみると笹は綺麗に刈り払われていて、とても歩きやすい。新緑麗しい雑木林を歩くのは何と心浮き立つことか。割と傾斜が急なので、ついつい飛ばし気味になってしまう歩みを抑えつつ下る。やがて道は沢の左岸を高巻くように延びている。眼下に見える沢は奥武蔵登山詳細図によると南沢というらしい。入山・初花地区から見て南という意味だろうか。
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(横瀬側へ下る途中にあるミツバツツジ)
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(新緑美しい道が続く)
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(南沢を高巻く)
治山ダムとベンチのある地点まで下りてくると道は広い林道となる。県道に出るまで登山道が続いていると良い道だと思ったのだが、これは少々残念だ。更には林道も少し下ると固い舗装路へと変わる。これでは追分の雰囲気も台無しになってしまう。苛々しながら下っていく。なかなか追分は近づいてこない。途中舗装路から鞍部を見上げる位置に出たのだが、まだ下るらしい。もう入山地区に出てしまうのではないかと思う頃、杉林の中に一本だけ節くれ立った広葉樹の古木が立っている。ここが追分だ。横瀬町観光Webサイト「歩楽里(ぶら~り)よこぜ」によると古木はミツデカエデという種だという。古木の北側には史跡である追分の道標がある。自然石に地名が彫られたもので、「右 八王子」という字ははっきりとわかる。上記サイトによると左は子ノ権現・江戸と記され、今歩いてきた秩父往還を指している。そして右は八王子・名栗と記され、これから歩こうとしている旧名栗街道を指している。この道標以外にも古い石仏が根元に置かれ、ここだけは時が止まったかのような雰囲気を醸し出している。それだけに舗装路の存在が惜しいところだ。
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(林道に出たところ まだ雰囲気は良い)
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(追分の道標 八王子の文字ははっきりとわかる)
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(根元には石仏がおわす)
旧名栗街道はミツデカエデの裏を通ってトラバースしながら上がっていく。尾根を越えるのでこれも一種の峠道といえるだろう。東に突き出した尾根を回り込むように上がると小さな鞍部があり、尾根を越えて緩斜面を横切っていく。現在入山・初花地区から松枝地区へは芦ヶ久保川に沿って車道が延びているが、明治大正の頃の地形図には川のみが記載され、今歩いている道が本線の扱いであった。歩く分には低い尾根を越えたほうが最短ルートだったのだろう。今では歩く人が多くないのか、所々草を被っている。二本目の尾根を越えると祠のある松枝集落に着く。北は私有地で花咲く庭になっている。南へ下ると舗装路に出る。舗装路を道なりに下ると花桃咲く民家がある。この辺りは夜冷え込むのかまだ花盛りだ。
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(最初の尾根を越える所 小さな切通になっている)
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(西に傾いた斜面を横切っていく)
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(歩く人が少ないのか、やや藪っぽい)
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(奥に見える尾根を越えれば松枝地区に出る)
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(奥武蔵登山詳細図にも載っている祠)
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(松枝地区は花盛り)
松枝橋を渡ると現在の名栗街道に出る。大型トラックやダンプカーが行き交う騒がしい道だ。車道を北に向かうと林道焼山線が西に延びる分岐に出る。二子山・武川岳の道標があり、焼山線を登るルートも正規のハイキングコースとなっている。分岐のすぐそばには二子山入口バス停がある。西武観光バスの横瀬線で土休日は一日2本しかない。このバス停から更に秩父側へ進むと擁壁が切れる辺りにカーブミラーがあり、その裏手から尾根に取り付くことができる。これが奥武蔵登山詳細図の定める二子山東尾根ルートの登山口のひとつだ。見たところ、藪は薄く、倒木も少なく、傾斜も比較的緩い。他のルートを探るのも面倒なので、ここから登ってみることにした。
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(ここから甲仁田山を登る)
登り始めは下から見たとおり藪が薄く、それほど苦労なく登ることができる。一旦傾斜が緩くなるのでここで息を整える。問題はこの先だ。下から見ると次の斜面は垂直な壁のようだ。まあ斜度30度くらいだと思うが、実際に取り付いてみると真直ぐ歩くのが困難なほどの急坂だ。途中から南に延びる尾根へ逃げるが、急傾斜なのは変わらない。比高50メートルほどを登りきるとようやく明瞭な細い尾根の上に出る。ただ尾根の上に出られたといって山頂までの道のりが楽になったとはいえない。傾斜はいくらか緩くなったが、体力の消耗が激しく、なかなか歩みが捗らない。尾根に上がった当初は杉林が優勢だったが、高度を上げるにつれて雑木林へと変わる。細尾根なのは変わらないため、雑木林だと落ち葉は掃いたかのように尾根の外側へと落ちてしまうようだ。山頂手前の急坂に差し掛かる所でまたしても霧に覆われる。頭上が開けないので、距離感がつかみにくい。
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(取り付き始め 藪や倒木がやや煩い)
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(壁のような急坂 ここが一番しんどい所だ)
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(尾根に出たところ)
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(細い尾根が続く)
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(雑木林が美しい フラットな所が少ないので、休憩に適した所が見つかりにくい)
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(また霧が濃くなってきた)
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(花 う~んなんだろう…?)
這いつくばるようにして急坂を登ると岩場となる。二子山の山頂付近と雰囲気は似ているなと思っていると芝草の広場に飛び出す。甲仁田山(847 こうにたやま)の山頂に到着だ。テントが4、5張くらい張れそうなほどの広さがあり、NTTの電波塔に続くアプローチ道路からここまで木段が上ってきている。登ってきた所にはピンクテープが付けられているが、明瞭な踏み跡はなく、とても登山道とは思えない斜面である。周囲は雑木林に覆われていて、おそらく見晴らしは得られないだろう。おそらくというのは霧に覆われていて、様子がわからないからである。ザックを置いてメロンパンの残りを食べていると虫がワンワンと集ってくる。ここでのんびり休憩を取るなら秋口から春先までにしておいた方が良さそうだ。
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(山頂直下は岩場になっている なお山頂からは急斜面の崖にしか見えない)
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(甲仁田山頂上 芝草の広場で特に山頂プレートなどはなかった)
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(西にある林の切れ間からは電波塔が見える)
山頂の西側からは電波塔が見えていて、アンテナ施設の擁壁伝いに二子山雄岳との鞍部へ出られそうである。もちろん安全策を採ってアプローチ道路で鞍部まで下ることもできるが、山頂から見た限り大きく迂回する必要がありそうだ。コンクリート擁壁はかなり脆そうな感じもするので、できる限り土の部分を踏んで進む。ただ踏み場が細いので、天気が良かったら南側の崖地に慄いたことであろう。施設を回り込み、杉檜の林の中を、コンパスを使って西へ進む。緩やかな斜面を下るとアプローチ道路脇の鞍部に着く。古い建物の残骸等があるものの、歩きやすい道である。鞍部から細尾根を登るようになると雑木林へ変わる。ミツバツツジが紫色の花を付けていて、いかにも岩場の山である二子山らしい景色である。
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(擁壁脇の土の部分を進む)
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(鞍部に下りるとアプローチ道路が見えてくる)
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(霧で水滴が付いた杉の葉)
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(ミツバツツジは所々咲いている)
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(雑木林の尾根を進む 相変わらず霧が濃い)
明瞭な踏み跡を行くと尾根を塞ぐように大岩が立ちはだかる。最初は南側から回り込めばよいのだが、岩場の上部は回り込む余地が無い上、周囲が切り立っている。リブルさんが危険だと記している岩場とのこれのことだろう。とりあえず登る分には手掛かり足掛かりが豊富なので、岩を越えるのは難しくない。岩場を越えるとアカヤシオの桃色の花が出迎えてくれる。散った花は途中でも見かけたのだが、咲いているものに出会えたのは幸運だった。二子山雄岳の山頂が近づいてくると尾根はアセビのトンネルとなる。黄緑の若葉ばかりに目が行っていたが、よく見ると所々に鈴なりの白い小さな花を付けていた。尾根が広がり、檜の林に入っていくと二子山雄岳の南にある見晴らしの良い岩場の上に出る。更に踏み跡を少し登れば二子山雄岳(882.8)山頂だ。ベンチは若いカップルに占領されていたので、山頂の写真だけ撮って、そのまま雌岳へと向かう。山頂手前で中高年の男性とすれ違う。山中で人に会ったのはこの3人だけであった。
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(大岩 上の画像は下から見たもの 左から巻いて岩の上に出る 下の画像は上の岩場のルート)
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(奥に見晴らしの良い所がある 地面を覆う檜の葉が面白い)
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(アカヤシオ 散っているのが殆どで咲いているのはこれだけだった)
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(アセビ)
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(二子山雄岳の南にある展望の良い岩場)
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(二子山雄岳山頂)
雄岳からは急斜面をジグザグに下る。岩の露出する鞍部を抜けて、雌岳の登りに取り掛かる。以前訪れたときは岩場を下ってしまったのだが、今回は東から巻き道を登る。山頂手前で兵の沢ルートに合流し、二子山雌岳(870)山頂に着く。相変わらず檜と雑木林に覆われた山頂で見晴らしはない。おまけにベンチも無いのには少々困ってしまった。休憩は取らずに二子山を下りることにする。芦ヶ久保駅へは兵の沢ルートと浅間神社ルートの二つが一般的で、今回は9年ぶりに浅間神社ルートを下ることにした。
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(鞍部の岩場)
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(二子山雌岳山頂)
まずは霧濃い林の中の急斜面を下っていく。最初は土の斜面だが、少し下ると岩場の下りになる。霧で地面が濡れていて、岩に乗るとズルっと滑る。トラロープが括り付けられているので、ストックがなければ少しは頼りになるだろう。大きな岩場の手前にロープが張ってあり、立入禁止となっている。9年前に歩いたときはロープの意味が分からず、結局この岩場を、ロープを無視して越えていった記憶がある。今回は浅間神社の道標にしたがって踏み跡をしっかりと辿る。すると熊でも潜めそうな小さな洞穴がある。寝そべる形なら人間でも入れそうだ。
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(檜の植林帯が終わると雑木林の岩場となる)
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(立入禁止のロープが張ってある辺りの洞穴)
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(この岩場が立入禁止になっている)
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(やはり岩場はミツバツツジが多い)
立入禁止の岩場を巻いていくとその後しばらくは傾斜が比較的緩めの尾根が続く。杉檜の林が続くので少々単調になってくる。西へ尾根を分ける所は踏み跡が右にカーブするのだが、奥武蔵登山詳細図にも登山ルートが描かれていないので、西へ下る尾根を歩く人はいないのだろう。一旦鞍部に下り、岩場を越えると696のピークだ。標識の類は無い。ここを越えると雑木林が多くなる。霧も薄くなってきて、新緑を愛でるには良いタイミングだ。道標が現れた所で、踏み跡は左へ曲がる。かなり急傾斜なので慎重に下る。4年前に兵の沢ルートを登ったときにも思ったことだが、浅間神社ルートは下りには向いていない。急傾斜が断続的に現れるルートで、しかもたいていは武川岳から縦走してくる人が多く、どうしても疲れから事故が増え勝ちになってしまうのではないだろうか。
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(緩めの尾根が続く 左手の急斜面には尾根が続いていた)
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(696のピーク手前の岩場)
急斜面が終わり、小ピークを過ぎると浅間山はすぐそこだ。岩場を越えると小さな祠があり、尾根の先端には神社らしき建物がある。地形図だと逆U字型に張り出した辺りで、祠と建物の間は少しスペースがあり、横瀬の市街地と武甲山前にある鉱業所が望める。建物は富士浅間神社のものであった。この先まだ急坂が続くので、休憩を取っていくことにする。
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(先の岩場を越えると浅間山)
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(浅間山の祠)
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(浅間山からの眺め)
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(横瀬市街地を望む)
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(まだ山桜が咲いていた)
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(富士浅間神社)
浅間山直下は岩場の急斜面で緊張を強いられる。岩場が終わり、杉林の尾根になると今度は九十九折が続く。真直ぐ下るよりは遥に下りやすい。調子に乗って下っていると何時の間にか谷地形をトラバースしていた。谷からは向かいの山の斜面にある集落が見える。おそらく芦ヶ久保駅の北に広がる集落であろう。トラバース道は下るにつれて細くなり、おまけに谷側へ傾くようになる。沢を高巻いているので、これは結構怖い。こういう所もあまり下りに使ってほしくない理由である。谷側にパイプのようなものが引かれるようになると広場を見下ろす位置に出る。この広場は「兵の沢あしがくぼの氷柱」の会場となっている。広場へ下り、今下りてきたほうを見上げると小さな滝のような沢が流れている。冬になると先ほど見たパイプから水を流して谷全体を氷の壁にしてしまうのだとか。ベンチがあり、沢水も得られる(※ 飲み水ではない)ので、ここで少し休んでいく。
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(岩場が終わると杉林の九十九折となる)
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(谷の左岸を下る 奥に山上集落が見える)
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(あしがくぼの氷柱の会場を見下ろす)
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(冬はこの一面が凍る)
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(花 これもなんだろう…?)
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(ムラサキケマン)
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(ヒメオドリコソウ)
富士浅間神社の鳥居を潜って、西武線のガード下を抜けると住宅街に出る。以前は住宅街を抜けて国道へ出ていたが、住宅街の手前に道の駅あしがくぼへと至る遊歩道ができていた。まだ工事中のようだが、幸いにも今日は工事が行われておらず、道の駅の裏手へと出ることができた。観光客で賑わう東屋のベンチで装備を解く。もう12時だし、とてももう一座登る気にはなれない。家に連絡を入れ、早めに帰ることを告げる。母親の病気はまだ良くなっていないので、細かく連絡を入れておくと安心するようだ。直売所でトマトとすまんじゅうを買って帰路に就いた。
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(ちょうどトンネルに挟まれた所に会場がある)
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(建設中の遊歩道)
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(道の駅あしがくぼは近い)
DATA:
正丸駅6:17~7:17旧正丸峠~7:50追分~8:12松枝~8:24二子山入口バス停~9:19甲仁田山9:38~10:08二子山雄岳~10:15二子山雌岳~11:03浅間神社~11:30兵の沢あしがくぼの氷柱会場11:46~11:55道の駅あしがくぼ~芦ヶ久保駅
地形図 正丸峠
二子山入口バス停から甲仁田山の間は急傾斜が続き、一般的ではありません。下りに使うのは止めましょう。甲仁田山から下る場合にはアプローチ道路を使った方が安全です。また二子山雄岳・甲仁田山間にある岩場は下りだとわかりにくい所があります。往復するだけの場合であっても慎重に。
横瀬町にある二子山を関八州見晴台や小高山など東側から見ると、二子山のそばに鉄塔の建つ少し低い山がある。この山を甲仁田山といい、「奥武蔵登山詳細図(吉備人出版)」によると昭和40年代には西武鉄道の前身である武蔵野鉄道が作った登山道があり、西武秩父駅へ延伸されるまでは歩かれていたらしい。現在は山頂にアンテナ施設が建てられ、山頂へのアプローチ道路が作られたため、一般の登山対象からは外されてしまった。しかし奥武蔵フリークには比較的手軽なバリエーションルートとして現在でも歩かれている。今回は旧正丸峠を越えて追分まで行き、旧名栗街道を使って甲仁田山の麓に当たる松枝集落から甲仁田山を登ることにした。なおルートの詳細についてはyasuhiroさんの「画廊天地人」、甲仁田山についてはリブルさんの「山と温泉の風」を参照させていただいた。
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(小高山から見た甲仁田山 矢印が示す山が甲仁田山である)
朝6時過ぎに正丸駅を降り立つ。始発電車でやって来たのだが、意外なことにボク以外にも山歩きへ出かける人が数人いる。皆遠くまで行くのだろうか。そういうボクも芦ヶ久保へ下った後はもう一山越える予定なのだが、そこまで行けるだろうか。車窓から見えた景色は薄緑の新緑に覆われていて、艶やかな桜の花はほとんど姿を消していた。それでも国道沿いに立つ一本の八重桜はまだ花を残していて、花見を楽しむ余裕のなかったボクの心を慰めてくれる。国道を西に進み、二つ目の右カーブから旧正丸峠へ続く道に入る。5年近く前に歩いたときにあった古い金属製の道標は取り外され、木製のものに置き換わっていた。低い位置に取り付けられているので、現在のほうがわかりやすくはなっている。坂元の集落内を進み、八坂神社と子育て地蔵の前で一息入れる。朝早く、重荷を背負っていてもまだ肌寒い。
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(国道沿いにある八重桜)
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(坂元地区にある子育て地蔵と八坂神社)
集落端の畑地を過ぎると登山道になる。峠ノ沢沿いに付けられた峠道はかつて秩父往還が通っていた所であり、かなり歩きやすく造られている。傾斜は緩く、沢を渡る所には金属製の橋が架けられている。時折ジグザグに登って高度を上げていくとやがて樹の生えた大きな二つの岩が見えてくる。山側の岩は高く突き出たもので、その存在感に圧倒される。谷側の岩は平たく、岩そのものよりも上に生えた大木に目を奪われる。このルート一番の見所といえよう。この後何度か橋を渡り、尾根を越えて右の沢に入ると車道が近づいてくる。
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(峠道に咲くタチツボスミレ)
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(峠道の様子 傾斜は一様に緩い)
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(山側の大岩)
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(谷側の大岩)
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(大岩の上に立つ大木)
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(峠ノ沢)
車道に上がり、秩父側へ少し進むと道標があり、杉林に覆われた沢の側に登山道がある。この沢は旧正丸峠に源を発しているものであり、もう頂上は近い。左岸に付けられた九十九折を登る。傾斜が緩んでくると右手に尾根が見える。松茸山へのルートが付けられた尾根だ。いずれここも歩いてみたいものだ。峠の頂上へはトラバースの一本道であり、傾斜はそれほど急ではない。高度を上げるにつれて霧が濃くなっていく。この調子では二子山からの眺めは期待できそうにない。怪物でも出てきそうな暗い林の奥に半円形の鞍部が見えてくれば、旧正丸峠(670)に着く。飯能側の暗い杉檜の林とは対照的に、横瀬側は明るい雑木林になっている。ここは昨年訪れたばかりで何となく馴染みのある所だが、ここ10年の山行歴から考えるとまだ5度目の訪問にすぎない。
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(傾斜が緩む辺り 右手に松茸山ルートがある)
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(旧正丸峠頂上 霧が濃い)
涼しい風が通り抜ける峠で朝食のメロンパンを半分だけ食べる。どうもあまり食欲が湧かない。体調はそれほど悪くないと思うのだが、歳とって体力がなくなってきたということか。とりあえず準備を整え、横瀬側へと下り始める。10年前に訪れたときは藪っぽい感じがあったような記憶があるのだが、実際に歩いてみると笹は綺麗に刈り払われていて、とても歩きやすい。新緑麗しい雑木林を歩くのは何と心浮き立つことか。割と傾斜が急なので、ついつい飛ばし気味になってしまう歩みを抑えつつ下る。やがて道は沢の左岸を高巻くように延びている。眼下に見える沢は奥武蔵登山詳細図によると南沢というらしい。入山・初花地区から見て南という意味だろうか。
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(横瀬側へ下る途中にあるミツバツツジ)
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(新緑美しい道が続く)
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(南沢を高巻く)
治山ダムとベンチのある地点まで下りてくると道は広い林道となる。県道に出るまで登山道が続いていると良い道だと思ったのだが、これは少々残念だ。更には林道も少し下ると固い舗装路へと変わる。これでは追分の雰囲気も台無しになってしまう。苛々しながら下っていく。なかなか追分は近づいてこない。途中舗装路から鞍部を見上げる位置に出たのだが、まだ下るらしい。もう入山地区に出てしまうのではないかと思う頃、杉林の中に一本だけ節くれ立った広葉樹の古木が立っている。ここが追分だ。横瀬町観光Webサイト「歩楽里(ぶら~り)よこぜ」によると古木はミツデカエデという種だという。古木の北側には史跡である追分の道標がある。自然石に地名が彫られたもので、「右 八王子」という字ははっきりとわかる。上記サイトによると左は子ノ権現・江戸と記され、今歩いてきた秩父往還を指している。そして右は八王子・名栗と記され、これから歩こうとしている旧名栗街道を指している。この道標以外にも古い石仏が根元に置かれ、ここだけは時が止まったかのような雰囲気を醸し出している。それだけに舗装路の存在が惜しいところだ。
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(林道に出たところ まだ雰囲気は良い)
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(追分の道標 八王子の文字ははっきりとわかる)
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(根元には石仏がおわす)
旧名栗街道はミツデカエデの裏を通ってトラバースしながら上がっていく。尾根を越えるのでこれも一種の峠道といえるだろう。東に突き出した尾根を回り込むように上がると小さな鞍部があり、尾根を越えて緩斜面を横切っていく。現在入山・初花地区から松枝地区へは芦ヶ久保川に沿って車道が延びているが、明治大正の頃の地形図には川のみが記載され、今歩いている道が本線の扱いであった。歩く分には低い尾根を越えたほうが最短ルートだったのだろう。今では歩く人が多くないのか、所々草を被っている。二本目の尾根を越えると祠のある松枝集落に着く。北は私有地で花咲く庭になっている。南へ下ると舗装路に出る。舗装路を道なりに下ると花桃咲く民家がある。この辺りは夜冷え込むのかまだ花盛りだ。
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(最初の尾根を越える所 小さな切通になっている)
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(西に傾いた斜面を横切っていく)
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(歩く人が少ないのか、やや藪っぽい)
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(奥に見える尾根を越えれば松枝地区に出る)
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(奥武蔵登山詳細図にも載っている祠)
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(松枝地区は花盛り)
松枝橋を渡ると現在の名栗街道に出る。大型トラックやダンプカーが行き交う騒がしい道だ。車道を北に向かうと林道焼山線が西に延びる分岐に出る。二子山・武川岳の道標があり、焼山線を登るルートも正規のハイキングコースとなっている。分岐のすぐそばには二子山入口バス停がある。西武観光バスの横瀬線で土休日は一日2本しかない。このバス停から更に秩父側へ進むと擁壁が切れる辺りにカーブミラーがあり、その裏手から尾根に取り付くことができる。これが奥武蔵登山詳細図の定める二子山東尾根ルートの登山口のひとつだ。見たところ、藪は薄く、倒木も少なく、傾斜も比較的緩い。他のルートを探るのも面倒なので、ここから登ってみることにした。
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(ここから甲仁田山を登る)
登り始めは下から見たとおり藪が薄く、それほど苦労なく登ることができる。一旦傾斜が緩くなるのでここで息を整える。問題はこの先だ。下から見ると次の斜面は垂直な壁のようだ。まあ斜度30度くらいだと思うが、実際に取り付いてみると真直ぐ歩くのが困難なほどの急坂だ。途中から南に延びる尾根へ逃げるが、急傾斜なのは変わらない。比高50メートルほどを登りきるとようやく明瞭な細い尾根の上に出る。ただ尾根の上に出られたといって山頂までの道のりが楽になったとはいえない。傾斜はいくらか緩くなったが、体力の消耗が激しく、なかなか歩みが捗らない。尾根に上がった当初は杉林が優勢だったが、高度を上げるにつれて雑木林へと変わる。細尾根なのは変わらないため、雑木林だと落ち葉は掃いたかのように尾根の外側へと落ちてしまうようだ。山頂手前の急坂に差し掛かる所でまたしても霧に覆われる。頭上が開けないので、距離感がつかみにくい。
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(取り付き始め 藪や倒木がやや煩い)
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(壁のような急坂 ここが一番しんどい所だ)
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(尾根に出たところ)
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(細い尾根が続く)
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(雑木林が美しい フラットな所が少ないので、休憩に適した所が見つかりにくい)
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(また霧が濃くなってきた)
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(花 う~んなんだろう…?)
這いつくばるようにして急坂を登ると岩場となる。二子山の山頂付近と雰囲気は似ているなと思っていると芝草の広場に飛び出す。甲仁田山(847 こうにたやま)の山頂に到着だ。テントが4、5張くらい張れそうなほどの広さがあり、NTTの電波塔に続くアプローチ道路からここまで木段が上ってきている。登ってきた所にはピンクテープが付けられているが、明瞭な踏み跡はなく、とても登山道とは思えない斜面である。周囲は雑木林に覆われていて、おそらく見晴らしは得られないだろう。おそらくというのは霧に覆われていて、様子がわからないからである。ザックを置いてメロンパンの残りを食べていると虫がワンワンと集ってくる。ここでのんびり休憩を取るなら秋口から春先までにしておいた方が良さそうだ。
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(山頂直下は岩場になっている なお山頂からは急斜面の崖にしか見えない)
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(甲仁田山頂上 芝草の広場で特に山頂プレートなどはなかった)
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(西にある林の切れ間からは電波塔が見える)
山頂の西側からは電波塔が見えていて、アンテナ施設の擁壁伝いに二子山雄岳との鞍部へ出られそうである。もちろん安全策を採ってアプローチ道路で鞍部まで下ることもできるが、山頂から見た限り大きく迂回する必要がありそうだ。コンクリート擁壁はかなり脆そうな感じもするので、できる限り土の部分を踏んで進む。ただ踏み場が細いので、天気が良かったら南側の崖地に慄いたことであろう。施設を回り込み、杉檜の林の中を、コンパスを使って西へ進む。緩やかな斜面を下るとアプローチ道路脇の鞍部に着く。古い建物の残骸等があるものの、歩きやすい道である。鞍部から細尾根を登るようになると雑木林へ変わる。ミツバツツジが紫色の花を付けていて、いかにも岩場の山である二子山らしい景色である。
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(擁壁脇の土の部分を進む)
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(鞍部に下りるとアプローチ道路が見えてくる)
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(霧で水滴が付いた杉の葉)
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(ミツバツツジは所々咲いている)
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(雑木林の尾根を進む 相変わらず霧が濃い)
明瞭な踏み跡を行くと尾根を塞ぐように大岩が立ちはだかる。最初は南側から回り込めばよいのだが、岩場の上部は回り込む余地が無い上、周囲が切り立っている。リブルさんが危険だと記している岩場とのこれのことだろう。とりあえず登る分には手掛かり足掛かりが豊富なので、岩を越えるのは難しくない。岩場を越えるとアカヤシオの桃色の花が出迎えてくれる。散った花は途中でも見かけたのだが、咲いているものに出会えたのは幸運だった。二子山雄岳の山頂が近づいてくると尾根はアセビのトンネルとなる。黄緑の若葉ばかりに目が行っていたが、よく見ると所々に鈴なりの白い小さな花を付けていた。尾根が広がり、檜の林に入っていくと二子山雄岳の南にある見晴らしの良い岩場の上に出る。更に踏み跡を少し登れば二子山雄岳(882.8)山頂だ。ベンチは若いカップルに占領されていたので、山頂の写真だけ撮って、そのまま雌岳へと向かう。山頂手前で中高年の男性とすれ違う。山中で人に会ったのはこの3人だけであった。
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(大岩 上の画像は下から見たもの 左から巻いて岩の上に出る 下の画像は上の岩場のルート)
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(奥に見晴らしの良い所がある 地面を覆う檜の葉が面白い)
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(アカヤシオ 散っているのが殆どで咲いているのはこれだけだった)
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(アセビ)
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(二子山雄岳の南にある展望の良い岩場)
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(二子山雄岳山頂)
雄岳からは急斜面をジグザグに下る。岩の露出する鞍部を抜けて、雌岳の登りに取り掛かる。以前訪れたときは岩場を下ってしまったのだが、今回は東から巻き道を登る。山頂手前で兵の沢ルートに合流し、二子山雌岳(870)山頂に着く。相変わらず檜と雑木林に覆われた山頂で見晴らしはない。おまけにベンチも無いのには少々困ってしまった。休憩は取らずに二子山を下りることにする。芦ヶ久保駅へは兵の沢ルートと浅間神社ルートの二つが一般的で、今回は9年ぶりに浅間神社ルートを下ることにした。
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(鞍部の岩場)
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(二子山雌岳山頂)
まずは霧濃い林の中の急斜面を下っていく。最初は土の斜面だが、少し下ると岩場の下りになる。霧で地面が濡れていて、岩に乗るとズルっと滑る。トラロープが括り付けられているので、ストックがなければ少しは頼りになるだろう。大きな岩場の手前にロープが張ってあり、立入禁止となっている。9年前に歩いたときはロープの意味が分からず、結局この岩場を、ロープを無視して越えていった記憶がある。今回は浅間神社の道標にしたがって踏み跡をしっかりと辿る。すると熊でも潜めそうな小さな洞穴がある。寝そべる形なら人間でも入れそうだ。
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(檜の植林帯が終わると雑木林の岩場となる)
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(立入禁止のロープが張ってある辺りの洞穴)
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(この岩場が立入禁止になっている)
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(やはり岩場はミツバツツジが多い)
立入禁止の岩場を巻いていくとその後しばらくは傾斜が比較的緩めの尾根が続く。杉檜の林が続くので少々単調になってくる。西へ尾根を分ける所は踏み跡が右にカーブするのだが、奥武蔵登山詳細図にも登山ルートが描かれていないので、西へ下る尾根を歩く人はいないのだろう。一旦鞍部に下り、岩場を越えると696のピークだ。標識の類は無い。ここを越えると雑木林が多くなる。霧も薄くなってきて、新緑を愛でるには良いタイミングだ。道標が現れた所で、踏み跡は左へ曲がる。かなり急傾斜なので慎重に下る。4年前に兵の沢ルートを登ったときにも思ったことだが、浅間神社ルートは下りには向いていない。急傾斜が断続的に現れるルートで、しかもたいていは武川岳から縦走してくる人が多く、どうしても疲れから事故が増え勝ちになってしまうのではないだろうか。
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(緩めの尾根が続く 左手の急斜面には尾根が続いていた)
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(696のピーク手前の岩場)
急斜面が終わり、小ピークを過ぎると浅間山はすぐそこだ。岩場を越えると小さな祠があり、尾根の先端には神社らしき建物がある。地形図だと逆U字型に張り出した辺りで、祠と建物の間は少しスペースがあり、横瀬の市街地と武甲山前にある鉱業所が望める。建物は富士浅間神社のものであった。この先まだ急坂が続くので、休憩を取っていくことにする。
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(先の岩場を越えると浅間山)
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(浅間山の祠)
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(浅間山からの眺め)
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(横瀬市街地を望む)
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(まだ山桜が咲いていた)
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(富士浅間神社)
浅間山直下は岩場の急斜面で緊張を強いられる。岩場が終わり、杉林の尾根になると今度は九十九折が続く。真直ぐ下るよりは遥に下りやすい。調子に乗って下っていると何時の間にか谷地形をトラバースしていた。谷からは向かいの山の斜面にある集落が見える。おそらく芦ヶ久保駅の北に広がる集落であろう。トラバース道は下るにつれて細くなり、おまけに谷側へ傾くようになる。沢を高巻いているので、これは結構怖い。こういう所もあまり下りに使ってほしくない理由である。谷側にパイプのようなものが引かれるようになると広場を見下ろす位置に出る。この広場は「兵の沢あしがくぼの氷柱」の会場となっている。広場へ下り、今下りてきたほうを見上げると小さな滝のような沢が流れている。冬になると先ほど見たパイプから水を流して谷全体を氷の壁にしてしまうのだとか。ベンチがあり、沢水も得られる(※ 飲み水ではない)ので、ここで少し休んでいく。
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(岩場が終わると杉林の九十九折となる)
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(谷の左岸を下る 奥に山上集落が見える)
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(あしがくぼの氷柱の会場を見下ろす)
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(冬はこの一面が凍る)
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(花 これもなんだろう…?)
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(ムラサキケマン)
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(ヒメオドリコソウ)
富士浅間神社の鳥居を潜って、西武線のガード下を抜けると住宅街に出る。以前は住宅街を抜けて国道へ出ていたが、住宅街の手前に道の駅あしがくぼへと至る遊歩道ができていた。まだ工事中のようだが、幸いにも今日は工事が行われておらず、道の駅の裏手へと出ることができた。観光客で賑わう東屋のベンチで装備を解く。もう12時だし、とてももう一座登る気にはなれない。家に連絡を入れ、早めに帰ることを告げる。母親の病気はまだ良くなっていないので、細かく連絡を入れておくと安心するようだ。直売所でトマトとすまんじゅうを買って帰路に就いた。
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(ちょうどトンネルに挟まれた所に会場がある)
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(建設中の遊歩道)
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(道の駅あしがくぼは近い)
DATA:
正丸駅6:17~7:17旧正丸峠~7:50追分~8:12松枝~8:24二子山入口バス停~9:19甲仁田山9:38~10:08二子山雄岳~10:15二子山雌岳~11:03浅間神社~11:30兵の沢あしがくぼの氷柱会場11:46~11:55道の駅あしがくぼ~芦ヶ久保駅
地形図 正丸峠
二子山入口バス停から甲仁田山の間は急傾斜が続き、一般的ではありません。下りに使うのは止めましょう。甲仁田山から下る場合にはアプローチ道路を使った方が安全です。また二子山雄岳・甲仁田山間にある岩場は下りだとわかりにくい所があります。往復するだけの場合であっても慎重に。