のっけから「いまさらのカミングアウト」ですが、
事実なのだから仕方ない。
好きなものに常に接することができないというのは、
現実社会ではよくあることです。
しかも、ここが一番大切なのですが、
おっぱいは「それ単体」で存在するものではありません。
その所有者たる女性と、
セットになっているものなのです。
…いや、声高に語ることではないですね。
ただ、いつも思っていることですが、
AVを観て「ふんふん」しているのって、
要は「おっぱい」を女性から切り離して
見てるようなものなんですよね。
自分の中に少なからぬ性欲があることは間違いないのだけれど、
そういう切り離しに対する照れ…というか「後ろめたさ」は、
いまだに消えないですね。
というか、そういう後ろめたさがなくなったら、
人としての品格にかかわるような気がします。
いわゆる風俗店には(キャバクラ系も含めて)、
いまだに行ったことがありません。
これはもう、ただ単に「割に合わない」という理由だけですね。
お金と引き換えに「おっぱい」を見ているという点では、
AVも風俗店も大差ありませんから。
特定のパートナーができれば「おっぱい」問題も一件落着…
となれば、世の中平和になりますよね。
ただ、やっぱり「おっぱい」の問題って、
僕の中では咀嚼しきれていないんですよ。
新たなパートナーができるたびに、
あるいはパートナーとの付き合いが深まるたびに、
「おっぱい」が頭をよぎるのです。
「あなた」が好きで、
あなたに付いている「おっぱい」も好きで、
それだけで完結していれば何の問題もない。
でも、どうやら自分の中には、
「顔の付いていないおっぱい」もあるらしい。
そんな自分とどうやって付き合っていくのか?
と考え続けていくのが、大人の男なのではなかろうか、
などと最近考えているのでありまする。
【とみしゅう@ケータイ】
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