PCR検査の実施については、推進派と慎重派に分かれて揉めている。
推進派の主張は、陽性者を入院や隔離して感染拡大が防げる、陰性者は就業制限が不要となる、結果が分かれば本人の不安が解消できる、などであろう。慎重派の主張は、陰性でも感染は否定できない、検査の手間や費用が大きい(保険診療価で約18,000円)、無症状陽性者でも入院や隔離が必要となり社会的混乱を招く、などであろう。なお、PCR検査の感度はあまり高くない(偽陰性が30%程度)。特異度は高い(偽陽性はほとんどない)が、陽性が感染力ありとは限らない(感染力ありには偽陽性がある)。
検査の意義は、対象者別に考えるべきである。
①疑う症状のある人:発熱や呼吸器症状のある場合である。保健所等の電話相談だけでは不十分であり、医師の医学的判断があれば、検査を行うべきである。
②症状はないが感染の危険が高い人:濃厚接触者等である。感染の確率が高く検査すべきである。保健所等の判断が不要でも、対象者の不安が強ければ適応がある。
③症状はないが多くの人に接する仕事に従事する人:医療、介護、学校、接客、興業など、多数の人に近くで長時間接する機会がある職業人である。クラスターの原因となり得る。定期的な検査で、感染を防止できるかもしれない。
④症状はないが多くの人に接する機会のある人:入院、入所、乗船、観劇、会食など、一定の密度で、一定の期間、他人と空間を共有する場合である。参加に先立って検査を行なえば、感染を防止できるかもしれない。
⑤症状はないが検査を希望する人:不安解消が主な目的の場合である。③④のような防止の意義は乏しい。但し、無症状の陽性者はあるので検査の意義は否定できない。
⑥症状はないが陰性の証拠が欲しい人:海外渡航等の際に相手先から陰性証明を求められる場合等である。感染予防や不安解消の点での意義は殆どない。
①と②(確定診断)は診断や予防の意義があり、迅速に検査できる体制を整えるべきである。⑤と⑥(本人希望)は、検査実施枠に余裕があり本人が費用を負担するならば許容できる。問題は③と④(拡大予防)である。検査の利得は、陽性者を排除し感染拡大のリスクを下げる、不安を解消するなどである。しかし、それに必要な費用や手間はかなり大きい。陽性の確率は低く、偽陰性もあり、陰性の保証はその時限りで、感染力の意味で偽陽性があり、陽性者隔離の準備をしておく必要がある。逆に言えば、検査特性が安価・簡便・高精度で陽性者に混乱なく対応できるならば、推進すべきである(現状では無理)。推奨者は、PCR検査に過大な期待をしている節がある。
では、拡大予防目的のPCR検査はどうすべきか。検査特性は不変とすれば、この課題は事前確率(想定される陽性率)と感染危険度にかかる。感染危険度とは、感染者が③④の行動をとった場合に感染や死亡が発生する危険度である。その危険度が高ければ、事前確率が低くても検査をする意味はあろう。そこで、事前確率の閾値を定めておき、その時の事前確率の推定値で検査するか否かを決めることはできる。例えば、高齢者施設の介護職には閾値を低く、会話や飲食のない若者の集会では高く設定する。但し、事前確率の推定や、合理的な(費用対効果に見合う)閾値設定は困難であり、一貫しないと更に混乱を招く可能性がある。
予防目的で無症状者まで検査するのは、発症前でも感染力があるからである。しかし、陽性者には感染力のない者(感染力ありの偽陽性者)も多い。先のBlogでも書いたように、日本ではこの先も欧米のような惨事にはならないだろう。であれば、後手で見栄えは悪いが、現状のように、発生後に迅速に対応するのが現実的である。但し、診断目的のPCR検査、感染者の隔離、接触者の追跡が迅速に可能でなくてはならない。また、③で特に危険な職業人については、事前確率が上がった時(市中感染が強い時)には一斉検査を行う意味はあるかもしれない。
PCR検査の運用には、検査特性や検査目的を勘案すべきである。検査性能が現況である限り、拡大予防を目的としたPCR検査を広く行うのは効率が良くない。感染予防策の強化や有症状者の排除を図り、発生時に診断目的のPCR検査を迅速に行うことで、大規模なクラスターの抑制は可能であろう。