第59回全国高等学校野球選手権大会
センバツ優勝箕島・準優勝中村・4強天理などが予選敗退となり、春4強のうち唯一夏も出場を決めた智弁学園・左腕松本(阪急)を擁する東洋大姫路、好投手三谷の今治西、好打者川又(中日)のいる早稲田実、豪腕小松(中日)の星稜などが有力校、前年覇者の桜美林も出場してきた。
この内、早くも1回戦で智弁学園と星陵が対戦。
智弁山口(近鉄等)が小松に投げ勝ち星陵は1回戦で姿を消した。
前回覇者桜美林も早実に初戦で敗退した。
智弁は3回戦で今治西と対戦、0-4で破れ姿を消す。
勢いに乗る今治西は準々決勝で早実を大差で破り準決勝で東洋大姫路と対戦する。
試合は松本・三谷が両者一歩も譲らぬ投手戦、延長10回1-0で東洋大姫路が決勝に進出を決めた。
一方決勝に進んだもう1校は愛知の東邦。
1年生エースの坂本を中心に決勝に進出、坂本投手はバンビと呼ばれ大会中にアイドル並みに人気が爆発したが、残念ながらその後の甲子園出場は無く今大会が最後の甲子園となってしまった。
決勝は松本と坂本の投げ合いで9回を終わって1-1で延長に入る。
延長10回ウラ2死1・2塁から、東洋大姫路安井の夏史上初の決勝戦サヨナラ本塁打が飛び出し東洋大姫路が初優勝を飾った。
当時、学級委員長だった私は市内の委員長の集まる研修旅行に行っており、決勝の模様は帰りのバスの中のラジオ中継で聞いた。
地元兵庫代表ということもあり、皆で東洋大姫路を応援しサヨナラの場面は大歓声を上げて喜んだ記憶がある。
尚、この大会までは現在の様に1県1校制ではなく41代表。
1県1校制(北海道・東京は2校)は翌年の記念大会以降となっている。
1977年夏 東洋大姫路優勝シーン
センバツ優勝箕島・準優勝中村・4強天理などが予選敗退となり、春4強のうち唯一夏も出場を決めた智弁学園・左腕松本(阪急)を擁する東洋大姫路、好投手三谷の今治西、好打者川又(中日)のいる早稲田実、豪腕小松(中日)の星稜などが有力校、前年覇者の桜美林も出場してきた。
この内、早くも1回戦で智弁学園と星陵が対戦。
智弁山口(近鉄等)が小松に投げ勝ち星陵は1回戦で姿を消した。
前回覇者桜美林も早実に初戦で敗退した。
智弁は3回戦で今治西と対戦、0-4で破れ姿を消す。
勢いに乗る今治西は準々決勝で早実を大差で破り準決勝で東洋大姫路と対戦する。
試合は松本・三谷が両者一歩も譲らぬ投手戦、延長10回1-0で東洋大姫路が決勝に進出を決めた。
一方決勝に進んだもう1校は愛知の東邦。
1年生エースの坂本を中心に決勝に進出、坂本投手はバンビと呼ばれ大会中にアイドル並みに人気が爆発したが、残念ながらその後の甲子園出場は無く今大会が最後の甲子園となってしまった。
決勝は松本と坂本の投げ合いで9回を終わって1-1で延長に入る。
延長10回ウラ2死1・2塁から、東洋大姫路安井の夏史上初の決勝戦サヨナラ本塁打が飛び出し東洋大姫路が初優勝を飾った。
当時、学級委員長だった私は市内の委員長の集まる研修旅行に行っており、決勝の模様は帰りのバスの中のラジオ中継で聞いた。
地元兵庫代表ということもあり、皆で東洋大姫路を応援しサヨナラの場面は大歓声を上げて喜んだ記憶がある。
尚、この大会までは現在の様に1県1校制ではなく41代表。
1県1校制(北海道・東京は2校)は翌年の記念大会以降となっている。
1977年夏 東洋大姫路優勝シーン
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