バカな男の独り言・・『良気三昧』

自分の生活観や人生観・価値観・生き様・・・
私生活を日記に綴っていきます。
宜しかったら覗いて行って下さい

とうとう1000番代は最後になります

2016-12-14 20:35:54 | 日常
まさかの2000日目とは想像したでしょうかね

この5年間は病魔との戦いでした

硬膜内髄外腫瘍神経鞘腫のおかげで

下半身の痺れと麻痺は今でも取れないしこれからもこのままでしょう

その後の左肩腱板断裂手術と左鎖骨下の腋窩神経の神経鞘腫で

左肩が動かせなくなり先日の記事のように1年過ぎてやっと左手が頭に

届くようになり今もリハビリに励んでいます

大学病院の関口医師にお世話になり

今でもリハビリ指導と経過観察中です

そして新たに左肩関節の下にやはり神経鞘腫がみつかり

先日の診察でも大きくなったら手術のようです

左肩の麻痺で動かなくなってからの関口医師の顔が忘れられません

『先生。。下半身に続いて肩まで不自由になってしまいました・・・』

と話した時に先生は困った顔して俺をジットみて無言でした

時間をおいて『うん・・そうだな・・』

でもその後先生は一生懸命診察してくれて上司の神経筋の医師に指導を仰ぎ

真剣に俺と向き合ってくれました

俺が『もう不安で・・』と言った時

『俺が診ていくから』

こんなに安心した時はありませんでした

嬉しくて目頭が熱くなりました

そんな闘病生活の日々が今のブログです

この間に妹とお袋を亡くしましたが

思えばこのブログに来て頂いている皆様にどれほど力を頂いたか

本当にありがとうございます

お一人お一人にご挨拶しなければならないのですが

この場でお礼申し上げます

2000日目からもよろしくお願いいたします

有難うございました

無事に1999日目を締めくくれます



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あの頃を思い出せば

2016-12-14 05:10:08 | 日常
1998日前の今頃は・・・

まだ会社員時代の東日本大震災の半年後だろうか

災害の影響はまだまだ日常生活に不便をしいていた

と・・同時に会社に対する不満もMAXに達し

有能な同僚も次々辞表を提出して新たな歩みを踏み出した

彼らの新たな職場を探し友人の会社をまわり

お願いに歩いた

同僚や部下の働き場所が決まったら最後に俺が辞めるつもりだった

その時がやって来ていよいよ自分の順番がきたようだ

それが災害後1年半も経った24年10月だった

 ゆっくり身体のメンテナンスをして仕事の独立を準備し始めたが

心配してた首のしこりの検査途中に胆嚢癌が見つかり25年1月に手術日が決まった

会社立ち上げの準備中で司法書士に書類を提出してた時だった

癌と聞いてそんなに驚きはなく

まぁ何とかなるだろう

その時が来ればその時だ・・・

若干の心配と希望と入り混じった不思議な思いだった気がする

何しろ癌で俺のやりたいことをやめるつもりは無かった

最後までやりたい事をやるつもりで皆の心配が不思議だった

癌であることを忘れて将来の会社の姿に想いをはせていた

そんな日々を過ごしていた頃だった






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