昨日、娘の誕生日だった。
冨山家の跡取りとなる『ジュニア』という存在価値とは異なり、お嫁にいったとしても『娘』は『娘』であり、その位置付けは男親にとって本当に特殊な位置にあるのかもしれない。
そこには特別な聖なる域が存在しているような気がしてならない。
手もとを離れているからこそ、なにもできないけれど、ずっと心配してる男親特有の朴訥とした『気』遣い、『気』配りが心の底に存在している。
心配したからといって、なにも変わらないことはよく理解しているけれど、なぜか『気』を送ってしまう。
飾り気がなく無口で、余計なことは一切伝えない男親を演じているのは、ただただ『鬱陶しい』と思われたくないからだろう。
なぜか娘の前では、実直で素朴な精神性に縛られているような感じがする。
太古の昔、細胞内共生したミトコンドリアなどの細胞質遺伝は母親からしか遺伝しない。
そうなんだ。わが家の住人さんの細胞質のDNAが娘やジュニアに遺伝している。あらためてわが家の住人さんに感謝しなければならない。本当に優秀な子を産んで育ててくれた。
男親のDNAは核遺伝子の半分しか移行しない。わが家の住人さんよりも少ない遺伝情報しか遺伝していないとしても、顔立ちなどの形質が少しでも発現しているのが本当に嬉しく感じる。
今日も娘は病院でコロナと戦ってくれている。なにもしてあげられないけど、なにかあれば駆けつける『気』構えが常にある。
幼い頃、「パパが紗妃ちゃんを守る。この命を捨てても、紗妃ちゃんを絶対に守ってあげるから」って真剣に伝えたら、嬉しそうに安堵し微笑んでいた娘の笑顔がいまだに脳裏に焼き付いてる。
いまは娘を守ってくれる優秀なパートナーに出会い、幸せに暮らしているようだから神に感謝してる。義理の息子にも本当に感謝してる。
まわりの方々からよく言われた。「娘さんを溺愛してるから、お嫁にだしたくないんじゃないの?」
昔から決めていた。ちゃんと子育てしていたら、反対するようなひとを連れてくることはないと思っていた。そんな信念のもと、頑張っていたら、本当に具現化したから嬉しかった。
子どもたちがいつも幸せに暮らしていけるステージにまで導いていくのが親の
夢のカタチかもしれない。
紗妃さん、お誕生日、おめでとう。この1年が素晴らしい年になりますように。父より