プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 榎村寛之「斎宮――伊勢斎宮たちの生きた古代史」

2025年04月03日 | ◇読んだ本の感想。

今回斎宮についての本を、結果的には5冊読んだことになった。
そのうちの3冊はこの人の著書。どれも面白かったですね。
現在御年65歳だから今はどうかわからないが、8年前のこの本の出版時点では
三重県立斎宮歴史博物館の学芸普及課長だった人。

ま、斎宮はある意味マイナーなテーマでしょうから、研究者もそこまで多くはないと思う。
その中でまさに斎宮研究真っただ中の立場ということかね。
何しろ博物館に勤めてたんですから。


今後、斎宮についての本をなんぼか読みたい人に向けて、この3冊を簡単に説明します。
番号は便宜上。

1.「伊勢斎宮と斎王」
2004年発行。一番柔らかい内容。短い話題に分かれたコラム的なので読みやすい。
最低限の数字も挙げられているので簡単過ぎない。牽引もついている。
特筆すべきは、一つの話題について前半部がより基礎的な内容、後半部が
【もっと知りたい人へ】とあって、より掘り下げた内容になっている。
これいいシステム。ボリューム的には半々で、これがちょうどいい。
もっと各所に広がって欲しい。


2.「斎宮――伊勢斎宮たちの生きた古代史」本書
2017年発行。中公新書。中公新書といえばそれで説明は足りるであろう。
これはいい方の新書。わたしは中公新書を信頼している。読みやすく、内容もある。

面白い試みとして、ほとんど世には知られていない歴代斎宮を、人によりそって
――資料がとても少ないので、比較的有名な斎宮でも目鼻がはっきりするほど
キャラ立ちはしてないわけだが――の視点で書こうとしている。

取り上げられてるのは5人くらいだったかな。
それぞれ面白かったんだけど、何しろわたしは記憶力に問題があるので、
斎宮女御という人がかろうじて頭に残った。藤原忠平の孫で村上天皇の女御らしいよ。
歌人としても有名でサロン的な集まりがあったとか。


3.「伊勢神宮と古代王権 神宮・斎宮・天皇がおりなした六百年」
一般書だが内容は研究に近いので、読むのにけっこう時間がかかるし、
ここまで読まなくてもいいと思う人もいるだろう。若干重め。
が、内容は詰まっているし、読んだらとても面白い本。
これは別に独立して記事にしているので、こちらを参照ください。

わたしは3→1→2という順番で読み、それはそれで全然問題なかったが、
読みやすさで言えば1→2→3なので、勘案してもいいかもしれない。
だが細部の情報を入れてから簡単なものを読むと、読んで味わいが深まるので……
まあどっちがベストかは人による。要はどっちも楽しめる。



――この本について言いたいことがもう一つ。
あとがきでね。氷室冴子の名前が出て来るのよ。
著者は彼女と二度ほど面識があり、斎宮が出て来る小説について話したこと、
それが実現しなかったことが残念だと。通り一遍ではない哀悼の意を表している。

好きな作家だった。氷室冴子の死は。早すぎた。
まあ読んだのはほぼ時代物だけで、全体の作品に対しては3割程度だとは思うけど。

今でもめったにない、平安時代を舞台に面白い小説を書いてくれた。
源氏物語など古典の翻案ではなく、オリジナルのエンタメ小説はレアだった。
こんなん書けるんだ!と驚いたよ。こういうものの考証は常に不安だが、
少なくとも違和感のある話づくりはなかった。
面白く読んだよ。大好きだった。今でも惜しむ。

歴史・古典エッセイでわたしを古典の世界へ引っ張ってくれたのは
田辺聖子だが、氷室冴子も同じように田辺聖子のエッセイに導かれて平安時代へ入りこんだ。
わたしにとっては同窓の先輩のような人。


――ということで、著者に対してはこの件で親しみを覚えました。
内容もいいので、斎宮についてさらっと知りたい人はおすすめです。



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89ers、3月30日の試合。

2025年03月30日 | 仙台89ers。
わぁあああああ~ん!(泣)
勝ったよぉぉぉぉ!嬉しいよ~~~~!

まさか秋田に勝てるとは思わなかった。
アナタ、15連敗中ですよ?もう勝てるイメージが湧かない。
毎回毎回、1Qはちょっといいかも?と思わせといて、徐々に点数を離され、
3Qで場合によっては逆転までしたりして、もしかして今日こそ久々に勝てるのか!?と
期待させといて、4Qはメタメタに崩れていく。
――シーズン初戦からこの試合展開をどれほど見たか!

この15連敗の間も、まあそれそれは展開が同じで。
もう同じ録画を流していたらそれで用は足りるんじゃないかと思ったくらい。
……しかし観戦に行く。どれほどMなんだ。

1Qはいい展開、と思わせておいて、相手に最後ブザービーターを決められました。
それも3ポイント。4点差が7点差になって1Qが終わったんですよ。
がっかりすることこの上ない。
とにかく相手の3ポイントがほんとに邪魔だわー。何もそんなに上手に入れなくても
いいじゃないか!もう吸い込まれるように3ポイントが決まる。

それに対してうちは……うちはシューターが足りない印象。
ブースがやってくれる時はビシバシ決まるが、あんまり打ってくれないのよね。
相手に警戒されているせいか。

でもうちが8本成功の34%、相手が14本成功の40%、というのを見ると、
印象よりは差がなかったな。3倍くらい決められた気がしていた。
でもまあ本数では2倍近いから大きいは大きいですが。

うちが良かったのは、数字的にはリバウンドとターンオーバーがわずかに、という感じか。
リバウンドの弱さがいつも気になっていて、今日も勝ててた気はしないのだが、
わずか1点差をこのあたりで稼いだのか。


良かったのは、――やはり最後まで諦めなかったことですかね。
どっちに転んでもおかしくない最終盤の展開。かなりの詰将棋ですが、
ここらへんは、新HCが上手くやったんですかね。
ここが、落合さんは弱い気がしていた。シーズンが進むにつれてHCとして
成長していって欲しいと思っていたが……

残り数秒で、相手のシュートが外れて、リバウンドをうちがとれた時。
世界がドラスティックに展開した。大歓声があがる。まるで勝ったように。
次の瞬間。勝っていた。

感涙。

――長かった。負けが15試合。1月下旬から2ヶ月以上も勝ててないんですよ!
久々に味わった勝利。



星野が久々にある程度プレイタイムをもらって、なかなかの活躍。
フリースロー4分の4は大変ありがたい。
荒谷が中に切り込んだシュートを打ってくれた。

何よりフェリシオ不在のなか、昨日も今日もほぼ40分出続けてくれた
キッドとネイサンには感謝しかない。今までの疲労も蓄積していると思う。
彼ら2人が体力の続く限りプレイしてくれたからこそ今日の勝利があったんだよ。

翔太がずーっと続けるタフディフェンスも尊敬している。
各チームのスピードのある――チームによってはスピードに加えて、高さもパワーもある
ガードに対してずっとついていくんだから。がんばってる。タオルを振るよ。

わたしとしては、うっすらチームのディフェンス強度があがった気がしている。
まあ79点だと微妙だが。
でもここのところ「ディフェンスのチーム」と言えそうもないほどディフェンスの弱さを
感じていたので、今日は多少機能していたか……?
あとは3ポイントを防ぐだけ。って、ダメやん。3ポイントも防がないと。


まあとにかくめでたい。動画を3回くらい見るよ。
……そして今現在1回目の動画視聴をしているわけだが、相手のいいシーンばっかりなのは
どういうことだ?1Qで7点差がついた以外は2Qも3Qも点数的には
まあまあ互角なはずなのに、なんで相手の得点シーンばっかりに見えるんだろう。
見どころは4Qの後半ですね。

まあ良い。勝てたのが全て。うれしいうれしい勝利でした。



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◇ 榎村寛之「伊勢神宮と古代王権 神宮・斎宮・天皇がおりなした六百年」

2025年03月27日 | ◇読んだ本の感想。
大変興味深かった。面白かった。けっこう難しかったけど。

半分くらいまで読んで、間に一週間くらい空いて、後半一気に読んだら
前半の細部は忘れているし、後半は2時間くらい続けて読んだら内容が細かくて若干飽きた。
書いてある内容は興味深いんだが、わたしの知識がそれをはっきり理解できるほど深くない。
加えて記憶力がない。

まあでもとにかく、前半の驚きは――かなり大きな驚きは、
伊勢神宮と斎宮は全く別組織だったということ。
なんだったら利害の対立さえあったかもしれないということ。

わたしは最上位に斎王がいて、伊勢神宮の大宮司がいて、まあ実務及び実際の権力は
大宮司が持っていたかもしれないけど、あくまで斎王が最高権力者だと思っていた。
斎王が参加しない伊勢神宮の儀式もあったと読んで「え!?」と思った。

伊勢神宮は祭主を世襲したい大中臣氏。その下につく宮司たち。
宮司たちに反発をする禰宜層。
それらとは違う権力構造を持つ斎宮。省庁としての機能もある。
経済基盤も違う。奪い合ったり競い合ったりもしたことだろう。



後半は、意外に斎王の重要性は流動的で、重んじられたこともあったし
それに伴って権力を持っていたこともあったが、思ったよりも王権からは離れていたこと。
時代的にゆるやかに衰退したり隆盛したりはしただろうと思っていたが、
むしろ天皇の代それぞれの政治戦略によってがらりと変わったようだ。
皇女を出しているんだから、王権との距離はある程度近いんだろうと思い込んでいた。
そうでもないらしい。

伊勢神宮自体も歴史的に祭神も祭神の立場も変わるし、権力者も変わるし、
もう本当に流動的なんだなあ。
斎宮はおろか、伊勢神宮さえこんなにあやふやな立場だとは思ってなかったよ。

本が終わりに近づくにつれて、内容はどんどん細かくなっていき、
なかなかついていくのが苦労になるが、そこらへんもがんばって読んだ。
頭には入らなかったけど。
メモを取りながら読んだら大変ためになると我ながら思うけれども、
そこまでする根性が……

伊勢斎宮についての本をあと2冊読もうと思って借りてきている。
が、良いのか悪いのか、他の2つも同じ著者なんだよね。
この本がとても良かったので著者自身に不満はないが、史料もそれほどない、
研究者もそれほどいないテーマだと、一人の見方で何冊も読むしかないから
視点が一面的になるよね。
出来れば2、3人の著書があるといいんだが、どうやら市の図書館にはない。
あとは専門書になる。まあ専門書を読むまでではなあ……

いい本でした。





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なぜわたしは伊勢神宮に惹かれてこなかったのか?(自問)

2025年03月24日 | ◆美しいもの。
神社仏閣が好きなんだと認識したのは、初めて京都を一人で回った時。
中学生だった。どこへ行こうかガイドブックを熟読して、――まあ京都だから
観光地はほとんどが神社仏閣なわけですよ。
天龍寺の庭に感銘を受けた。下鴨神社の糺の森の佇まい。蘆山寺のこじんまりした庭のさま。
詩仙堂のツツジの大刈込。寂光院の歴史の香り。南禅寺の門の風格。

そうか。わたしは寺や神社が好きなんだ。
そのわりに地元の有名神社などには興味がなかったが……それは安土桃山時代の
派手な建築のせいなのか。京都が好きだし、奈良も。
奈良・平安あたりの雰囲気が好きなんだなあ。

――というわたしが、なぜか伊勢神宮に食指が動かなかった。我ながら不思議。

出雲大社はずいぶん前に行ったのだが。
宗像大社も行ったし、宇佐神宮も行ったし、京都・奈良のおおどころはだいぶ行ったし、
まあ行きたくても行ってない諏訪神社・鹿島神宮・岩清水八幡などなど、
未訪問の神社も多々あるけれども。

どうも伊勢神宮はよそよそしい感じがする、というのがひとまずの理由かと思う。
具体的には、あの塀の、向こうをびっちり隠している感じがよそよそしい。

伊勢神宮といえばこの絵が使われる、拝殿の入口があるじゃないですか。
階段を下からナメた構図。
あそこの佇まいがねー。とにかく惹かれなかったのよねー。
あの場所はわたしを呼ばない。


今回行くに当たって、もう少し理由を考えてみた。

建物に年輪を感じない、ということはあるかもね。
何しろ伊勢神宮は20年に一度遷宮をするお神社柄である。
ということはつまり、20年ごとに建物は新しくなるわけで、
時代感がついて有難味が増す、という可能性はない。
神明造自体も簡素だしね。神棚をもう少し大きくしたような簡素さに味気無さを感じたのかも。

うがって考えると、「うちの神サマは皇祖神!エライ!」という大々的な主張に
多少辟易してたところもあるかもしれない。
まあ神社なんてのはどこもそれぞれのご由緒を後生大事に奉じるものだし、
そうやって個別化をはかることで経済的にも生き延びていたのだろうから、
わからないわけではないけれど。

歴史的な視点に立つならば、神話などはその当時の政治勢力の反映という側面はあるし、
宗教的に見るとしたら、わたしはスサノオ系統の出雲の方に肩入れをする。
どちらにしても、なんかねえ。という気はしている。
これらも遠々しく感じる要因。



これらの理由は理由として、他に伊勢神宮については昔から不思議に思っていたことがある。
内宮の祭神が天照大御神で、外宮の祭神が豊受大御神ということ。

豊受大御神って、古事記のダイジェストなどには全然出て来ない、キャラクター性のない
神さまじゃない?しかも役割は天照大御神の食事係だという。
食事係であれば、むしろ内宮で同居しているべきでは?
なんでけっこう離れた外宮に独立して祭られているんだろう。

対峙して祭られるのならば、なぜ月読の神ではないのか。
(まあ月読も全然キャラクターが立ってなくてそもそも不思議だけど)
あるいは天の岩戸の登場人物の、アメノウズメ、タヂカラオ、
もう一人あんまりピンとこないけど、アメノコヤネの三柱が祭られているのならわかる。
なぜ突然に豊受大御神なのか。

最近伊勢神宮の予習をしている過程で読んだ本で、伊勢神宮の初期の頃の皇后だか天皇の
母方の出自の丹後だか丹波だかの神さまを持ってきたらしいというのもちょこっと
読んだが……まあそれが定説なのかはわからない。
これについてはいずれものの本を読んでみたい気がするが……



※※※※※※※※※



簡単に結論を言うとですね。
行ってみたらなかなか良かった。まあ当然ですか。

建築的な閉鎖性はやはり感じたけどね。建築というか、……まあ塀、垣ですから建築か。
隔てられてるという感じはした。
でも遷宮から10年も経てば、それなりに侘び寂びの味がついてくるし、
写真でよく見る遷宮直後の素木のピカピカした鳥居や塀よりはるかに良かった。

何よりも印象深かったのは五十鈴川です。
境内を流れる五十鈴川。というのは多分話が逆で、清浄な川のほとりに宮を建てたという
順番の方が正解だと思うが、有名な禊場だけではなく、参道をうねうね歩いてる間に
折に触れて出会う五十鈴川、その表情がどこでも素敵だった。
わたしはここは、川の神さまでもいいと思った。川の姫さまがいる気がする。

冷たかったから一瞬だったけど、水にも触って来た。嬉しい気持ちになった。

だが、伊勢の神社をいろいろまわって――
外宮、内宮、その中にも複数お宮があるし、
倭姫宮にも猿田彦神社にも月読宮にも月夜見宮にも二見が浦にも行ったし、
通りかかった小さいお宮も合わせると十ヶ所じゃきかない、
気分は神社オリエンテーリング――思ったことは、

形がみんな同じ、ということ。

もうね、大小さまざまあれどもみんな神明造り。笑っちゃうくらい神明造り。
なので、一つ一つの神社の記憶はありません。写真はそれぞれ撮った気がするけど、
おそらく撮った写真を並べてみても見分けがつかないと思う。

雰囲気が違ったのは唯一、猿田彦神社ですね。ここはなんというか、近しい雰囲気。
多分垣で隔てられてないからでしょう。そんなに広くもないし、古い建物でもないけど
好きな神社でした。
ここでおみくじを引いて、「あ、なんか大吉な気がする」と予感がして
実際に大吉だったので嬉しかったです。


おはらい町、おかげ横丁の雰囲気もベタですけれどもなかなか楽しかったですね。
行ったのはまあまあ早い時間だったので、行きは人通りの少なめなところを、
帰りは人が増えて賑やかなところを楽しみました。

行きは赤福本店で赤福。これが朝食です。吹き抜けのお座敷で寒いけれども、
ところどころに置かれた火鉢がなにやら床しい感じ。
江戸の昔から、旅人がこうやって名物を楽しんできたんだろうなあと思うとニコニコしちゃう。

店の外に流れるのはここも五十鈴川。ここまで下流になると、内宮境内より
だいぶ川幅が広くなり、川の表情も変わります。お座敷から見た川もいいし、
近くの橋から見た川も好き。

内宮の肝は、川でした。




とはいえ、天照大神については引き続き親しみを感じないのですが……
出雲の国譲りの違和感がどうも強固にしみついてるのよねー。

スサノオは乱暴者だっただろうけど。高天原追放されて下界に来てからの活躍は
ヒーローですからね。ヤマタノオロチ退治。ロマンス付き。
オオクニヌシに対してはおっかない義理の父。
やってることも実はけっこうエグい。でもどこかユーモラスで憎めない。

それに対してアマテラスは、たしかに天岩戸のエピソードは目立っているけど、
でもそこでキャラクターが立っているかというと、それほどではない。
むしろキャラが立っているのはアメノウズメとタヂカラオ。
アマテラスは中心人物ではあるけど、主役ではないですよね。
まあ他の二人(二柱?)が主役かというと微妙だが。

そしてその後、孫を下界に派遣して(平和にオオクニヌシが統治していたと思われる)
出雲の国を根拠なく奪い取る……と、どうしても見えませんか、普通に読んだら。

えー?理不尽!と思うし、どこか別のところで平和に暮らせよ、他人の土地を欲しがらず。
と思う。ここがアマテラスに親しみを感じない点。
お日様は好きなんですけどね。



しかし結局、みんながお伊勢さんをもてはやすのにへそを曲げていた、という結論……

わたしにはそういう傾向があります。ベストセラーしかり。アイドルしかり。
みんなに人気なものにはつい横を向きたくなる。
性格が悪い人にはありがちなことです。まあ昔からそうだから、
今後この部分が変わるとは自分でも思わないが……

伊勢神宮。いいところでした。



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◇ 中村弦「クロノスの飛翔」

2025年03月22日 | ◇読んだ本の感想。
中村弦3作目。そしておそらく最後の作品。
この後多分書いてないんだよね。うーん、そうかあ……。
本人が書かないと決めたのか、依頼する人がいなかったのかわからないが、
わたしとしては少々惜しいけどなあ。

前二作がふわりとしたファンタジーだし、このタイトルだったので、
同じようなものを予想して疑いもしなかったのだが、今回はだいぶ毛色が違いました。
何しろ戦争のシーンから始まりますからね。
それも泥臭く、いや~な感じ一方の戦争。非人間的な上長とか。

で、戦争に出ていた主人公が戻ってきて、戦後の生活の中でようやく平和な生活が
始まるのかと思いきや、なかなかいつもの中村弦にならない。
もしかしてずっとこの暗めのトーンでいくのか?珍しー。

結局のところ、最後は後味いいし、ファンタジーでもあるということで
通常営業と言えないこともないが、いつもの中村弦よりもだいぶ暗めでした。
まあわたしにとっては暗め。普通の人が読んでツライと感じるレベルではない気がする。


伝書鳩の話なんですよね。戦争中に伝書鳩係をやっていた主人公が、
戦後は新聞社に入って記者をやっているんだが、新聞社で飼っている伝書鳩に
数奇な縁を感じて……というところから始まる。

鳩が可愛かったです。健気で。鳩視点の部分もほんのちょっとあり、
もちろん鳩が何を考えているかなんてのは想像でしかないわけだが。
この人の主人公は誠実でいい人だから、共感が出来やすくて好き。

だが、正直言って終盤になるに従って少々ストーリーは無理になる。
いや、無理というほどではないか。作者は納得感にかなりこだわる人で、
こういう結果になるからここで描写や設定を作っているんだなあというのがよくわかる。
こういう部分、いいと思う。納得できる。


この人の作品は、地味は地味だったが。でも丁寧に書いてあって好感は持てたね。
ものすごく好きかというとそこまでではないが。
丁寧に書くから準備に時間がかかるタイプだろう。
まあなあ。何年かに1冊のペースだと本業は止められないだろうし。
本業が忙しくなったらその他に本を書くのは大変だろうしなあ。
3冊。楽しませてもらった。ごきげんよう。


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< おらが春 小林一茶 >

2025年03月18日 | ドラマ。
先日亡くなった西田敏行追悼のためのドラマの再放送。
2002年だからもう20年以上前。西田敏行が一番脂がのっていた頃かな。
まあ西田敏行は相当に長く脂がのり続けた人だから……ピークが長い。

まあさすがに20年以上たったドラマは多少現代とは感じが違いますわね。
このドラマはあまり濃くない内容をサクサクと進めていたイメージ。
それはそれで潔くて良かった気がする。それが最上だとは思わないけど。

小林一茶のことはよく知らない。
このドラマは田辺聖子の「ひねくれ一茶」をベースにしているらしい。
わたしも田辺聖子の古典エッセイで読んだ範囲での一茶しか知らないかもしれないなー。

一茶は憎さげな人だったんだろうと思いますね。実生活では付き合いにくいタイプ。
今回のドラマでは西田敏行の雰囲気がちょうど中和して、狷介さと若干の可愛げが
上手に同居していたけど、実際は気が合う人としか付き合えなかった人じゃないかと。

それなのに句は可愛いですよね。
わたしは有名な句しか知らないが、この小さきものたちへの温かい視線は
やはり他人にはない、独自の個性だと思う。
あれですよね。鳥獣戯画に通ずるような感性を感じる。

今回のドラマでは、知ってる句以外のものも豊富に出て来て良かった。
そして句を書いたフォントというか、文字も温かみがあって稚気があって良かった。

イメージより生活には苦労してなかったのかな。
家と土地を継母と異母弟と争ったエピソードはあったが、そんなに大きな家と土地である
ようには思ってなかった。暮らすのにかつかつくらいの自作農かと。
俳句の宗匠が本業だとしても、当時の信濃で人を雇って耕させるくらいなら
けっこう余裕がありますよね?

家族と喧嘩して、晩婚で、子供と最初の奥さんをみんな亡くして、
その後も若い後妻をもらい……というアウトラインだけを見ると、
わりと殺伐とした人生を想像するのだが。
でもドラマでは最初の奥さんとも二番目の奥さんとも仲睦まじく……
こういう風に描いてくれると平和でありがたい。

が、「何人おらの子供を殺せば気がすむんだ!」……は、これを言ったらもう終わりだと思う。


20数年前のドラマ。
石田ゆり子も寺島しのぶも若くて可愛かったねー。洞口依子も地味だがいい役だったね。
継母は三林京子という人。正直見覚えはないのだが、上手でしたね。
かたせ梨乃もあっさり退場しちゃったけど、こういう役でよく出てましたね。
杉浦直樹なる人は、名前は憶えてなかったけどいろんな作品で見ていた気がするよ。

あとは自然描写が美しくて良かった。
信濃の山。菜の花畑。空の青。蛙の緑。
折にふれてたっぷり自然描写を入れてくれて目に優しい。
願わくはこれが実際の信濃の山々であらんことを。

旅の途中で立ち寄った滝は、北斎の絵にある阿弥陀が滝だったりしますかね?
あの丸い滝口がそれっぽいと思ったのだが。
信濃と江戸の往還には通らない位置関係であるようだけれども。



近頃、昔のドラマ見てしみじみとするなあ。
以前にはなかった感覚な気がする。歳ですねえ……。


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◇ ドナルド・キーン「渡辺崋山」

2025年03月15日 | ◇読んだ本の感想。
渡辺崋山についてほとんど知らないので関連図書を何冊か読んでいるのだが、
外国人が書いたものだと思うと、少々腰が引けますね。
自分の知識がないから内容の正誤の判断が出来ないんだもの。
恐る恐る読んだ。

まず最初に、気になったことを。

読み直しをして正確な言い回しを探すことは面倒なのでしないけれども、
(だから精度的にはあやしいけれども)
「歌舞伎はキリスト教の寸劇から来ている」と書いてあるのは正直引いた。
誰だったかの(外国人の)論文でそういうのがあったらしい。

いや、そんなことを言われても。
歌舞伎といえば出雲のお肉……もとい、阿国というのは受験知識的に条件反射だし、
(ところで、この漢字でなぜ「おくに」と読むかね?)
どう考えても猿楽及び能の下地があった上での歌舞伎だろう。

こういう不用意なことはあまり言わない方がいいと思った。
自分の影響力を認識して欲しい。
まあわたしも該当の論文などを全く読まないで否定しているのは不誠実だが、
日本人としては頭から否定したくなる条項である。

わたしは以前より、踊りから演劇になる流れには若干疑問を感じていて。
それはたしかに現在でも歌舞伎の演目として踊りは主要な一つだが、
劇としての流れは能からの影響の方が強い気がしている。
「俊寛」とか、共通する演目もいくつかあるわけだし。
意外に能との関りはあまり言及されないよね。


もう一つ、日本人は中国の歴史は絵画にするが、日本の歴史は全く描く価値がないと
思っていた、とあったこと。
これはまあ言い回しというか、とらえ方の若干の齟齬の範囲だと思うが、
わたしとしては描く価値がないのではなく、絵画は風流なもの、美しいものを
描くものであって、日本の歴史は風流の範囲にはなかったと思われていたのだと思う。

それに対して中国の故事は故事成語など、より文学的なイメージと結びついて
風流の範囲だったのではないかと。
まあ歴史画としては応天門の変を描いた伴大納言絵詞とか、平治物語絵巻とか、
後三年合戦絵詞なんかもあるわけだしね。

なんかもう一つ小さめのものがひっかかった気はするが忘れてしまった。
以上、二点が気になったところ。
ちなみに読み直して確認はしていないので、わたしが間違って読んでいる可能性はある。



それ以外のところはおおむね納得しながら読んでいた。
この本は約300ページのまあまあみっちりした内容で、渡辺崋山の評伝としては
かなり主要なものの一つだと思う。
ドナルド・キーンは、晩年には崋山の地元である田原市博物館の名誉館長に就任している。

特筆すべきは、彼の政治的な人生とともに、芸術家の部分にも多くを割いているところですね。
歴史学者は主に政治的な面を見る。美術研究家は画家としての渡辺崋山を書く。
ドナルド・キーンはどちらも詳しく書いている。それはアドバンテージだと思いますね。
まあわたしは渡辺崋山の絵がすごく好きというわけではないが。
きれいな絵が好きだから。

あと、前藩主の異母弟で、経済的な(理不尽な)事情から藩主になれずに隠居させられた
三宅友信との関係もこの本で知れて良かった。
この人はこの人で失意の人だが、崋山が励まし、蘭学という愉しみへと導き、
その後息子が藩主の地位についたことによって、まあ不遇の一端は報われた形になっている。
これがあっただけでも、崋山は主を救ったと言えるのではないか。
のちに友信は崋山の略伝を書く。それを読んで後世の我々が崋山を知る。
細く細く続いていくもの。

全て貧乏が悪い。……というのは簡単だが、まずはそれしか言えないよねえ。
田原藩は貧乏だった。何しろ土地も狭ければ交通の要衝というわけでもなく、
海には恵まれた土地柄だっただろうけど、加工技術や冷蔵技術がない時代は、
せっかくの海の幸も運べないし、保存が出来ないから恒常的な資源にはならなかっただろう。


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89ers、3月12日の試合。

2025年03月12日 | 仙台89ers。
また負けた。――以上。


勝てなくはないと見えるのだが。前半は相手もけっこうミスしてくれてたし。
だが最後の5分でボロボロボロと崩れましたね。一体なんなんでしょうか。
何かの呪いでしょうか!

今日は正直、審判にも納得できませんでしたよ。
相手も不満はあっただろうけど、こっちは4Qの残り5分前後に3連続くらいで変なジャッジがありました。
このタイミングで3つも続いたら……それは大きいでしょう。

とはいえ、それが主原因ではないですからね。
負け癖がついてしまった。もう最後まで集中力が持たない。……見てるわたしが。

ああ、もう一度くらい勝ったところを見たいよ!!!!
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< べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 6話くらいまで >

2025年03月09日 | ドラマ。
ま、話が地味。大河っぽくない。
――とはいえ、今まで知らなかったことを知れるのは面白い。
大河と思いすぎなければ、こういうやり方はありだなあ。
何度もこすられまくった戦国時代よりもずっと興味深く見ている。

6話くらいまで見たかな。この時点でそんなに話が動いていない。
通常、大河の最初の数話では子供が大人になったりして大きく動きますからね。
今回の主役、蔦重は最初から大人。というか、若者。演じ手は横浜流星。
比較的狂言回し的な役割の主役なので、話自体も地味めだし、主役としても地味。

だが当時の出版業界についてって初めてくらいに見るドラマだし、吉原は映画やドラマに
それなりに取り上げられているけど、裏側を描いたものは比較的少ないし、
なるほどなるほど、と思いながら見ている。

ただ吉原の顔役たちが頻繁に集まっているわりには
何にもしてないのがちょっとつまらない。蔦重だけが孤軍奮闘している。
大人たちは大人たちで何かはしているように見せた方が面白かっただろう。

納得できない部分は、高橋克実が、もっと花も実もあるおとっつぁんが出来るはずなのに、
なんでこんなにきつく当たる?ってキャラになっていることだなあ。
血は繋がっていないとはいえ、実は蔦重に期待している……らしいのだが、
あの高橋克実の演技では、憎しみにしか感じない。厳しいけれども、実は温かみのある父、
なんて大得意の役だろうに。

あとこれはわたしの好みの部分だが、数ある花魁役の中で、一番中心になる花ノ井が
小芝風花では物足りない……。
わたしは「美食探偵」で彼女を見て。これはそもそも台本がつまらないドラマだった。
なので彼女だけの責任ではないのだが、正直今三つくらいの満足度。
今回の役柄も、太夫を張るような花魁の迫力には欠ける。

可愛い役柄なら良かったと思うのよ。たとえば同じように蔦屋に拾われた、
茶屋の女中の一人などという役柄ならば。
花魁のあでやかさはないもんねえ……。この人だけはずっと納得できずに見ている。

あ、納得できないといえば、もう一人いた。
田沼意次を渡辺謙にしなくても良かったんじゃないかと。
近年、田沼の見直しが進んでいて、彼を善役に描くのは大いにありだが、
そこはもうちょっと洒脱な味を出しても良かったんじゃないか。
現行の渡辺謙では重厚な切れ者でしかない。田沼は切れ者一方で出世したわけじゃなく、
人間関係を上手く泳いで、というイメージがあるんだよなあ。

渡辺謙もそういう演技指導が入れば、軽さを入れることは可能だったと思うが、
演出は重厚一方の田沼で良かったのかね?


横浜流星は「あなたの番です」だな。当時は単にイケメン枠な感じ。
先日NHKのトーク番組を録画してたものを見たが、
6年経ってずいぶんスカした感じになりましたね。まあそんなに悪い意味ではなくて。
今の方が素に近いという可能性は大いにある。

狂言回し的な主役は難しいもんだと思う。そんなにメリハリないから。
でも出すぎず、ひっこみすぎず、嫌味なくやってるなーって感じ。
中盤、終盤ともっと蔦重の話になっていくんだろうし、けっこう良さそうな気がします。
中年くらいの蔦重の話が一番密度高いだろうから。期待している。

特に脚本の失速などがない限り、最後まで見続ける予定ですー。
でももうちょっと派手なところも欲しいかな?蔦重の周知のエピソードは、
多分放映でいえば9月10月というあたりだろうから、そこまでどう繋ぐのかですよね。
まあけっこう先は長い。



――その後7話を見て、「おっさんたちの蔦重虐めっていつまで続くの?」とちょっとげんなり。
ここらへん話動いてませんよねえ。本屋仲間はわかるが、
吉原の大人たちはもうとっくに蔦重の味方になっていてもいいころだが。
この構図にはそろそろ飽きたよ。
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◇ 駒田利治「伊勢神宮に仕える皇女 斎宮跡」(シリーズ遺跡を学ぶ)

2025年03月06日 | ◇読んだ本の感想。
これよ、これ。こういう本を求めていたの。
ほとんど知識がない「斎宮」についての基礎的なことを教えてくれる本が。
この本はまさにわたしのニーズにぴったり。

「とんぼの本」的なサイズ感、構成の本。この類はたくさんありますよね。
とんぼの本はかなり趣味寄りの構成で、見て楽しいものが基本コンセプトだけど、
このシリーズは「遺跡を学ぶ」だから、とんぼの本よりは若干絵面が地味。
でも写真だけじゃなく、表でわかりやすく見せてくれる部分も優れてるから、楽しく読んだ。

わたしが一番知りたかったことは、「どういう立場の皇族が斎宮に立ったのか」
だったのよね。
それを非常にわかりやすく一覧表にしてくれていたのでテンションが上がった。

673年の大伯皇女任命から1333年任命の祥子皇女まで、
実在が確認できない3人を含めて67人。
天皇との続柄は、不明の6人以外、娘20人・異母姉妹20人・同母姉妹2人・
おば4人・いとこ3人・姪3人・遠縁8人。数えミスあるかもしれないが。

こうしてみると同母姉妹の少なさが目立つな。
基本的に天皇の代替わりで任命されるから、若い天皇の場合、同母妹は幼すぎる傾向は
あっただろうし、単純に同母姉妹と異母姉妹の人数は異母>同母であるのはあるだろう。
それにしても10:1はわりと意外……
娘が20人で異母姉妹と同数なのにねえ。
同母姉妹は賀茂斎院に任命されがちとか、そういうこともあったのだろうか。

もう一つ知りたかったのは、斎宮が送る日常の生活の部分だが、
これは「遺跡」から知り得る部分は限られるだろうね。
発掘品として硯や土器はそれなりの数が出て来ているようだけれど、
そこから再現できることは少ない。
これは文書の方からだろうけど、斎宮関係の公的史料はあっただろうが、
何ということもない斎宮の日常を書き残した史料の存在は期待出来ないだろう。

斎宮寮の頭は従五位相当らしいね。地方官と同じレベルですか。
もう少し上の者が務めるイメージだった。
時期によって増減はあるけれど、斎宮寮に勤める人数は500人前後。
命婦から女儒まで50人前後。思ったよりも多い。
これも得られて良い情報。

遺跡発掘の建物詳細などはうっすら退屈だったけれども、復元模型なんかも
写真で見られたのでありがたい。まあこの本の本筋はこれですよね。


この本がとても良かったので、シリーズ「遺跡を学ぶ」を1からずっとツブしていこうかと
ちょっと思ったが、続巻中(であろう)なのにすでに60冊あるんですよね……
薄いとはいえ60冊増えるのはどうかと。
まあ、課題図書リストは優に1000冊は超えてるんだから、60冊増えたところで
どうでも良いというか、1000冊あるんだから60冊も増えたら大変だというか、
どっちの考え方を採用するか。悩み中。

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< 十角館の殺人 >

2025年03月03日 | ドラマ。
絵柄の古さから昔撮ったドラマの再放送かと思ったが、そうではなく
単に1986年が舞台というだけだった。
執筆時の時代設定にした方が納得感は増すのかね?
まあ現代を舞台にすると、スマホは絶対に登場させる必要はあって、
ストーリーにだいぶ影響するだろうが。

――しかし冒頭のシーンはかなりツラかった。
演技力がなあ……。役柄が大学生だから若い役者が出て来るのは仕方ないけど、
ああいうところから物語がスタートしてしまうのはかなりマイナス。

演技ってさ。距離が遠ければ遠くなるだけ力んで無理が見えてくるのよね。
1メートルの距離での会話はそれらしく演技出来てもそれが3メートルになると、
途端にハードルが上がる。
室内と屋外でも違う。屋外での演技って白々しくなりがち。
人工物に囲まれてないからでしょう。

それを、冒頭ボートに乗って波の音に声をかき消されながら演技しろというのは……
演出も脚本も考えなかったのだろうか。上手い役者だって厳しい状況だと思いますよ。
しかもそもそもの話からして、あだ名が「オルツィ」だの「エラリー」だの、
けれんみたっぷりの設定なんですから。
慣れてなさ過ぎて。絶対こんな呼び方しとらんやろ。
「自然な演技」を学んでいる最中な若者たちには難しい。



ネタバレあります。













これ、4話の最後で犯人が判明するが、全5話のドラマにおいてそのタイミングで良かったか。
と、疑問に思ったが――まあ仕方ないのか。

これは原作の責任でもあるしなー。原作の瑕疵は原作の瑕疵としてドラマを責めるのは
止めよう。あ、ちなみにわたしが原作を読んだのは数十年前で、内容については
欠片も覚えておりません。

最後の5話は犯人のナレーションで終始する。これもどうかと思ったんだが、
無理めの動機を心情描写で何とか乗り越えなければならないんだから、
この形式しか無理だったかもね。

この作品は綾辻行人のデビュー作だそうだ。
そうするとねー。この人はねー。新本格のかなり初期の人だから、
リアリティよりも推理のパズル性を重視するのよね。
わたしはそれは好きなんだけど、ドラマにするのはねー。難しいよねー。

ドラマだとね。小説だと使えた目くらましがあまり効果的に使えないという弱みがある。
早い話、ストーリー上でいうと十角館にみんなを招いたのはあの人なんだし、
極力目立たせないようにしていることもあるし、
メタ的に言えば、一人だけ役者の力量がありそうなキャスティングだったこと、
機動力をさりげなく映すこと、――で、犯人はあの人かあの人しかあり得なくなるのよね。

説明された殺人の事実も――いろいろ無理があると言わざるを得ない。



青木崇高と角田晃広がいるシーンは快適。とはいえ、青木の方は
そんなに美味しい役柄じゃなかったわね。
探偵役じゃないよねえ?そして、若い方の子も主人公じゃないよねえ?
二人のうち一人で良かったのに。
でも若者にすると演技的に心もとないし、青木にするともう一人との連絡が出来なくなる。
うーむ。

最終盤、あんなに古めかしい画面作りにしたのは吉と出てるのか凶なのか。
ちょっとこだわりすぎだと感じた。映すものは事件当時のものでいい気がするけど、
それに合わせて構図まで昔に戻すことはなかった気がする。
まあこだわりがあったんだろうね。

腹は立たないし、今後ミステリの名作のドラマ化もどんどんやって欲しいが……
やっぱり難しいんだろうねえ、と言わざるをえない。
今度は島田荘司の「占星術殺人事件」をやってみて欲しい。にやり。



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◇ 木々康子「林忠正 浮世絵を越えて日本美術のすべてを」

2025年02月28日 | ◇読んだ本の感想。
この著者の作品は2冊目。1冊目もなかなか面白かった。
今回のこれはさらにちゃんとした評伝。

実はこの人は、旦那さんのお祖父さんが林忠正らしいのね。
なので、家族内で言い伝えられた話もあるし、残した絵画も(わずかながら)あるらしい。
とはいえ、「我が家の話」ではなくしっかり調べられている。
大学に属する学者だった経歴はないようだが、冷静な書きぶりで最初は学者か?と思っていた。

この本は林忠正の出自(加賀藩支藩の高岡……いや、支藩じゃないのか?
まあ加賀藩に追従する高岡という地域で、蘭方外科医の息子として生まれた)から詳述する。
そこから書いているので、林忠正が自分の利益も大事にしたけれども、
広い視野を持って行動した人物であることが納得できるようになっている。
1冊目を読んだ時は、もう少し身内びいきが入ってもいいくらいだなあと思ったが、
2冊目は多少身内感が増していた。

この人が林忠正の身内として一番いいたいことは、多分以下のこと。
「浮世絵を山のように売りさばいて貴重な美術品を流出させた売国奴」という声に対して、
彼は浮世絵にはそこまでの価値を感じていなかったこと、
浮世絵が怒涛のように海外流出した際には、まだあまり浮世絵には手を染めてなかったこと、
願っていたのは(商売と並行してではあっても)
日本美術の最良の部分を世界に紹介したいということ。

商売だけを考えて節操なく売りさばいただけではないし、
良い工芸品も多く扱ったが、良い物は人を見て売っていたそうだ。
そして日本美術の最上のものは手元に残し、日本へ持って帰って来たもの、
あるいはヨーロッパで非常に深く付き合った人に譲ったものが多いと。

こう書くと身内びいきと感じるかもしれないが、実際に読むと抑えた筆致で書いてあるので
その部分は気にならなかったです。
……だが、この冷静な書きぶりを全面的に信頼したくなるので、その辺は自重せねばと思う。

ここのところ、本を読んでも「この本に書いてあることは妥当なのか?」と
考えすぎてしまって……
昔からそう思いながら読書をしてきたつもりだけれど、特に近年、
悪意をもって嘘を書く人もいるから、ついつい疑心暗鬼になってしまう。
こういう読書は疲れますよ。もっと気軽に読めてた時代に戻りたい。


それはともかく、林忠正について3、4冊読んだらいいだろうと思っていたが、
興味深い人なので、図書館にある本はツブしてみる。といっても6、7冊だけど。
木々康子以外の書き手がどう書いているのかも見たいしね。

林忠正の同時代の日本美術愛好家についても広く書いているので面白い。
ゴンクール兄弟とか、ピングとか、そこら辺の人の話も読んでみたくなる。
……しかし「ゴンクール」を図書館のサイトで検索すると、
「コンクール」も拾われてしまって、検索結果が何百冊にもなってしまうんですが、
これはどうしたらいいですか。



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< ゴジラ >

2025年02月25日 | テレビで見た映画。
わたしは「ゴジラ」を誤解していた。

「ゴジラ ー1.0」を録画したので、その次の週にやった「ゴジラ」も録画したのよ。
しかしわたしはこれも派生作品だと思っていた。いっぱいあるでしょう。
そしたら、昭和29年製作のファーストゴジラでしたー!見始めて気づいた。

昭和29年の日本映画は見なくていいよね?と見ずに消そうとしていた。
しかしまあ、見るだけ見てもいいじゃないかと思い直し。
つまらなければその時点で止めればいいんだし。

そして最初に戻る。――わたしは「ゴジラ」を誤解していた。


「ゴジラ」って、子供向けの特撮映画だと思っていたんですよ。ウルトラマンのような。
そしたら全然違いました。大人向けの映画でした。
そして特撮映画ではなかった。いや、特撮ではあるんだけど、SF映画でした。

まー金も時間も手間もかけて撮っていらっしゃる!驚愕した。
これが昭和29年に作れたのってすごくないですか?
こてんこてんにやられた敗戦後、まだ9年ですよ?
食うや食わずの時期が、少なくても数年は続いた後でしょう。
この頃に映画にこんなに力をつぎ込む……。映画界は情熱があった。

話はごくゆっくり。なかなか進まないのでテンポが悪いと思う人もいるかもしれないが。
でもこんなに丁寧に撮ってくれてるとね。
テンポが悪いではなくて、じっくり描いていると感じる。

大量のエキストラ。細かい場面割。現代だったらたとえば3シーンで表現するだろうところ、
体感では倍以上かけてセットもたっぷり作って撮っている。すごく贅沢に感じる。

序盤の荒廃した島のセットとかも作ったんでしょう?
CGでごまかせたりしない時代。CGはCGでお金かかるんだろうけど、
リアルで壊れた家や石だらけの荒廃した島の風景を作る労力たるや。
ずーっと「うわ、これも作るんだ」「ここまで撮るんだ」と感心していた。

子供だましだろうと決めつけていたゴジラも、想像よりずっときれいだった。
闇夜に浮かぶ姿に照明を当てて、チープさが出ないようにしていた。
終盤、どう見ても人型だなー、人間が入ってるなーという場面はあったけど。
あの海にかかった大きな橋を破壊するところなんかはね。
でもそもそもの予想が「ウルトラマン」あたりの特撮感だったから、だいぶ凝ってました。
すばらしい。

昭和29年の風俗も楽しめましたしね。
「お父さま」が普通に使われていた時代。女性はたおやか。
女性議員と男性議員の口喧嘩も面白く、ゴジラに襲われて死んでしまうアナウンサーの
表現も時代が感じられて面白かった。当時のアナウンサーは誇りを持っていたんだなあと。

ゴジラが東京を火の海にした場面も、あれミニチュアを燃やしたんでしょう?
けっこうな量でしたよ。想像の3倍くらいの量。美術班、本当にお手柄。
まあちゃちっぽさが出ているシーンもなきしもあらずだが、それは昭和29年だもん、
仕方ない。車や電車のクラッシュはミニカーでやるしかないでしょう。

役者の区別はあんまりつかなかったが、それは許してもらおう。
ヒーローとヒロインとその父とその許嫁がわかっていればいいでしょう。
宝田明はかなりおじいさんになってからしか見たことがないので、若い頃を見ても
全然わからなかった。


いや、いいもん見せてもらいました。頭が下がる。
この初号機があって、後世の数々のゴジラに繋がっているんだなあ。
それを知っていて見るのと知らずに見るのとでは見方がだいぶ変わりそうだ。

だからといってつまらない映画が面白くなったりはしないが(「シン・ゴジラ」とかね)
でもあれだって子供向けと思っていたからこそ、作りが疑問だったが、
初号機からの流れを汲めば、肩書をやたらと並べる大人向けである必然性はあるし。

まあとにかく驚いた。当時の映画人の情熱と志を感じた作品でした。

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◇ テオフィル・ゴーチエ「魔眼」

2025年02月22日 | ◇読んだ本の感想。
ゴーティエというかゴーチエというかが悩みどころ。

折にふれて目にする名前ながら、全然作品を読んだことがなかったので
今回重い腰をあげて読んでみた。
どんなに小難しい話を読まされるんだろうと戦々恐々としていたが、
喜んでください!とても平易なお話でした。

いや、こんなに平易な語り口でいいの?と思ったくらい。
文庫本1冊に「魔眼」が多分中編で半分くらい、「金の鎖またはもやいの恋人」と
「クレオパトラの一夜」が短編。

「魔眼」はとても素直な小説。舞台設定は19世紀くらいですか。
本を返してしまったので、記憶はとてもあやふや。

スペインに来ているフランス人の男とイギリス人の父と娘。
男と娘は婚約中。
が、迷信深い土地柄で、男がなぜか「魔眼」認定されてしまう。
魔眼とは、本人の意思に関係なく、見られた人を不幸にしてしまう能力。

男は自分でもそうと信じ、病弱な恋人を死に追いやってしまうのではないかと恐れ、
最終的に恋敵のスペイン貴族を決闘で殺した上に、自分で自分の目を抉り出し、
しかし恋人は死んでしまうという救いのない物語。

もっと漢語の多い、きらびやかな、読むのに時間がかかる文章だろうと思っていたが、
語りの系譜と感じたくらい平仮名が多めの文体。
これは本人の文章からしてそうなのかね?翻訳のテガラなのかね?
とはいえ、凝った文章を平易に訳すのは違うだろうしなあ……。不実な美人になってしまう。

話としても正直、安易とも感じたほどおとぎ話的だった。
小説として、なぜ魔眼認定されたのかとか、男がなんで自分を魔眼だと信じ込んだのか、
納得できないところも少々あった。
まあ小難しい話を読むよりは楽だったのでいいんですけども。

2番目の「金の鎖~」は古代ギリシアの遊女の話。これは元ネタがあるんだろうね。
高級遊女がいろいろあって恋人をもう一人の遊女と共有し、
最終的には仲良く3人で暮らすという、これもまことにファンタジー。

3番目はクレオパトラが気まぐれに美少年を愛する話。……だったか?
うん。まあ何しろ短編だから印象に残らない。記憶力の問題だが。

結論として、読みやすかったのはいいんだけど、正直言って毒にも薬にもならぬというか。
これは本人が意識してお伽話として書いたのかなあ。
そうであればまた見方が変わるが、こういうのばっかり書いているのだったら、
なんか今までのゴーチエの高名が……。別に悪い作品ではないけれども、
良くも悪くも普通なのよ。

評論系で小難しいことを書いている(のではないかとわたしは決めつけている)のであれば、
もう少し高踏的な作品でもいいんだけどね。
もう2、3冊読んでみる。

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< 結婚するって、本当ですか >

2025年02月19日 | ドラマ。

4話か5話まで全然ひっかかることなく面白く見ていたのに、
それ以降、あれ?と思う話が続いて。
うーん。ふわふわして、いいところはいいんだけど、
納得できないところは納得できないというアニメ。

王女の話も、あれ?ではあったけれど、まあこういう話ではありがちだよね。
でも愛妻家の同僚の話はなあ。すっごい適当じゃなかったですか?

まず一人が休んだからってそんなに電話が鳴りっぱなしになるわけないじゃないか。
突然の病欠なんかはどうしているのだ。
そして朝っぱらから年少さんが職場に押しかけて来て「パパは!?」とか
おかしいっしょ。こっちが聞きたい。お母さんに連絡しろ。

職場放棄で総出で探すのもおかしい。
夜になるまで子供を引っ張りまわしてるのもおかしい。
そしてチンパンジー(ゴリラだっけ?)に変わった愛妻家には納得出来なかった。
出社せずに居場所をくらまし、昼間っからバーで飲んでいて10時間くらいそこにいたの?
それも奥さんの方の事情はまったく語られないから、それ以上話が深まることはなく。
ナニコレ?って話でした。

権田くんの話は(ありがちとはいえ)まあいい話。
でもあの二人は結局離れてしまうのか。もう少し話が続けばくっつく未来もあったか?
心の準備もさせずに突然保育園に連れて行って子供に会わせるなんて、
女性の方は鬼畜ですな。

幼馴染の女の子も、単に出て来ただけ……。そりゃ彼女のおかげで状況が進んだのは
事実だが、その前がいろいろ無理なのでムリなのよ。
まず東京で心細かったら、幼馴染である大原君に訊け!
偶然隣に引っ越しました、は創作的にあり得るが、それで突然「リカさんの部屋で
飲みましょう!」は図々しすぎる。

図々しいといえば、こういうぐるぐる考え込むタイプの女性主人公が悩みに悩んだ結果、
どう考えても失礼な行動に走ってしまうのは創作物あるあるですよね。
でもリアルでこんなに失礼なことをしますかね?
玉川上水のシーンとかさー。
呼び出しておきながら「わたしはわたしで勝手にします。あなたも勝手にどうぞ」って
わけがわからないよ。

「リアリティがない!」とはわたしが何度も文句をいう点だが、
創作物にどれだけのリアリティを求めるかは人それぞれだろう。
わたしはそういうの気になるのよ!気になってしまうのよ!


人間が適当に描かれている部分が気になったのに対して、風景や行動は良かったですね。
ガラス職人の仕事にここまで尺を使う必要があるのかという疑問はあるが、
そういう部分は好きなので見てて楽しい。
阿蘇の自然や佇まいも好き。玉川上水も丁寧に描いていて好き。

早見沙織は人間として好きなので、主役の作品が見られて良かった。
落合福嗣の声を作品で初めて聞いたかもー。ファイルーズあいも初めてかもー。
後者ふたりは見ている間は知らなくて、全部見終わってから知った。
見ながら味わいたかったのもあるけど、それはそれで気が散る気がするから、
あとで知って正解なのかも。
小清水亜美もこないだトーク動画に出てて、ふわっとした人で印象が良かった。


まあでも。最後は甘々で超特急の締めながら、全体的には楽しく見たので良しとする。
出来ればネコをもう少し活躍させて欲しかったけどねー。
ネコが縁結びの役割をする……などはそれこそ擦られ倒したネタだろうが、
そういう話運びでも良かったな。





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