現在試行中の教育形態の1つに、反転教室というものがある。
大雑把に言えば、授業と課題の役割を逆転させるというものだ。
今までは基本的に、授業内で基礎知識を習得し、その復習や一部応用を授業外の課題で行っていた。
反転授業は、基礎知識の習得を授業外の課題で行い、その復習や応用を授業内で行うというのだ。
また、反転授業ではオンラインで課題を提供・取り組めるように設計する、いわゆる『開かれた教室』を採用することが多い。いつでもどこでも課題に取り組むことができ、通話を通じた生徒同士の意見交換や教員への質問も可能。オンライン課題の提供形式に縛りはなく、動画を用いることもあるようだ。
そして、今まで基礎知識習得のために使用していた授業内時間を、習得してきた基礎知識の復習・補填とそれを用いた応用的学習に割り振る。化学であれば実験、歴史であればロールプレイなどが用いられる。他にもクイズ形式やディスカッション、プレゼンなどが用いられるという。
反転教室の目的は『意欲向上』と『考える力の洗練』の2つ。
今も多く採用されている教員が一方的に教えるような授業は、生徒にとって退屈なものであり、意欲減退からの間接的な成績低下を招く可能性があった。
また生徒主体でないことから、生徒が学んでいる実感をあまりつかめなかったり、考える力の洗練が副次的なものにとどまってしまう。
授業内容を軸とした生徒同士の交流も、そのきっかけは授業内に点在するのみ、発展させるには小さすぎる火種だ。
これを改善するために、反転教室は生徒主体の授業構成をとる。
基礎知識の習得を課題として課すことで「授業のために学んでおかなければ」と責任感を生じさせ、復習と応用を授業内で行うことで「学んだことが発揮できている」と学んでいる実感を掴ませ、意欲向上を狙う。
また、授業内で応用的授業を採用したりオンラインで質問や談義を受け付けることで、考えるきっかけとその共有を促し、考える力を洗練させる。
授業や技術の活用で生徒同士の交流を促し、「仲間たちと一緒に学習する or 競争相手に負けたくない」などの社会的な関係を基にした意欲の向上も考えられる。
反転教室は現代教育のトレンドである「自分の意志で、論理的に考える力の発育」の意向を色濃く反映したものであり、今まで論じられてきた『意欲向上』や『考える力の洗練』のための手法の詰め合わせともいえる。
要は「良さげなやつと良さげなやつを組み合わせたら、もっと良くなるよね!!!」と、そういういうことである。
もちろん、そんなうまい話はない。
反転教室の構成上、課題による基礎知識の習得が不十分の場合、その先の学習がすべて滞ってしまう。課題の不備も同様の結果をもたらす。
また、基礎知識の復習と応用を目論む授業、例えばディスカッションなどは教員のサポートと概論把握が必須であり、これを欠かせば授業は機能不全に陥り、生徒も教員も混乱してしまう。
課題の不備解消と概論把握のための教材には相応のコストがかかる。反転教室は従来とは真逆の授業構成だ、順応や課題形式は1からの構築となる。
また、オンラインの課題形式と通話での交流を採用するならば、機材の導入と運営も必要となる。
金銭面での負担が、重くのしかかる。
反転教室の構成上、課題による基礎知識の習得が必須なため、生徒は授業外も相応の学習を強いられる。学習がすべてではないとする生徒にはこの方法は負担が大きく、これを使いこなせるのは勉学を苦痛とせず勤しむことができる限られた生徒となる。
また、生徒の基礎知識の習得のためには教員の補助も求められ、これが果たされないことによっても学習は滞ってしまう。補助のほとんどは通話や対談形式となり、そうでなくとも、教員も授業外の労働をより強いられる。
前述したように、教員は応用的学習の概論把握も迫られるため、より身を削ることになる。
人員面での負担も、重くのしかかる。
そして、反転教室の目標は『意欲向上』と『考える力の洗練』にある。
つまり、現在も重要視されている点数の向上や、総合的な学力向上にどれだけ関与できるかが未定義であり、言及も少ないため未知数なのだ。
また、手法間の相互作用も不明瞭であり、反転教室という手法の詰め合わせが長期的になにをもたらすのかはまだ計り切れていない。1つ1つが良好な結果を残したからと言って、詰め合わせても良いものになるとは限らない。
最悪、従来の方式と変わらない点数と学力の向上を収めるかもしれないのだ。(もっとも、意欲向上は学習維持に必須なため、長期的な学力向上となれば話は別だが)
反転教室は現代教育のトレンドである「点数以外の要素に焦点を当てた、効率的ではない教育」の意向を色濃く反映したものであり、詰め込まれた手法を発揮させるためには"今までとは比べ物にならない"コストがかかる。
生徒・教員ともに勉学に一所懸命になることが求められるため、少なくとも、生徒指導要領に書き加えられるような代物ではないのだ。
これは、裏を返せば「コストを支払える場所は、多大な恩恵を受ける」かもしれないということ。
大学などの高等教育機関であれば、反転教室の実施とその恩恵が得られるのではないか、ということになる。
一定水準以上の大学であれば、オンライン課題を施行するための機材は用意できるだろうし、すでに実施しているところもある。それを駆使する生徒や教員も選りすぐりのはずだ、他の教育機関よりも抵抗は少ないだろう。
事実、反転教室の実証実験は主に大学生を対象としている。大学で勉学を続けているという課題達成の最低保証があるため、また大学生が集う場所という交流の最低保証があるため、そして大学教授というサポーターの最低保証もあるため、その効力を確かめやすいのだ。
また、反転教室は1つの定まった型で定義されているわけではない。教科や生徒・教員などの教室の構成要素を基に内容を組み替えることができる。
手法間の相互作用は不明瞭だが、ビデオ教材やロールプレイなどの単一の手法が良好な結果をもたらすことは明確。もし手法間で競合があったとしても、練り直し、組み替えることが可能だ。
補足だが、単一の手法が残した良好な結果とは、それぞれ『意欲向上』と『考える力の洗練』である。
現在試行中の教育形態の1つに、反転教室というものがある。
簡潔に言えば、非常にコストのかかる教育策だ。
授業外の学習を生徒に強い、従来とは違う指導方法の習得と実践を先生に強い、教育機関はそれを施行するための負担を強いられる。
この強烈な"強い"に耐えられなければ、学習成果は従来の退屈なものよりも悪くなってしまう。
だが、"強い"に耐えることができれば、『意欲向上』と『考える力の洗練』という、従来の授業では鍛えることが難しかった2つが果たせるのだ。
"強い"に耐えるためには、非常に高いコストが必要。
そういった意味でも、教育は金の暴力といえるのだ。
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