43歳・既婚・子宮体がんブログ

子宮摘出手術決定。

同室の人

2021-03-10 02:28:55 | 日記


現在(3/7)、私は四人部屋にいる。
お向かいさんと二人で過ごす日々。
あとの二人は先日、順調に退院していかれた。

四人は馬が合ったのか、短期間に仲良くなり、連絡先を交換。
和気あいあいと過ごしていた。
一人(70代)は内科の問題で入院していて、物腰柔らかな方だった。
もう一人(60代)は卵巣トラブルで手術。
とても元気な方で、術後もすぐに回復し、意気揚々と病院から出ていった。

そして最後、私と二人になった50歳女性。
種類は違えど子宮の大手術を行った同士であり、とてもパワーのある素敵な方だ。

仲良くなってからというもの、色んな話を聞いた。
もちろん私もした。
彼女は基本は逞しい人だと思うし、実際波乱万丈な人生を送ってこられたわけだし、でもこの病気を不安に思い、涙する姿も目にした。

誰だってそうなる。
これから先5年間の緊張を思えば、そうなる。

そんな彼女に励まされながらの入院生活なのだが、私の排尿障害は劇的によくなることもなく、じわじわ改善されている、といったところだ。

いまだ先生から、退院のゴーサインは出ない。
実際このストレスは手術前と同等レベルになってきていて、かなり持て余している。
これが最後のミッションだと思い、耐えているのだが、もし同室の彼女が先に退院したら………四人部屋に一人。
耐え難い孤独を味わうことになる。


「同じ日に退院できたらいいね」

毎日そんなことを言いながら、きっとそれは難しいだろうなと思う自分がいて、それでもそうなると嬉しいなと願う。
今後、彼女には彼女のミッションが待ち構えているわけだし、私はそれを心から応援したい。

同じ経験をした者同士。
いつかこの入院生活を思い出し、笑い合えるように。

あんな辛い思いはもう嫌だね!と慰めあえるように。


絶対にガンとはサヨナラするんだ。

 


術後の色々

2021-03-05 15:46:14 | 日記

 


一つ、排尿障害。
これには現在進行系で悩まされている。
尿意の感覚が薄く、排尿しても量が少ない。
膀胱に溜まったままのおしっこの量を毎日5回、看護師さんが測ってくれる。
その量が減ってきて、自尿が増えたらクリアらしい。
退院の目処が立ってない今、とにかく日に5回の採尿が辛い。
排尿を促す薬を2種類、服用中


二つ、下痢。
排便に関しては当初からかなり気になっていた。
油断したら腸閉塞を起こす、とどこのサイトにも書いてあるからだ。
おかげさまで、ガスもお通じもわりと早い段階でクリアしたが、現在私は下痢に悩まされている。
便意をもよおすとトイレに駆け込み、その後十分ほど苦しみながら、生み落とす。※汚い話でごめんなさい

そしてそのほとんどが下痢状態なのだ。
大手術だったし、腸がしっかり機能していないし、食べ物の消化も悪いのかもしれないし、とにかく緩い。


三つ、浅い睡眠。
消灯は9時。
そこからLINEしたり、You Tube観たりして、10時前に一度眠りに落ちる。
その後、一時半頃目覚め、二時には看護師さんに採尿される。
二時からが問題で、なかなか眠ることが出来ない。
場合によると四時ぐらいまで目が爛々。
まとまった睡眠は取れていない状況なのだ。
しかし入院中の身。
日中うつらうつらしても誰も気に留めない。
おかげで昼寝で体力を回復している次第だ。

 

四つ、食欲減退。
いくら美味しいとはいえ、さすがに病院食に飽きてきた。
おかげでご飯が喉を通りにくい。
なので朝はパン食に変更してもらい、昼間は白米を海苔おにぎり二つに変えてもらっている。
ただ最近は絶対的な量が多いと感じている。
変われば変わるものだ。
私の胃は明らかに小さくなっていて、多くのカロリーを必要としていないらしい。
退院後どうなるかはひとまず置いておいて、今はこのまま様子見しよう。

 

 


病理検査の結果

2021-03-05 00:45:18 | 日記

 

手術から約2週間。
ついにこの日がやってきた。

病理検査結果が報告される大切な日。
蓄積された大量のストレスが、ようやく放出される(かもしれない)日でもある。

先生のお話は夕方からで、主人が仕事を早退して病院にかけつけてくれた。

家族同席が基本だ。

 

相変わらず寝汗をかきながらその日を迎えた私。朝からため息ばかりが飛び出る。
同室の方が「大丈夫、大丈夫だから。」と励ましてくれないと、つい涙が零れそうになる。
張り詰めた緊張感が、どんな時も身体を支配し続けていた。


やがて夕方になり、看護師さんが私を呼びに来る。
早めに到着していた主人は病棟のデイルームにいたが、頃合いを見計らってカンファレンスルームへと案内された。
主人は「結果のこと、そこまで心配していない」と言っていたけれど、本当は心配だったに違いない。
私が逆の立場なら、髪の毛が半分抜けるほど心配する。きっと…………。

 

しばらくしてお忙しい先生が時間通りにやってきた。
心拍数上昇。背中は汗びっしょり。

部屋の片隅に置いてあるパソコンを早速いじれば、私のデータがいとも簡単に出てくる。

しかし文字は目に入らない。
あまりの緊張から私の脳は完全に停止していた。反面、先生は穏やかな表情と滑らかなマウスの動きで説明を始める。

パソコンのモニターには取り出した子宮や卵巣が映っていて、先生はどこが病巣であるかを丁寧に教えてくれた。

「私の子宮………もう身体にはないんだな」

なんて、ほんの少しセンチメンタルになったものの、そこにはガンが蔓延っていたわけで、むしろ綺麗に取り出してくださってありがとうございますと感謝すべきなのだ。

癌に冒された内膜はグレーに変色していた。
そこから垂れ下がった癌はやはり頸部まで届いており、しかし浸潤は見られなかったようで、取り敢えずホッとする。

次に細かい文字で書かれた一枚の紙が差し出され、これまた丁寧な説明がなされた。

そして私はようやく自分が1a期であったことを理解した。

 

リンパ転移無し
浸潤は2㍉/35mm中
抗がん剤治療なし
経過観察

これらの文字が脳内に到達した瞬間、どれだけ私の緊張を取り除いてくれたことか。

「よかったな」

主人の優しい声に思わず嗚咽がもれそうになった。………が、何とか堪える。
 
果たしてこの時の気分を、どう言い表せばよいのか。
安堵?勝利の雄叫び?

いやここはやはり【感謝】しかないだろう。

子宮体がんを見つける切っ掛けとなった父の死。
ガンと診断された私を素晴らしいお医者さまに紹介してくださったFDr.。
手術日を即座に設定し、何よりも私からガンを取り除いて下さったYDr.。
気の小さい私をいつも支えてくれた主人。
不安な入院生活を楽しませてくれた友人たち。
同じ辛さを味わっている(いた)SNSの皆さん。

本当に本当にありがとう。

もちろん、全てが終わったわけではない。
経過観察は一ヶ月に一度ほどあるし、何よりも自分が定めた目標(ダイエット)が待ち構えている。

術後の諸々だって、全てクリアしたわけではないのだ。
健康な身体を望むのなら、常に努力し続けなければ。
本当の意味での戦いは、恐らくここからスタートする。

でも今は少しだけ休みたい。
やっとまともな睡眠を手に入れることが出来たのだから。