「奇跡」なんて言葉は
今まで信じていなかった。
つい10ヶ月前までは。。
2年前の夏から始まった
母の認知機能低下!
今思うと
「今日は何日?何曜日?」
…という日めくりで対応できる
レベルの繰り返しにイライラ
初めて対応する私は
「早期診断→早期治療」と信じて
脳外科クリニックを受診した
"アルツハイマー型認知症"
…と診断されて
抗認知症薬M*を服用し始めると
3日目くらいから妄想が始まり…
(*あえて頭文字に!^^;)
あっという間に
母は"壊れて"いった。。
驚くほどのスピードで
認知症状が悪化して
妄想、暴言、拒否
家にいるのに帰宅願望がひどくて
タンスの中の服を荷造りしては
出口を探して屋内徘徊etc.…
母の"帰宅先"は
今はもうない隣県にある実家
妄想は
"高等女学校"時代やら
昔の職業"小学校教師"。。
母にとって
一番やりがいがあり
誇りだった時代なのかもしれない
結婚後は
"仕切り屋"の姑(私の祖母)に仕え
逆らえずに暮らしていたと
子供ながら私もそう思っていた。。
半年あまり
地獄のような介護生活だった。。
抗認知症薬の量も増え
妄想や暴言や奇行に対する
向精神薬の量も種類も増えて…
断固拒否してたデイやショートも
薬の力で通い始め、楽になった私
しかし…
全ての薬が最大量になった頃
「首下がり」がひどくなり
左下側に傾いたまま
顎が首から離れなくなった。。
こうなると目だけが上を向いて
親ながら、その姿は…
目を背けたくなるほど。。
首が下がっているので
当然のことながら嚥下も悪化して
食事も介助が必要になり
6月初めに、訪問Ns.が
連絡票に書いた言葉を見て愕然!
「廃 用 症 候 群」
もう在宅介護は無理だと覚悟。。
…が!その翌日のこと
ショート先の施設で救急搬送!
血圧低下と意識混濁で
「今晩が山場」と言われたが…
なんと!
翌朝には100を超えていた(^^;
医療スタッフも驚く程の回復力で
母は生き延びたのだ。。
さらに…
驚いたことに、退院する頃には
全ての精神症状と「首下がり」が
まるで霧が晴れるように
消え去ってしまっていた。。
入院中
原因を突き止めるため
ありとあらゆる検査をした結果
唯一見つかったのは
副腎皮質ホルモンの分泌低下
なんと!認知症は誤診だった。。
抗認知症薬も
向精神薬も全てなくなり
15種類も服用していた薬は
たったの5種類に…!
(副腎皮質ホルモン剤「コートリル」が追加)
退院処方薬をもらって
あまりの軽さに驚いたことも
思い出した。。
そして…七夕の朝
10ヶ月ぶりに再会できた
夢にまで見た優しい笑顔の母。。
おかえりなさい・°*
それまでは
母を早く施設へ!…と
逃げることばかり考えてた私は
この時から、母の介護を
人生のプロジェクトとして
受け入れられるようになった。。
母と私の「やり直しの介護」が
始まって、もうすぐ1年。。
相変わらず
1日のデイサービスは断固拒否。
半日の通所リハビリを週2回
何とか通っています
*追記* 2022.7現在通所なし(^^;
経緯は記事「笑顔が見たくて…」参照
しかし
やはり頭は90代の年相応で
認知機能の低下は著しく
さすがに私のストレスが増大。。
とっくに認知症の検査を
しなければならない状況ですが
診断したら
必ずと言っていいほど処方される
抗認知症薬は飲ませたくないし
認知症を治す薬は結局ないのです!
既に要介護2なので
介護サービスも何の問題もなし。。
そんなわけで
只今、サプリ(F酸)をお試し中。
おかげさまで、今は小康状態。。
母の生命力に
追い付いていけない私ですが、、
gooブログの皆様の
美しい写真と
優しい「言葉の力」で癒されて
また明日から頑張れます♪
感謝・°*
東京カテドラル聖マリア大聖堂鐘楼
* 2022.7.7改訂 *