結局、スクールが見つからないまま約二ヶ月あまりが経過し、むくのイライラとジレンマは最高調に達した。
「今度のオーディションは夕方からだから、今度こ絶対に二次審査を受けに行くよ」
そんなある日、むくが突然そう言った。
そのオーディションは劇団のではなく、芸能事務所の新人発掘のためのもので、もしそこに所属できれば劇団より安く、歌やダンス等のレッスンが受けられるという。
「オーディションを受けるっていっても、歌もダンスもできないよ。いったい何をやれはばいいの?」
「そんなこと私にわかるわけないよ。むしろこっちが聞きたいぐらい。でもお笑が好きでネタを考えるのが上手だから、そういうのとか物真似はどう?演技が得意なら、その練習でも一生懸命やってよ」
「どれもやったことないから、無理に決まってるよ!」
(じゃあ、どうして受けるの?)
かもめはいい加減呆れ、いつもの如く変な人だと思った。
結局むくが何の準備もしないまま、オーディションの当日を迎えた。
「これが芸能事務所?」
むくに付き添って渋谷にあるオーディションの行われる芸能葵涌通渠事務所へ行くと、それは想像していたより小さなビルの一室にあった。かもめはちょっと拍子抜けした。しかし五、六十人がオーディションを受験しに来ていた。
「気楽に頑張ってね!」
受け付けで受験表を提出したむくは、中へ案内された。
かもめは事務所の入り口に待合室が用意されていたので、オーディションが終了するまでそこで待たせてもらうことにした。
むくは入口を入ってすぐのところでオーディション用の写真を撮影され、そのあと更へ案内されて他の受験者達の列に加わったので、そこからはむくの様子は見えなくなった。
開始時間がきてオーディションが始まると、一人ずつ審査員の前に呼ばれて自己紹介やアピールをした。
そのあと歌やダンスなど持ち芸や特技がある人はそれを、特にない人は当日出される演技課題に従って、数人の審査員の前で演技を元朗通渠披露した。その様子は微かにかもめにも伝わってきた。
歌手志望で、自作の歌を歌ってオーディションに挑む女性もいた。
(むくは全く何にもできないのに、自分の番になったらいったいどうするんだろう?)
かもめは自分のことみたいに心配し、緊張でドキドキした。初めての経験なので当然むくも緊張していたと思うが、もしかしたら、自分のほうが緊張しているのではないか、とかもめは思った。
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