Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

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巡り逢いの妙巡り逢いの妙⑩  ペットを巡る不思議な体験 第5話

2021年02月08日 | 日記
(4)偶然と必然の間

「どうされましたか」
「・・・この先で、猫をはねてしまって・・・」
「・・・猫?」

  警察官の一人が警戒しながら私の抱えている箱の中を一瞥すると、ヘルメットのツバを1,2回擦ってから腰に両手を当てて、不思議そうな顔で話し出した。

「野良猫でしょう」
「飼い猫ではないでしょうか」
「首輪もないし、あの辺りは民家もありませんから」
「事故処理については・・・」
「いえ、必要ありません。どこかに埋めてあげてください」
「どこかって・・・」
「ええと・・・」

 警官はカウンターに貼り付けてある地図を使って、「ここいらならいいでしょう」と丁寧に道案内をしてくれた。

「ここで預かってもいいんですが、どうせ生ゴミに出すだけなんです」
「・・・生ゴミ・・・?」
「ええ、ですからお任せしますが・・・」
「それじゃ、私の方で」
「その方が猫のためにも・・・」
「ありがとうございました」

 警察官はほっとした様に敬礼をして私を見送った。当時住まっていた春日部のアパート周辺も寂しいものだが、それに輪を掛けるようにして閑散という表現がピッタリの田舎道を10分ほど行った所に、警察官が教えてくれた土手があった。私は助手席に置いてあった箱の中の猫が息を吹き返してくれてはいないかと願いながら、今度は側道に車を丁寧に駐車してエンジンを切ると、その願いが儚いものだと意気消沈せざるを得なかった。土手の階段を一旦上がって、まだ下り階段を設置する為の仮板が何枚か敷かれているだけの斜面を、何度か足下を滑らせながら、懐中電灯の明かりを頼りに葦が生い茂る林の方へゆっくりと下った。
 私は左手で懐中電灯を逆手に持って頭の上から照らす恰好で、傍らにあった平べったい石をシャベル代わりに使って、小柄な猫の身体に合わせて30cm四方の深い穴を掘った。悲しみに打ち拉がれていた私には、自分が土を掘り起こす音以外に何も聞こえなかったが、猫を埋葬して子供の頃継母から習ったキリスト教の祈りの言葉を一通り述べて立ち上がって見渡すと、其処が自動車の往来が激しい大橋の真下近くである事に気付いた。

「・・・利根川だったんだ・・・」

 私は喧騒を湛えている橋を暫し見上げてから、そんな私の様子を静かに見守っている優しい目をしたももたろうに目をやった。あの時、シャベル代わりに使った平石をいくつか積んで墓標にしたのだが、それらが階段の工事で取り除かれることもなく、ももたろうが座る階段のすぐ横で猫の骸の位置を示していた。
 その時、漠然とだが、ももたろうがあの白猫の生まれ変わりの様な気がして、脇に腰を下ろして背中を撫でてやりながら「忘れていたわけではないんだよ」と話しかけると、まるで「もういいよ」と言う様に、ももたろうが「くぅーん」と鼻を鳴らした。私は胸がとても熱くなって、ももたろうをギュッと抱き寄せて「ごめんね。ありがとうね」と言いながら心の奥底に眠っていた悲しい記憶が癒やされていくのを感じていた。

 「ただの“偶然”だ」

 その後も、そんな風に自分の事を無理やり納得させる様な出来事があった。幸運な出来事に限って、そんな風に思う様な場面に数えきれないくらい出くわした。
 例えば、埼玉時代の勤め先で私が所属していた派閥が転職した直後に崩壊してメンバーが尽く失脚したとか、入社希望を伝えて面接を受けた会社で年齢制限で断られ仕方なくハローワークで別の仕事を見つけて説明を受けている最中に携帯が鳴って「急きょ即戦力が必要になった」と誘われアルバイトから始めた仕事が数年後には正社員として雇われることになったとか、正社員として働き始める前年に会社の命令で出向いた営業先が結婚前から女房と毎年初詣に来ていた神社の真ん前にあって、しかもその通りを数キロ真っ直ぐ行った先が当時の勤め先であることを知って驚いたなど、他にも自分の現在のキャリアに至るまで希望したことが幸運にも1つずつ順調に叶って、こうして細やかながら幸福に暮らせているのは、この場所に越して来たことに始まっている様な気がするのだ。

 そんな時には「ただの偶然」だと気にも留めず片付けていた事が実はそうではなかったのかもしれないと思わせる出来事は、私がようやく正社員になって1年余りが過ぎようとしている頃に、大きな悲しみと共に突然齎されるのだった。