コスモスの群落をしみじみと見た。
同一環境に生育している種々の植物が全体として一つの共同体としているのが群落の定義だから、正確には少しずれているのかもしれない。
それはともあれ、今年見るのは三度目である。いずれも「旅を楽しむ会」という仲間と一緒に最近訪ねたコスモス。
昨年のわが家の近くの、雨の中のコスモスの少女を思い出した。
そして、寺田寅彦の随筆を引っ張り出してみた。
立ちこぎの乙女の自転車束の間にコスモスを越え雨の中行く
(平成29年11月) NHK短歌12月号
コスモスという草は、一度植えると、それから後数年間は、毎年ひとりで生えて来る。
今年も三、四本出た。
延び延びて、私の脊丈(せた)けほどに延びたが、いっこうにまだ花が出そうにも見えない。
今朝行って見ると、枝の尖端に蟻が二、三疋(ぴき)ずつついていて、何かしら仕事をしている。
よく見ると、なんだか、つぼみらしいものが少し見えるようである。
コスモスの高さは蟻の身長の数百倍である。
人間に対する数千尺に当たるわけである。
どうして蟻がこの高い高い茎の頂上につぼみのできたことをかぎつけるかが不思議である。
「柿の種」 寺田寅彦
「季節の花(34)コスモスの群落をしみじみと見る」