5日目 9月26日(金)
夕べからゴー・ゴーと車がうるさいな~と思っていた。いやいや風の音であった。
こんな強風の中、走っていて何かあったら大変と心を過ぎったが、決行する。
さて、今日は鈴鹿峠越えだ、早く出発しなければ、朝食はキャンセル、薄明るくなり始めた頃の5時半に出発する。
途中、コンビニで飲み物といつものおにぎりを買う。
しかし台風の余波であろうか、強風、それも向かい風だ。ペダルを回しても進まないし、時折の凄さまじい横風で倒れそうになる。(こんなの初めての経験。)
車はダンプが多いし焦るし、断念しようかと心が折れそうになる。(絶対に車の運転手さんは、あいつ「馬鹿だ」と思ったに違いない。)
しばらく走っていて山間に入ると風の影響は先ほどより多少は受けない。
昨日、坂下からは大変だと聞いていたので、覚悟を決めていた、坂下1、2、3・・・と続くが一向に激坂にならない、坂下宿(48番)に寄らねばと思ったがパスする、そのうちここから6.1%だったかな?そんな標識が目につくが苦にならない中、上って行くとトンネルが見える。
えっ、「もう上ったの」という感じであった。
自分は「健脚なのだろうか」と勘違いするほど余裕で上れた。(と、言うことで、自転車から降りることがなかったので、途中の景色は撮れませんでした。)
トンネルを通過し写真を撮る。(滋賀県だ) 出発してから1時間もかかっていない。風が無かったら、どれくらいの時間で上れるのだろうと思った。
ここから下ると土山宿(49番) 途中に松並木が ここから暫く行くと水口宿(50番) 野洲川 を通る。 この宿場も風情漂う街並みである。
さて次は12km先となる草津宿(52番)ここは草津駅の繁華街の奥に少しばかり面影が残っている。 建部大社 から瀬田の唐橋 近江大橋へ 大津宿(53番) ここから逢坂の石碑 山科追分から山科駅前 に出る。
ここまでくればゴールはすぐそこだ。
京都三条大橋通りを真っ直ぐ進む、坂を上って、下だり、さらに進むと三条大橋だ。
13時49分に三条大橋に到着。疲れや達成感を味わうことなく、ごく自然に写真を撮る。
どうも達成感や満足感が湧いてこない、不思議な感覚である。
その後、四条にある息子の嫁の実家 (京都に行ったらお店によってね!)に突然のご挨拶、何とビックリ(当たり前だ、突然行くなんて)非常識だと思われる覚悟であったが、歓迎された。
(お店の宣伝しておきますね・・)しばし会談。
その後大阪まで走ろうと思ったが、何となく多少お疲れモード。市内をふらふら、時間はまだ15時である。
帰り支度しても、新幹線に乗れば19時頃には自宅に戻れるだろうが、お風呂にも入りたいし、ホテルにチェックイン。
やはり、疲れていたようだ21時過ぎには、うとうとし就寝となる。
本日の走行距離 106.54km
6日目 9月27日(金)
午前中観光して、帰ろうとしていたが、やはり今日は早めに帰ることにしよう。
東京駅へ、 往路に4日と半日かかった旅の復路は、たったの2時間20分でした。(笑)
文明・文化の発達、特に交通機関の発達は凄まじいですね、家康公もビックリでしょう!
東京駅→池袋→最寄駅と乗り継ぎ15時前に自宅着、やはりホットする。
走行距離 1日目 162.63km、 2日目 148.88km、 3日目 141.23km、 4日目 97.39km、 5日目 106.52km、 6日目 2.04km
計 658.69kmでした。
今回の旅で感じたこと
先ずは、自分自身に事故なく、無事に達成できたこと、相棒(自転車)のトラブルがなかったこと。(ただし、京都で、ホテルへ向かう途中にリム打ちパンクあり。何で京都でという感じ?)
大袈裟ですが、江戸時代の人々の旅の様子がいかに大変であったか、少しだけ理解し実感できたこと。(徒歩ならばもっと体感できただろう。)
① やはり天候に恵まれたこと(雨に降られれかった。(ただし、残暑や最終日は強風)
② 事前準備がある程度できており、道には殆ど迷わなかった。(ただし、資料が多く、A4用紙100枚位、アナログ人間です。)
③ 年齢や体力に関係なく普通に健康であれば、無理をしなければ、自転車で長旅ができることを実感。(今回は先を急いでしまった部分もあった。そのため、ゆっくり観光できなかった。)
(62歳、身長164.8cm、58㎏ 至って普通体型、いや小さいです。)
④ 偉そうに、こんなことはあまり言いたくはありませんが、気力・実行力が必要なこと。
⑤ もう少し緻密な計画をしなければならないこと。(宿泊先、見学場所等:見学場所はある程度的を絞り込むこと、今回は思いつくままであった。)
⑥ 私は日本史が得意ではない。、歴史や訪れる地の事を、事前にもっと調べる必要があったこと。(もっと楽しい旅になるはず。当たり前です。)
反省点は沢山あり、書ききれません。
今回の旅での苦楽
① 一番苦しかったのは、何と言っても旧箱根峠越え、ここまで140km位は走ってきていること、上り始めたのが15時半と遅かった事もあり、焦っていたので最初に飛ばしてしまったことで、途中で息切れ状態、右足裏痛と左ひざに痛みを覚えた。七曲りの坂では休憩ばかりとなってしまった。結局芦ノ湖に到着したのは17時半、2時間を要してしまった。次回挑戦するときは早い時間、そしてペース配分を考え、落ち着いて上って行くこと。(単なる実力不足なだけである。)
② 鈴鹿峠は東海道第2の難所であるが、箱根峠に比べれば比較にならないほど楽である。実際、私の実力でも何の問題もなくスイスイと上っていけた。上りの距離は7km程度である。
③ 怖かった下り、何といっても箱根峠から三島までの下り坂、昼間では楽しいのだろうが、日没後だったので、非常に危険な状態であった。(私みたいな事をする人はいないでしょうね。)
④ 一人旅だったので、それこそ苦楽を同時に共有出来なかったこと。
⑤ 食事がおろそかになること。(食にこだわりがないせいか、一人だと地に特化した美味しいものも、どうでもよいと思い、食せないこと。)どうしても一人だとコンビニに寄ってしまう。
⑥ 一人旅の自由さ、そしてわくわく感、冒険心はたまらない楽しみであった。
⑦ 気に入った宿場は数知れぬ、景色の良さは、原宿~由比宿、風情漂う関宿や土山宿、さらには御油宿~藤川宿が良かった。もちろん舞坂宿~白須賀宿も良い。
以上、まだだま沢山ありますが、これから自転車で「東海道53次」の旅を検討している方の、少しでも参考になれば幸いです。